2023年4月、宮城県柴田町の住宅玄関先で、住人の村上隆一さん(54=当時)が血まみれで死亡していた事件について、殺人などの罪に問われていた「隆一さんの次男」と「隆一さんの長男の妻」の裁判員裁判で、仙台地裁(宮田祥次裁判長)はそれぞれ懲役20年、懲役28年の判決を言い渡した(求刑懲役23年、30年)。
公判で注目されたのは、謎のLINEアカウント「霊媒師JUN」の存在だった。検察側は「長男の妻」が「霊媒師JUN」になりすまして「次男」を操り、村上隆一さんを殺害させたと主張していたが「長男の妻」は、自分ではないと否定。判決では「長男の妻がJUNであると認めることができる」と、検察の主張通り認定した。2人は判決を不服として控訴している。(文中一部敬称略)【前後編の前編】
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事件の構図は複雑だ。「隆一さんの次男」である村上直哉被告(26)が、実父である村上隆一さんを刺身包丁で刺して殺害した遠因は、「長男の妻」である村上敦子被告(48)を頂点とする売春・美人局詐欺グループの存在だった。ふたりは隆一さんへの殺人罪のほか、出会い系サイトで知り合った男性に対する美人局詐欺や同未遂、さらに殺害に使用した刺身包丁などを敦子被告の元夫とその妻に処分させたという証拠隠滅教唆にも問われていた。美人局詐欺については両被告だけでなく敦子被告の夫や姉、そして証拠隠滅を手伝わされた前夫とその妻も関与したとして、すでに有罪判決を受けている。
肉付きの良い体型にジャストフィットのジャージを着用している直哉被告は罪状認否で、隆一さん殺害を実行したことは認めたものの、「敦子被告との共謀はない」と、一部を否認していた。グレーのパンツスーツに身を包んだ敦子被告は、「共謀もしていないし殺していません」と否認していた。つまり敦子被告の主張は、直哉被告が単独で隆一さん殺害を実行したというものだった。だが判決で敦子被告の主張は認められず、直哉被告との共謀が認められている。
妻が男と会って性行為をした後、「自分の嫁だぞ」と言う役割
親子ほど歳の離れた直哉被告と敦子被告は不倫関係にあった。2人が出会ったのは、直哉被告が小学生の頃だったという。事件における重要人物である、直哉被告の実母「Aさん」と、敦子被告がパチスロを介して知り合ったことが始まりだ。敦子被告はAさんと親密になったが、次第にAさんに因縁をつけ、金銭を要求し、金を巻き上げていく。他方、敦子被告はAさんの実子である直哉被告とその兄、保彰(逮捕時31、美人局詐欺で有罪判決)の面倒を見て手なずけていった。のちに敦子被告は兄の保彰と結婚したが、弟で殺人の実行犯である直哉被告とも肉体関係になる。
敦子被告は直哉被告や、実姉の市瀬恵美(美人局詐欺で有罪判決)も巻き込み売春を行ない、リピーターを標的にして美人局詐欺をするようになった。Aさんにも売春をさせ、売り上げが落ちると制裁を加えていたという。敦子被告への借金返済に窮した元夫の松野新太とその妻、みき子(美人局詐欺や証拠隠滅でともに有罪判決)も加担するようになり、「敦子被告を頂点とする売春・美人局グループ」が形成されていった。
このグループの活動実態と役割分担については、敦子被告の元夫・松野被告が証人尋問で詳細に証言している。
「僕の妻のみき子が、男と会って、性行為する。僕は、えーっと、最後のほうは証拠の写真を撮ったりしていましたが、関わり出した2〜3年前ごろは、男性に対して『自分の嫁だぞ、旦那だぞ』と言って話をする役割でした。敦子の姉の市瀬恵美は、みき子が男性とホテルに入るとこ、出るとこ、ってのを写真で撮る。直哉も同じく写真や動画を撮っていた。敦子は基本的には配置で、皆に対して『ここで待ってて』とか『写真撮って』みたいなことを言う」(松野新太の証言)
妻に、他の男性と性行為をさせ、ホテルの出入りを親族らで撮影したうえで、別れ際に男性を問い詰めて金を要求するという流れである。松野新太によれば、全てを敦子被告が仕切っており、また男性に対して具体的な金の話をするのも、敦子被告とその夫の保彰だったという。
「僕が『夫だぞ』と相手に声かける場面のことを“囲み”と言っていましたが、そこで敦子や保彰は僕から引き継いで相手と話をする。保彰と敦子2人の場合もあれば、どちらか1人の場合もあった」(同前)
生命保険約2000万円、死亡後の退職金約700万円の大半が敦子被告に
直哉被告と保彰の母親であるAさんも、売春行為を行なっていた。「敦子に借金があり、返すためだと聞いていた」と松野新太は証言していたが、Aさん本人が尋問で語ったところによれば、実際は、敦子から「Aから母親に風邪の菌が移って大変な病気になってしまったから、その治療費と賠償金を払え」と言われたことがきっかけだったという。
売上が減少したり、化粧のノリが悪いといったことでAさんは敦子被告や保彰から叱責され、時に殴られてもいた。また敦子被告を頂点とするグループは、Aさんの再婚相手に対しても美人局詐欺を行ない、500万円を支払わせている。しかし、敦子被告らがその金銭を受領していたことを松野夫妻が知ったのは逮捕後だった。
美人局詐欺のうち、1件の詐欺、1件の詐欺未遂が事件化されているが、被害者から慰謝料の残金を敦子被告らが受け取っていたことを夫妻が知ったのも、また逮捕後だった。Aさんは一度離婚するが、元再婚相手が末期癌であることを知ると、再び入籍し、存命中に2回にわたり生命保険約2000万円を、死亡後に退職金約700万円を受け取っている。その大半が敦子被告に渡っていると検察側は冒頭陳述で指摘している。
さてそんな中、Aさんはグループからの逃走を果たした。敦子・直哉両被告と保彰は、受け取り人が長男・保彰となっているAさんの死亡保険金を受け取るため、Aさん殺害を計画したが、実行には至らなかった(検察側冒頭陳述より)。さらに松野新太が証言するには「Aさんが僕らの、美人局してたという証拠を持ってるという話がもともとあって、それを取り戻したいから探していた」という。
捜索の過程で敦子被告らは“Aさんの逃走を隆一さんが手助けした”ことを知る。そして、実際のところは分からないままだが“美人局詐欺の証拠が隆一さんの手元にある”と認識したという。ここから暗躍するのが謎のLINEアカウント「霊媒師JUN」である。
【後編に続く】
◆取材・文/高橋ユキ(ノンフィクションライター)
【プロフィール】
高橋ユキ(たかはし・ゆき)/1974年、福岡県生まれ。ノンフィクションライター。2005年、女性4人の傍聴集団「霞っ子クラブ」を結成しブログを開設。以後、フリーライターに。主に刑事裁判を傍聴し、さまざまな媒体に記事を執筆している。『つけびの村 山口連続殺人放火事件を追う』(小学館文庫)、『木嶋佳苗 危険な愛の奥義』(徳間書店)、『逃げるが勝ち 脱走犯たちの告白』(小学館新書)など、事件取材や傍聴取材を元にした著作がある。