Infoseek 楽天

急拡大中のスキマバイト、職場では「スキマさん」 条件や環境の悪さに上がる悲鳴「インフルでも出ろって、やばい」「闇バイトよりはマシ」

NEWSポストセブン 2024年12月30日 16時15分

 1973年生まれの派遣社員のヒロインが、見下す男性正社員をしのぐ活躍をする姿が人気を集めた2007年放送のドラマ『ハケンの品格』。17年前放送の同ドラマでは序盤こそ尊大な社員がヒロインを「ハケン」呼びするが、基本的には名前で呼ばれていた。職場で役職でなく名前呼び、は今や常識だろう。ところが、スキマバイトの世界では時代が戻っているらしい。人々の生活と社会の変化を記録する作家の日野百草氏が、「スキマさん」たちの本音を聞いた。

 * * *
「これまでも仕事で本名とかニックネームとかいろいろ呼ばれましたけど『スキマさん』は初めてでした」

 会社の許可を得ていわゆる、スキマバイトをしている筆者旧知の都内会社員(40代)の話。それにしても「スキマさん」ではみんなスキマバイトで来た人「スキマさん」になってしまうのでは?

「はい。みんなスキマさんで『そっちのスキマさん』『スキマさん呼んで来て』とまあ、話しかけられたとかニュアンスとかで『私のことだな』とか『彼のことか』と認識する感じです。なんか悪気はないみたいです」

 以前から『ハケンさん』とか『バイトさん』という呼び名はあったが『スキマさん』とは。

「確かにその日1日しか入らないこともありますし、ずっといっしょにいる間柄でもありませんから名前を憶えるのも、って感じでしょうけど、なんか『モヤり』ますよね。(スキマバイト大手)アプリの名前で呼ばれることもありますけど、誰もが知る大手じゃない場合はひっくるめて『スキマさん』ですね。その店だけの話かもしれませんが」

 この「モヤる」はかつて『三省堂 辞書を編む人が選ぶ「今年の新語2018」』の2位に入った。「もやもやする」という心情の短縮形で大賞となった「ばえる」、3位の「わかりみ」と共にネットコミュニティを含めて広がり、定着した。そうか「スキマさん」はやはり「モヤる」か。

「モヤりますね。大学卒業したあとしばらく倉庫とかハケンやってたときの『そっちの人』とか『あんた』よりはマシですがね。だから名前で呼んでくれるところは嬉しいですよ、あたりまえなのにね」

 わかる。筆者も30年以上前、最初に勤めたスポーツ新聞社ではアルバイト社員だったので「学生さん」と呼ばれた。古い話だが、新聞や出版の古い人の一部は若いアルバイトを「学生さん」と呼んだ。学生であってもなくても「学生さん」。かつて新聞社や出版社を目指す学生限定で在学中に見習い(いまで言うインターンか)をさせていた名残でとくに気にしてはいなかったが、やはり当時の中堅記者から下の世代に苗字で呼んでもらえると嬉しかった。荒っぽい体育会の現場、呼び捨てはもっと嬉しかった。

 いまやタバコの煙でもうもうとしていた社内は禁煙となり、制服姿のお茶くみ女性も社内から消えた。令和の教え子に話すと驚かれる、是非はともかく時代はアップデートされてゆく。

「いまバイトでもハケンでもよほど扱いの悪い会社や店でもなければそういう呼び方ってしないですよね、でもスキマバイトでまた復活してる感じです」

コロナでもインフルでも出ろって、やばい

 1990年代半ばから2000年代にかけてのいわゆる「ハケン」労働問題はこの国の「負」の歴史でもあったと思う。自由化の名のもとに失われた30年の象徴でもあった。

 とくに労働者派遣法の1999年改正(派遣業務の拡大)、2004年改正(派遣期間の延長と「物の製造の業務」の解禁)は一部派遣会社経営者の「人間を売買してたくさん儲けて逃げる」を可能にしてしまった。2007年に発覚した偽装派遣、二重派遣、労災隠蔽、勝手な給与規定変更、備品購入の強要の「グッドウィル事件」などまさにそれだが、同社に限らず多くの幹部が人間を売買して稼ぎ、逃げて悠々自適の生活をしている。

 大量の「ワープア」「ネカフェ難民」が社会問題となってようやく2012年改正で規制強化となるわけだが、この期間に膨大な数の労働者が犠牲となった事実は確かに、この国の歴史にある。

