群馬県草津町の黒岩信忠町長(77)と肉体関係があったと嘘の証言をした電子書籍で町長の名誉を傷つけたほか、町長からわいせつ被害を受けたという嘘の告訴をしたとして、名誉毀損と虚偽告訴の罪に問われた元町議の新井祥子被告(55)の初公判が12月18日に前橋地裁(山下博司裁判長)で開かれ、新井被告は名誉毀損について無罪を主張。一方、虚偽告訴については公訴事実を全て認めた。
群馬県有数の温泉街、草津町が混乱の渦に巻き込まれることになったのは、2019年11月に新井被告が「町長室で町長と肉体関係を持った」などと告白した電子書籍が世に出たことからだった。のちに町は「セカンドレイプの町」と批判され、町長にも疑惑の目が向けられた。しかし、電子書籍の執筆者の刑事裁判や、町長が新井被告らを訴えた民事裁判では、「肉体関係はなかった」と結論づけられている。
新井被告が「町長と町長室で肉体関係を持った」と告白した、問題の電子書籍『草津温泉 漆黒の闇5』(現在は購入不可)は、フリーライター飯塚玲児氏により2019年11月に発表された。しかし新井被告の告白が虚偽であったことが、のちに飯塚氏の刑事裁判で判明する。
新井被告が「肉体関係を持った」と主張するのは、2015年1月8日午前10時からの町長室での面会でのことだが、その一部始終を新井被告が録音していたことが、捜査の過程で判明。2023年2月、名誉毀損罪で在宅起訴された飯塚氏の初公判で、音声データが再生された。そこには性暴力をうかがわせるような音声は一切認められなかったのである。さらに、町長が新井被告らを相手取って起こした民事裁判の本人尋問において、新井被告自身が「肉体関係はなかった」旨を認めていた。民事裁判は今年11月26日、新井氏に165万円の支払いを命じた判決が確定している。
このように、新井被告の刑事裁判初公判は「肉体関係があった」という彼女の告白が“嘘”であることが他の裁判で明らかになった段階で始まったのであるが、新井被告は罪状認否において、名誉毀損については「無罪を主張します」と述べた。
髪の毛はショートカットに整えられ、眼鏡にマスク。クリーム色のワンピースに黒いハイソックスを履き、怪我をしているのか、左腕には黒いアームホルダーが装着されている。担当弁護人は「飯塚氏の単独で電子書籍が発行された。仮にそうでないとしても、町長からのわいせつ行為の真実性は認められる」と述べ“肉体関係はなかったが、わいせつ行為はあった”と主張した。
主張の内容が二転三転
しかし一方で、町長に刑事処分を受けさせる目的で、2021年12月、町長から町長室で「股間を押し当てられた」などといった強制わいせつの被害を受けたという虚偽の告訴状を前橋地検へ提出したという虚偽告訴罪については認めた。つまり、現段階で「町長からのわいせつ行為があった」と主張しているにもかかわらず「強制わいせつ被害を受けた」という告訴状は“嘘”であると認めているのだった。
不可解な主張について、冒頭陳述で弁護人が述べたところによれば、“わいせつ行為”の詳細が異なっているということのようだ。新井被告側は現時点では、2015年1月8日の町長との面会において「町長が新井被告の上着の中に手を入れて、胸を触ったり、太ももを触ったりした」と主張している。電子書籍には“肉体関係があった”と告白し、虚偽告訴の際には“股間を押し当てられたりした”と証言、そして現時点では“胸や太ももを触られた”と、その内容が変遷し続けていることがわかる。
無罪を争っている電子書籍発行による名誉毀損について、新井被告の弁護人は「最終稿のチェックがないまま販売が開始された」「飯塚氏が町長への裏付け取材を全く行なわなかった」など、取材や確認が不十分なまま飯塚氏が電子書籍を発行したと主張したほか、「新井被告が町議となって以降、町長が手を握ってきたり太ももを触ってきたりしたほか、夜に自宅で待ち伏せるなどした。権力者の機嫌を損ねてはならないと思った」などと述べた。
民事裁判の確定後に町長は取材に応じ、「新井被告が自宅前で待ち伏せていることがあった。『話がある』と言うので人通りのある場所で聞いたが雑談で終わった」と語っている。
法廷では再び、新井被告による2015年1月8日の録音データが部分的に再生されたが、新井被告が町長に頼み事をしている様子や、それを受けて町長が電話をかけ、「留守電になっちゃった」など話している様子が記録されていたが、肉体関係はおろか、わいせつ行為をうかがわせるような声や物音は認められなかった。音声データ終盤は、町長室を出たのちの、新井被告による「あー、疲れた」という独り言が収録されていた。
公判はこれから、関係者の証人尋問が続いていく。新井被告に対する被告人質問は来春以降になる見込みである。
◆取材・文/高橋ユキ(ノンフィクションライター)