【書評】『種村季弘・異端断片集 綺想の美術廻廊』/齋藤靖朗・著/芸術新聞社/3630円
【評者】与那原恵(ノンフィクション作家)
美しい本だ。表紙は黒をバックにした白い人形オブジェ。石塑の整った顔の額に眠るような乳幼児、頭と肩には誕生か死を思わせる人間の半身がにょきりと生えている。表紙から一気に魅せられた。
〈今回の企画は、種村季弘先生の没後20年を機に、その膨大なお仕事の中から奇想、幻想などについての言説に改めて光をあて、現代作家の作品とを照らし合わせることで、その魅力に新たな角度から迫ろうとする試みです〉とあり、「吸血鬼」「化身」「怪物」「魔術」の四章で構成されている。
ドイツ文学者、文筆家、翻訳家として多彩な活動を展開した種村季弘。私が彼の作品に出会ったのは高校生のころで、以来あまたの熱狂的ファンの一員になった。『詐欺師の楽園』などは何度読み返したかわからない。詐欺とはシステムを逆手に取る犯罪技術といい、カモられる側の野心や下心をも鮮やかに暴いてみせた。
多くのテーマを手掛けた種村だが関心の中心は常に美術にあった。好んだのは古典主義に相対する「マニエリスム」だ。これを端的にいいあらわすのは難しいが、古典主義をあえて捻じ曲げて見せる非調和的表現というのが近いかもしれない。いうなれば、詐欺師がシステムの内側にいるふりをして実はシステムの外側にいるようなものなのだ。種村が愛した美術作品にも通じるのではないか。
〈誰でもない人は、誰でもないがゆえに、誰かと誰かの現実を盗んで生き、逃走し続けるのである〉〈ファンタジーはいつも、同質の文化圏の連続性のなかでより、異質の文化の衝突のなかでめざましい役を果す〉〈そこには時間の過酷なむちのもとに生産や闘争に明け暮れる歴史の無秩序とは正反対の静けさが、あまねくゆきわたっているようにみえる〉など、種村の言葉が廻廊のように広がる。
ギャラリーを営む種村の長男が選んだ美術作品が多く掲載されている。〈親父が作ってくれた方向性、「異端の美学」が揺るがずにあることの大きさを、改めて思うんです〉と語っている。
※週刊ポスト2024年12月27日号