「紀州のドン・ファン」と呼ばれた和歌山県田辺市の資産家・野崎幸助さん(当時77)を殺害した罪に問われていた元妻・須藤早貴被告(28)の裁判員裁判。12月12日、和歌山地裁が殺人罪と覚醒剤取締法違反の罪に問われていた須藤被告に下した判決は「無罪」だった。22回に及ぶ公判を複数回傍聴したライターが語る。
「検察側は、事件性の核心である『須藤被告がどうやって野崎さんに致死量の覚醒剤を飲ませたのか』という疑問点について、具体的に指摘できなかった、という印象です。弁護人が『うすい灰色をいくら塗り重ねても黒にはならない』と表現したように、直接的な証拠がなかったことが今回の判決に繋がった」
今回の判決で、また新たな問題が発生したことになる。約13億円とされる、野崎さんの莫大な遺産の相続についてだ。
「野崎さんの遺産は預貯金や有価証券のほか、不動産や車などから構成されている」(全国紙社会部記者)
「遺言書」をめぐってきょうだいが裁判
野崎さんに親や子供はいない。法定相続人は妻である須藤被告と、6人いるとされる野崎さんのきょうだいだ。遺産については、野崎さんが残した遺言書があるのだが——。前出のライターが語る。
「野崎さんの遺言書は『平成25年付』で、須藤被告と出会う前に書かれていたものです。野崎さんの死後、野崎さんから預かっていたという友人から、弁護士を通じて裁判所に提出された。内容は、『個人の全財産を田辺市に寄付する』というものでした。
この遺言書に対し、『本人以外が作成した可能性が高い』として、田辺市などに対して無効を訴える裁判を起こしたのが、野崎さんのきょうだいらです。筆跡鑑定などが提出された結果、今年の6月に和歌山地裁から『遺言書の文字の筆跡は本人の筆跡であるとみて相違ない』として、遺言書を有効とする判決が言い渡されています」
きょうだいらは判決を不服として、7月に大阪高等裁判所に控訴。「現在審議中」(大阪高裁)だというが、遺産の行方はどうなるのだろうか。みお総合法律事務所の伊藤勝彦弁護士が解説する。
「須藤さんの裁判も、この後検察側が控訴する可能性がある。2件の裁判の結果がどうなるかで、遺産の行方はそれぞれ変わってきます。
まずは地裁の判決通り、須藤さんが殺人罪の犯人でなく、野崎さんの遺言書が有効な場合。基本的には遺言書の通り、全財産が田辺市に相続されることになりますが、須藤さんには元妻として最低限保証される『遺留分』がある。須藤さんがこれを請求すれば、遺産の半分である約6億5000万円を受け取ることができます。
須藤さんが今後の裁判で殺人罪で有罪とされた場合、『遺留分』を請求する権利を失うため、遺言通り遺産の全てが田辺市に引き継がれることになる」
今後の裁判で遺言書が「無効」とされる場合はどうだろうか。
「須藤さんが殺人罪の犯人でないという判決通りなら、須藤さんときょうだいらで、法定相続割合に沿った3:1の割合で相続されることになる。このケースでは須藤さんに13億円の4分の3にあたる10億円弱が入る計算になりますね。
須藤さんが殺人罪で有罪とされた場合は、きょうだいが遺産の全てを相続することになる」(伊藤弁護士)
野崎さんの遺産を巡って、須藤被告、田辺市、野崎さんのきょうだいらが「三すくみ」になっているのだ。
野崎さんがこだわった「苗字」
そもそも野崎さんは、遺産についてどのように考えていたのか。前出のライターが語る。
「野崎さんは生まれ故郷の田辺市を愛していました。若い頃から市に寄付をしていたし、田辺市のイベントに顔を出して、『いま態度悪かったから、遺産渡すのやめにするよ』と冗談を言っていたこともあったそうです。
一方、野崎さんときょうだいの仲は、あまりよくなかったという報道もある。そもそも野崎さんの『野崎』という苗字は2人目の妻の苗字で、離婚したのちにも苗字を変えなかった。これらのことから、野崎さんが当時『田辺市に全額寄付する』としたのは不自然ではない気がします」
公判で「(野崎さんから)『あなたに遺産を渡したい』って言われた」などと主張していた須藤被告。今後の展開次第で、莫大な遺産が手に入る可能性があるのだが——。
「須藤被告は、野崎さんと出会う前に別の男性から現金約2980万円を騙し取ったとする詐欺罪で、今年9月に懲役3年6か月の有罪判決を受けており、拘留されている。すぐに釈放、というわけにはいきません」(同前)
娘の無罪判決に、須藤被告の両親はどう思うのか。NEWSポストセブン取材班は母親のもとを訪ねたが、終始無言。「お話しできないということでしょうか」と聞くと、首を縦に振って、去っていった。
遺産の行方は。今後の展開に注目が集まる。