 スキマバイトはその時代に比べれば牧歌的なものだと思っていたが、問題も多そうだ。さらに話を聞く。

「スキマバイトなのに当日欠勤にペナルティがつくことですね。ずっと問題になってますけどいまだに問題無用でペナルティです。インフルでも出ろって、やばいですよね」(前出のスキマバイトをしている会社員)

 少し補足しなければならないが、インフルエンザの場合、多くのスキマバイトではいったんペナルティがついたあとにカスタマーセンターに相談、ということになっている。そこでペナルティが取り消されるか否かは各社それぞれ、ケースバイケースだ。

 意外と勘違いしている人もいるのだが、日本には季節性のインフルエンザというだけで会社に出勤してはならないという、国としての法的な基準もそれのみによる罰則もない。勘違いしている人はおそらく学校と同じにしているのだろうが、学校保健安全法では明確に登校禁止とその期間が定められている。しかし労働安全衛生法には新型インフルエンザや結核、ノロウイルスなどを除き、季節性インフル出社の可否に国の法的な拘束力はない。

 安全配慮義務の観点から学校保健安全法を参考に独自基準を作る会社がある一方、「インフルでも会社に来るとは気合いが入ってる」という「あたおか」な会社が存在できるのもそうした事情による。あくまで企業も労働者も「個々人の自由意志」が国の建前だ。そもそも新型か、季節性かなんてスキマバイトの1日どころか数時間限りの1回こっきりで判断しようもない。

「インフルでも無理して出る人もいると思いますよ。スキマバイトはあくまで『アプリ』を運営する会社ですし。そういうところの責任とか、ないから儲かるんでしょうけど」

 バイト先の会社や店によっては検温の指定がある。それで熱なら当然キャンセルとなる。しかし、それがない会社や店ならインフルでも頑張って働けてしまう。季節性なら個人の問題で違法ではない。あくまでマッチングサービス、これはフードデリバリーサービスや電動キックボードのシェアリングサービスと同じ理屈でアプリを提供している。

 問題が起きるたびに改正を含めた姿勢はとるが、最終的には「うちはアプリを提供しているだけ」である。

 別のスキマバイト経験者に話を聞いた。中小企業に勤め、会社の許可を得てスキマバイトに登録している男性(50代)の話。

「私の場合は若い社員から『お父さん』呼びがあったね。親しみを込めた『お父さん』じゃなくて、ヤンキーとかそういうのが中高年を小馬鹿にするときの『お父さん』だ。わからないところを聞くと『お父さんさ~』だ。全部じゃないけど、嫌な働き口にあたるのは仕方がないとあきらめてる」

 それでもスキマバイトがあると助かるとも。

「嫌なことなんて仕事でたくさんあったから、そんなの気にしてたら食っていけないよ。物価も税金も上がりっぱなしで使えるお金が減るばかりだ。そもそも会社が『足りなかったら副業してもいいよ』と自分から賃金を上げる気がない」

 経営の苦しい中小企業に限らず、近年では大手でも副業を許可する企業が増えている。三井住友銀行や日産自動車、丸紅などの大企業も副業解禁に踏み切った。事前承認や月20時間以内など条件はあるが、こうした大手はともかく中小企業の場合は彼の言う通り「賃金上げられないから外でも働いてよ」が本音だろう。

 しかしダブルワークにスキマバイト、なかなか厳しいものがあるとも。

「条件の悪いとこばかりだね。交通費が出ないとこもあるし扱いも雑。レビュー書いたって運営は事業者の味方だから意味なんてない。(スキマバイトサービスとの)付き合いはほどほどにしないと、あの地獄だったハケンの時代みたいになりかねないと思う」

 彼は2000年代に製造業の派遣も経験している。「あれは地獄だったよ、なんであんなのが野放しだったのかわからない」とも。まさに政治による人禍だったが風化した。それでもそれぞれに、当事者の心にはあの「ハケンの時代」が残っている。貴重な証人の言葉だ。

「人間を売り買いする立場から人間を売り買いする場を提供しているだけになった。使わなきゃいけない身なのが切ないけどね、まあ仕方ないね。闇バイトよりはマシと思うしか無いよ」

