2024年のノーベル文学賞は、韓国の作家ハン・ガンさんはアジア出身女性として初めて受賞した。この受賞も後押しとなり、韓流文学に注目が集まっている。この冬、どの作品から読めばいいのだろうか──。
日本では、年間200〜300タイトルの韓流本が出版されているが、書店で平積みされている人気作家は圧倒的に女性が多い。このきっかけを作ったのは、ある一冊の小説だ。ハン・ガンさんの作品をはじめ多くの韓国文学を翻訳している古川綾子さんは、こう話す。
「韓国で2016年に発表され、130万部以上を売り上げた『82年生まれ、キム・ジヨン』(日本では2018年発売)です。同名で映画化もされたので、題名を知っている人も多いと思います。K‐POPアイドルも絶賛し、社会現象となりました」(古川さん・以下同)
キム・ジヨンという、韓国ではよくある平凡な名を持つ女性が、学校、職場、結婚、育児という人生のステージで直面した性差別や絶望を、精神科医によるカウンセリングの過程で語っていくという内容で、「これは私の物語」と多くの韓国女性の共感を呼んだ。
「ちょうどその時期にアメリカで起こった#MeToo運動が、韓国でも爆発的に広がった。権力者による性被害を訴える人々が現れ、女性たちはデモ活動で抗議の意を表明しました。
その萌芽が『82年〜』だった。それ以降、女性の生きづらさを題材にした『フェミニズム文学』の波が押し寄せ、数々の女性作家が自分の思いを表現できるようになったのです。
文学界も男性作家中心の時代が長く続いていましたから、大きな変革だったと思います」
新しい「社会派」の台頭
『82年〜』のヒットを機に「韓国の他ジャンルの小説も読んでみたい」という声が大きくなり、日本でも多彩な韓国の本が翻訳されるようになった。
その中で、いま韓国でもっとも“売れている”作家といわれるのが、チョン・セランさんだ。日本でも、ハン・ガンさんを上回る10冊以上の作品が出版されており、韓国文学の入門者も手に取りやすい。
「韓国国内では、いまSFやミステリー小説が活況なのですが、チョン・セランさんは、純文学からSFまで、ジャンルの垣根を越えたポップでエンターテインメント性の高い小説を発表し、数年先まで執筆予定が詰まっている超人気ぶりです。
無尽蔵の発想力を持ち、難しいテーマを難しく感じさせずに読ませる達人。スキルの高さを感じます」
若い感性による新しい「社会派」小説も注目だ。
「30〜40代の若手作家は、非正規雇用や不動産バブル、社会格差といった庶民の身近な社会問題を題材とした『ハイパーリアリズム』と呼ばれる小説を発表しています。会話主体でテンポよく読ませる手法のため、重いテーマでも読みやすいのが特徴です」
キラキラした韓流もいいけれど、韓国のリアルが詰まった文学の“沼”もハマったら深そうだ。
古川綾子さんセレクト はじめて読むならこの一冊
『亡き王女のためのパヴァーヌ』パク・ミンギュ著・吉原育子訳/クオン 2015年発売
「ルッキズム(人の価値を外見だけで測る差別的な考え方や言動のこと)やハイスペック重視の世の中で疎外された孤独な男女が育む友情や純愛の物語。『彼女は雪に降られて立っていた』という一文が美しく、冬が来るたびに読み返す、大好きな作品です」(古川さん・以下同)
『親密な異邦人』チョン・ハナ著・古川綾子訳/講談社 2024年発売
「大切な人のために身分を偽って生きる『アンナ』と、夢を諦めた作家の『私』がつき続ける“2つの嘘”が同時進行するミステリー。Amazonプライムで配信中のドラマ『アンナ』の原作。結末は違いますが、両方楽しめます」
『韓国ドラマが教えてくれた大切なこと』チョン・ドッキョン著・西野明奈訳/かんき出版 2022年発売
「韓流ドラマ四十数本の中から印象的なせりふを抜き出し、それにまつわるエッセイが添えられた“名せりふで読み解く韓流ドラマ”。改めて『そういう意味だったのか!』という発見や、見たいドラマを探すのにも◎」
『女ふたり、暮らしています。』キム・ハナ/ファン・ソヌ著・清水知佐子訳/CCCメディアハウス 2021年発売
「結婚はしたくない、でも“ひとりは寂しい”2人が、家族として暮らすことを決意。『恋愛して家庭を作るだけが家族じゃない』と、新しい家族の形を綴っています。読んでいてどんどん引き込まれます」
『地球でハナだけ』チョン・セラン著・すんみ訳/亜紀書房 2022年発売
「ハナという女性と、2万光年を超えてハナのところにやってきた宇宙人とのラブストーリー。チョン・セランさんが『これ以上甘い話は書けない』と言い切るくらい、甘々なSFラブストーリーです」。かつてのときめきがよみがえりそう。
取材・文/佐藤有栄
【プロフィール】
古川綾子さん/翻訳家、神田外語大学講師。延世大学教育大学院韓国語教育科修了。主な訳書にハン・ガン『そっと 静かに』(クオン)ほか。最新刊は、イ・ソス『ヘルプ・ミー・シスター』(アストラハウス)、チョン・セラン『J・J・J三姉弟の世にも平凡な超能力』(亜紀書房)。
※女性セブン2025年1月1日号