2010年に『トイレの神様』を歌い、多くの人の心を掴んだシンガーソングライターの植村花菜さん(41)。現在は米ニューヨークを拠点に、日米で音楽活動をしている。米国でも植村さんの音楽を披露するチャンスが広がっているが、日本でも新たに活動の幅を広げている。一時帰国中の植村さんに、日本の拠点である兵庫で詳しい話を聞いた。【全3回の第2回。第1回から読む】
ニューヨークで通った演技学校
「一時帰国は2024年は4回。2023年は2回、2022年は3回……。家族揃って帰国するときもあれば、今回のように娘と2人だけのときもあります。滞在期間はその時々にもよりますが、短くて2週間、長ければ2カ月ほどの時もあります。
今はまだ娘が幼いので、私の母や姉など家族に助けてもらいながら全国を回り、ツアーを開催したり、イベントやテレビ、ラジオなどに出演させていただいたりしています。最近は中学校の校歌や、私の故郷・兵庫県川西市の市制70周年記念オリジナルソングの制作依頼をいただきました」
2022年秋には、ホリプロ主催・企画の新作オリジナルミュージカル『COLOR』の楽曲を手がけたため、1カ月半ほど長期日本滞在。ミュージカルの仕事は初めてだった。
「新しいことにチャレンジするのは大好きなので、すごく楽しかったです。ミュージカルに合わせて20曲ほど作りました。私が作詞作曲を担当した楽曲も数曲ありますが、基本的に作詞は脚本家の方が7~8割書かれたので、私は台本を読みながら脚本家さんの言葉に曲をつけていきました。その詞がすばらしく、歌詞を読んでいると自然にメロディーが浮かんできました。
私は普段自分の曲を作るときは、書きたい楽曲のテーマに基づいて長い作文を書き、そこから歌詞になりそうな言葉を抜き取って大まかな歌詞を作ります。その言葉にメロディーをつけながら最終的に歌詞を淘汰していきます。この作業をすべてひとりで行いますが、ミュージカルはプロデューサーさんや演出家の方などたくさんの人が関わります。そうした共同作業がとてもおもしろかったです。また機会があればぜひやらせていただきたいです」
ミュージカルの楽曲を制作するために、原作を何度も読むのはもちろん、出演する俳優がどのように役作りをするのか、俳優はどんな思いで演じているのか、なども参考にしたいと考え、ニューヨークで演技の学校に通ったという。
「最初はお試しで全5回のコースに通い、その後、深く学びたかったのでさらに10回のコースも取り、計2回通いました。英語でどこまで授業を受けられるのか、自分の英語力を試すために勉強も兼ねてという理由もありました。
ニューヨークに移住して8年、パンデミックで日本に滞在していた期間を除くと6年ほど暮らしていますが、普段は夫と子どもと日本語で会話することがほとんどなので、なかなか英語が上達しません。軽い日常会話は大丈夫でも、込み入った話や深い話をするとうまく自分の気持ちを表現できなくて、英語力はまだまだなんです。新しいことにチャレンジするのが好きなので、演劇学校に通ったことはとてもおもしろい体験でした」
2010年には、子どもの頃から大好きだった『吉本新喜劇』の舞台に演者として立ったこともある植村さん。いつか“女優・植村花菜”を見る日も来るかもしれない。
「そんな機会があればおもしろいですね(笑)。でもまずは、2025年5月にデビュー20周年を迎えるので、それに合わせて新しくレコーディングするベストアルバムを作りたいと思っています」
「第2子誕生」で変わったこと
日米で忙しく活動を続けるなか、2023年はプライベートで大きな出来事があった。第2子の長女の誕生だ。
「2023年11月に、ニューヨークのブルックリンで長女を出産しました。第1子の長男は2015年に日本で産んだので、日米の出産事情の違いには驚きました。アメリカは出産翌々日にはもう退院させられてしまうんですよ。日本では約1週間ほど病院にいさせてもらえて、体力を回復させることができたんですけどね」
歩くのも難しい状態のまま、新生児を連れてやっとの思いで退院した植村さん。ところが、その2日後には新生児検診のため、再び自分で幼い赤ちゃんを連れて病院へ行かなければならなかったのも驚きだった。
「しかも、米国ではタクシーに赤ちゃんを乗せるときは、必ずカーシート(チャイルドシート)を使用しなければいけないんです。それがまたすごく重くて、カーシートに赤ちゃんを乗せて、それを持ちあげて家からタクシーまで歩くのがすごい大変で! 夫は『仕事を休んで手伝うよ』と言ってくれたのですが、『自分で出来ると思うから大丈夫』とせっかくの申し出を断ったことをすごく後悔しました」
病院食の差にもビックリ。
「長男を出産したときの日本の病院で出てくる食事はすごくおいしかった。ニューヨークの病院の食事は……パンと冷凍のミックスベジタブル、チキン……とても食欲をそそる食事ではなかったんですよ(笑)」
“逆境大好き”というほどたくましい心意気の植村さんだが、それじゃ力も出なかったろう。
「ただ、検診が終わった後は、しばらく自宅で身体を休めながら育児に専念できました。今回は産休がほとんどなく、仕事がずっと途切れない状態で子育てをしていてなかなか家事まで手が回らないので、今は食事の支度はほとんど夫がしてくれています。息子が『パパのご飯のほうがおいしい』と言うくらい(笑)」
2013年に結婚した夫のジャズドラマー・清水勇博さんは、音楽の仕事をしながら「アレクサンダー・テクニーク」という、人間本来の自然な姿勢や発声方法を体系だてたメソッドの指導者でもある。
「夫はドラムを叩いている時に背中の右側にしびれが出てしまう状況に悩まされていたとき、『アレクサンダー・テクニーク』に出会いました。日本ではまだあまり一般的ではないメソッドですが、欧米の音楽学校や演技学校では授業として取り入れている学校も多いそうです。
彼はウィークデーの日中は『アレクサンダー・テクニーク』の学校で先生をしていますし、息子は現地の小学校に通っているので、私は普段、夕方までは家で娘と2人きり。娘は私に似ておてんばで、どうやら少々いたずらっ子なようです。息子とはまた全然違った性格で、とても興味深いですね。日々、表情やできることが変化していくので、毎日観察していると楽しくて。家でずっと2人きりでも、退屈したり飽きたりすることはありません」
思うように仕事が捗らない時があるのが悩みの種だというが、それも幸せな証拠だろう。
(第3回に続く。第1回を読む)
取材・文/中野裕子(ジャーナリスト)撮影/小林忠春