スキマバイトのCM見ただけで思い出して嫌になる

 スキマバイトの一部サービスには闇バイトやいかがわしい求人も横行したとされる。「真夜中の猫探し」「入浴介助の練習(10代女性のみ)」といった文言で強盗の下見や性的な仕事を募集していたのではと報じられた。各社対策を強化するとしたが、求人に関しての対人確認が本当になされているのかどうか、疑いを持たれても仕方のない状況だ。

 現在は情報通信関連企業に勤める元新聞記者はこう語る。

「社会のインフラとか既存の人間の営みにタダ乗りして儲ける商売ですよ。人の安全とか生活の安定を図るための管理を『コスト』と切り捨てて、食いつぶして逃げるまでがセットでしたよね、2000年代の派遣問題で事件化した連中は実際、そうだったわけで」

 2000年代の派遣問題はグッドウィルを中心に多くの逮捕者を出した。幹部は引退して海外で悠々自適に暮らしたり、形ばかりの自己破産で逃げおおせて莫大な資産を使って別の事業をしていたりする。まさに「やったもん勝ち」「今だけ、金だけ、自分だけ」の端緒だった。

「スキマバイトの経営者がそうだとはわかりませんが、現実はあの派遣問題が起き始めた時代と変わらない状況だと思いますよ。2012年の派遣法改正と同様の、スキマアプリを念頭にした労働法の法改正が求められると思います」

 当時と同様、それでも生きるために、生活の足しにと役に立っている人も多いだろう。手軽に賃金を得ることができるし、煩わしい人間関係もない。割り切れる人なら「スキマさん」だろうが「そこの人」「あんた」でも構わないという人もいる。

 20代の大学院生もこう話す。

「研究の合間にちょうどいいんですよ、スキマバイト。それに、スキマバイトの時間は私にとってお金をもらうためにいるだけの死んだ時間ですから、なんと呼ばれようとそこの人間たちがどうなろうと知ったことではありませんからね。ドライに割り切れる人にはいいですよ。仮に店に殺人鬼が来たって一目散に逃げますし、赤の他人を助けたりもしません。アプリを通して来てるだけの『スキマくん』で構わないですよ」

 いっぽう、40代の編集者に聞くと「絶対に嫌」とも。

「私も20代のころ失業したときにハケンやってた口なんで、あの時代の滅茶苦茶な派遣を経験すると二度とそういう口入れ屋には関わりたくないですよ。むしろスキマバイトのCM見ただけで思い出して嫌になる」

 口入れ屋とは古くは奉公人の斡旋(まあ売買で構わない)をしていたブローカーのこと。ドヤの日雇労働では手配師とも呼んだ。性風俗では女を売買する仲介人の「女衒」が知られる。

 昔からこうした仕事はあって、いろいろ言われながらも「派遣業」「スキマバイトサービス」として残っている。貧しい農村の娘を親から買って来てセリにかけたり直接店に売ったりの時代が約100年前まであった。

 短絡的にそれといっしょだと言うわけでなく、現代でそんな人身売買が表沙汰(裏ではわからないが)になれば捕まる、そうして人は社会の倫理と規範というものを法と教育によってアップデートしてきた。労働者派遣法だってまだ不十分かもしれないが2000年代の滅茶苦茶な時代に比べれば改正されてマシにはなっている。

 厚生労働省の強い要望により実現したとされる「106万円の壁」撤廃によって、厚生年金保険料の負担を嫌う企業や店は今後ますますスキマバイトに頼ることになるだろう。しかしスキマバイトがアプリでしかないとか、アプリに責任はないとか言っても雇うのは人、働くのも人、スキマバイトサービスの中の人たちも人だ。人であるかぎり、人としての責任からは逃げられないように思う。

 そして人には感情がある。便宜上の呼び方であっても明らかにバカにした意味で「スキマさん」とか「お父さん」(スキマバイトの中高年を「おっさん」と呼ぶ居酒屋スタッフもあったと聞く)なんて呼ぶ人はやめて欲しい。スキマバイトサービスを使う側はその仕事のプロのはずだ、プロならそんなことをしない。

 最後に、まだスキマバイトサービスは多くに指摘される通り問題点が多い。電動キックボードのシェアリングサービス同様、現状に即した法改正が求められる。

 日野百草(ひの・ひゃくそう)/出版社勤務を経て、内外の社会問題や社会倫理のルポルタージュを手掛ける。日本ペンクラブ広報委員会委員。

この記事の関連ニュース