1980年代は人気アイドルが多数輩出され、なかでも1982年は“豊作”で小泉今日子、中森明菜、松本伊代、早見優、堀ちえみなど、アイドルが続々デビュー。“花の82年組”と呼ばれている。ふっくん(布川敏和)、やっくん(薬丸裕英)、もっくん(本木雅弘)の3人組「シブがき隊」もそのひと組。1988年に解散(解隊)後、俳優、タレントとして活動する布川敏和さん(59)に、これまでの半生を振り返りながら、芸能界デビューのきっかけ、アイドル時代の今だから話せる思い出、人気ドラマ『踊る大捜査線』出演秘話などを明かした。【全3回の第1回】
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「シブがき隊」時代は楽しかった。15歳でジャニーズ事務所(現:STARTO ENTERTAINMENT)に入って、16歳で「シブがき隊」結成ですから、まだ子ども。仕事をしている感覚はなくて、遊びの延長という感じで何も考えず、ただ楽しんでいましたね。
僕自身は芸能界にはまったく興味がなく、オヤジが経営していた中古車販売店を継ぐつもりでしたが、中学の友人が事務所に入りたいというので一緒に入ったのがきっかけです。
ところが、デビューしたらすぐに忙しくなりました。「シブがき隊」として歌を出して歌番組に出て、コンサートやって、取材を受けて……。同期も華やかでした。小泉今日子さんなんてすごくかわいくて、僕ら3人とも好きになっちゃったくらい。
『ザ・ベストテン』(TBS系)とかの歌番組に出演したとき、僕は「シブがき隊」が歌い終わった後、彼女の隣に座るためにマイクを音声さんに渡さず、そのまま床に置いて、彼女の隣にダッシュして行ったりして(笑)。だから、小泉さんが歌った『学園天国』の歌詞は、当時の僕らそのものでした。
18歳で免許取って、当時人気のあったトヨタ・ソアラを初めて買ったときには、助手席にキョンキョンを乗せて家まで送ったんですよ。小泉さんと会う機会はあまりなかったんだけど、そのときはたまたま誰かの誕生日パーティか何かで一緒になって、「送ってあげようか」と声をかけました。少しでも長く乗せていたくて、お台場まで思いっきり遠回りして送り届けました(笑)。
「シブがき隊」の3人で六本木のマンションで暮らし始めると、「バブルガム・ブラザーズ」のブラザー・コーンさんに六本木のディスコに連れて行かれ、六本木でよく遊ぶようになりました。アン・ルイスさんをはじめ、チェッカーズのボーカルだった藤井フミヤ君、吉川晃司……。ナンパの仕方から業界のしきたり、やってはいけないこと、などいろんなことを教えてもらいました。
その六本木に、いつも顔を出してご飯を食べていたのが、(中森)明菜。彼女は“お嬢様”なんですよね。「ケンタッキーフライドチキンが食べたくなっちゃったなぁ」とポツッと言うもんだから、買いに走ってあげたこともありました。彼女は喜んで、タバスコを1本丸ごとチキンに振りかけて食べて「おいしい」って。最近は活動を休んでいて心配していましたが、先日、香取慎吾君のライブを観に来ていたそうだから、良かったなぁ、と思いました。
『踊る大捜査線』出演の裏話
「シブがき隊」解散の1年前の1987年、僕は『あまえないでョ!』(フジテレビ系)で、本格的にドラマにも出演するようになりました。当時、事務所はドラマにあんまり進出していなくて、僕も(「シブがき隊」としてではなく)個人では、このドラマが初めての連続ドラマのレギュラー出演だった(デビュー作『2年B組仙八先生』をのぞく)ので、とても思い出に残っている作品です。
『あまえないでョ!』は斉藤由貴ちゃん主演のドタバタホームコメディ。僕は由貴ちゃんの恋人役で、演技というものがまだ何もわからないときだったけど、みんなでワイワイやりながらの撮影は楽しかった。ドラマの内容もおもしろかったから、視聴率も良くて。由貴ちゃんは当時から演技が上手でね。人見知りだったから、カメラの外では僕ら共演者と親しくなることはありませんでしたが。
この『あまえないでョ!』は後にプロデューサーとしてヒットメーカーとなる亀山千広さん(現・BSフジ代表取締役社長)が、ドラマの企画を手がけ始めたばかりの頃の作品。亀山さんとは『あまえないでョ!』の後、『オレの妹急上昇』『ヘイ!あがり一丁』でも一緒にやった仲なんですよ。
彼はその後、数々のヒット作を生み出し、フジテレビの社長にまで上り詰めましたが、1997年に彼がプロデューサーを務めていた『踊る大捜査線』に僕が犯人役で出演したのもその縁なんです。
あるとき、亀山さんから呼び出され、「今オレ、『踊る大捜査線』っていうのをやっているんだ」と言われたんです。「ヒットしてて知ってるよ。すごいじゃん」「頼みがあるんだけど、犯人役をやってくれない?」「いいよ」「良かったー! 断られると思ってたよ」……なんて会話を交わし、出演することになりました。
僕は水野美紀さんが演じる柏木雪乃の元恋人で、麻薬の売人・岩瀬修役でした。織田裕二君に確保され、湾岸署に連行されるシーンでは亀山さんの演出も受けました。当日は寡黙な雰囲気で誰とも挨拶せずに荒々しくスタジオに入ってくれと。織田君といかりやさんは演出を知っていたのですが、本番まで水野さんに対して怖い雰囲気で演じてほしかったそうです。それで、僕は本番までほとんどの出演者と話をしない犯人役に徹しました。
僕はそれまで『刑事貴族』(日本テレビ系)や『おばさんデカ 桜乙女の事件帖』シリーズ(フジテレビ系)など刑事役が多かったから、ずっと犯人役をやってみたかったんです。だって、犯人役は最初は良い人そうに見せて、後から悪人の本性を現すから人間味があるじゃないですか。しかも犯行理由を明かす見せ場は、作品のクライマックスで演じていて、やり甲斐があるんですよ。2026年には待望の新作が公開されますよね。僕にも声をかけてほしいなぁ。
(第2回に続く)
取材・文/中野裕子(ジャーナリスト) 撮影/山口比佐夫