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《北九州中学生殺傷事件の余波》容疑者逮捕後も続くSNSでのデマ拡散「関係ない人たちが我々をもてあそんでいる」と怒りの地元住民

NEWSポストセブン 2024年12月28日 16時15分

 逃走中の容疑者が逮捕され事件解決で一安心、というわけにはいかないようだ。北九州で起きた中学生殺傷事件では、いまも地域住民のあいだに不安が広がったままだ。社会に不穏な雰囲気を漂わせたのは、事件そのものだけでなく、SNS上に漂い続ける無責任な断定口調のフェイク情報、デマの数々だ。ライターの宮添優氏が、いまも止まらないデマの連鎖に悩まされる地域住民の不安についてレポートする。

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 12月14日夜に発生した福岡・北九州市で発生した中学生殺傷事件は、中年男性と報じられた犯人が逃走して数日間、住民は不安なまま過ごしていた。19日に容疑者の男が逮捕されると、地域には「ホッとした」「これで出歩ける」などといった安堵の声も漏れ聞こえてくるようになった。しかし、容疑者が逮捕されてもなお、市内の小中学校の約500人の児童や生徒が事件への不安を訴え、学校を休んでいたことが明らかになった。

警察は事件捜査と同時にデマへの対応

「正直、私たち(親)も様々な情報を鵜呑みにして怖がっていたので、それが子供たちにも伝搬してしまったのかもしれません。子供たちは子供たちで、ネットを見て色々な情報を得ていたようで、それも影響しているみたいです」

 筆者の取材に答えてくれたのは、事件が発生した北九州市小倉南区内に住む公務員の男性(40代)。小学校6年生の娘は、事件直後から「犯人が捕まってなくて怖い」と訴え、学校を休んだ。そして、犯人が逮捕された今も、学校へ行きたいという気持ちはあるが、恐怖心から玄関から出られずにいるという。何が原因なのか。

「犯人が捕まっても、本当に犯人なのか?と疑うんです。ネット上の噂を見聞きした友達から、そういった話を聞いてきたみたいです。もっとも、犯人が捕まる前、保護者の間にもデマが拡散され、我々大人も振り回されたほどなんですが」(公務員の男性)

 SNSが今のように使われる以前から、学校に通う年齢の子供たちは友だちからの噂話に惑わされやすい。1980年頃に流行した口裂け女などの都市伝説や、トイレの花子さんのような学校の怪談などは典型だろう。現在はそこにSNSという伝播スピードが格段に速いツールが加わり、大人でも向き合い方に悩まされている。

 実際に今回の事件は、発生直後からSNS上には様々なデマが飛び交った。まず目立ったのは、犯人が逃走中に、防犯カメラ映像などがなかなか公開されたかったことを荒唐無稽な陰謀論のように仕立て上げたものだ。飲食店内での発生事案ならば、店の防犯カメラがあるだろうと簡単に連想されたためだ。実際には、犯人に逃げられる恐れがあったため映像を公開しなかったのだが、一部で「マスコミが隠蔽しているのは、犯人が外国人だから」と断定するような投稿が拡散された。

 そして、あまり気分がよいものではない、被害者にまつわる根拠のない素性が断定的に拡散された。被害者の父親が「暴力団対策に長く関わってきた警察署長」である、というデマだ。当局へ確認して事実ではないことの確認がとれたという報道が続いたが、それでも拡散するネットユーザーが続いていた。

 現場で事件を取材していた大手紙の警察担当記者が振り返る。

「警察は当初から、防犯カメラ映像を辿って被疑者の痕跡を把握する”リレー捜査”を進めており、早い段階で容疑者の存在を特定していたようです。その一方で、ネット上では早く防犯カメラ映像を出せと、捜査のことなど全く知るはずもない人々が、警察批判やマスコミ批判を繰り返しました。さらにネット上では勝手な思い込みが広がり、被害者の父親が暴力団対策を長らくやってきた警察署長である、と根拠なく書き込まれ、だから”情報が出ない”という結論まで出る始末。結局、それらの憶測は全てデマだったことが判明しています。結局、警察は事件捜査だけでなく、こうしたデマへの対応もせざるを得なくなったのです」(警察担当記者)

全てが嘘だった、デマだった

 ネット上には、これら「デマ」の書き込みが今なおそのまま残っている。中には、デマ投稿をこっそり消して何事もなかったように振る舞うアカウントもある。書き込んだ人たちも、拡散した人たちも、結局、事実の裏取りはもちろん、その後の結果がどうだったかを検証したり報告した形跡はない。警察や事件の関係者が「デマに対して法的対応をとる」とでも表明すれば、慌てて謝罪したり消したりするのだろうが、何もしていない。デマの発信や拡散に関わった人たちにとっては、その一瞬だけで終わっているつもりなのかもしれないが、当事者にとっては単なるデマ、では済まされない。前出の怯えた娘が家から出られなくなったという公務員の男性が言う。

「保護者の間でも、ネット上で噂になった被害者の父親が暴力団対策に関わった警察官ではないかという話が出回り、また暴力団関係の事件かと背筋が凍りました。犯人が外国人という噂も広がり、通り魔的な犯行だとしたらもう外を出歩けないと思いました。しかし、その全てが嘘だった、デマだったとなると、もうネットの情報は何も信じられませんし、これだけ怖い思いをしている地元の人間にとってみれば、関係のない人たちが我々をもてあそんでいるようにさえ思え、怒りを感じます」(公務員の男性)

 デマの発生により、捜査当局や遺族、そして関係者は、負わなくてよい負担を強いられ、感じなくてよかった恐怖に恐れおののくことになった。しかし、それでも、デマを真まき散らした人々は、自身の行動を省みたり、反省することはない。それどころか、警察批判やマスコミ批判を繰り返し、他社の責任を追及する日々の作業に余念がない、という有様だ。

 もちろん、ネット上には正しい情報「も」ある。マスコミによる報道であっても間違った情報「も」あろう。それは事実だが、本事件に関して、SNSでデマを発信したり、見かけたデマを検証もせず拡散する人たちが少なからずいる以上、やはり「出所不明の情報」には注意し続けるしかないし、その情報の信頼性はますます「誰が発信しているか」に依拠していくだろう。だが、本人が発信しているから事実だとは限らないという現実も忘れてはならない。

「無責任に言いたい放題、やりたい放題の人が発信する情報の方が、なんとなく本当だと信じてしまう。今回の事件のような、非日常的かつ緊急的な状況下では、その傾向が強くなると身をもって知りました。冷静でなければならないときほど、デマに踊らされる危険性は高いんです」(公務員の男性)

 スマホひとつで、指ひとつで簡単に発信できるようになってからというもの、私たちが得られる情報は圧倒的に増えた。いや、増えたどころか、津波のように押し寄せる大量の情報を処理しきれず、パニックにさえなっている。だからこそ、膨大な情報を精査したり真偽を確認することなく、自分の信じたい情報だけをつまみ食いしてしまい、その結果、事実とは完全に異なる事象を「真実」と捉え、認知がゆがんでしまう。自身は多くの情報に触れているつもりでも、ごく狭い範囲の、しかもデマ情報にばかり接しているに過ぎず、自分が置かれた狭い世界に気がつかないのだ。

 

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