2024年1月~11月末におけるSNS型投資詐欺の認知件数は5939件で、被害額は794.7億円に上った(警察庁調べ)。被疑者が詐称した職業で最も多かったのは投資家(2056件)だが、その次に多かったのがその他著名人(727件)だった。この詐欺の入口として使われている、ディープフェイクを使った画像や映像によるる著名人になりすましたニセ広告の最新状況について、ライターの宮添優氏がレポートする。
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「又、私の名前を悪用した詐欺広告が出ていました」
クリスマスイブの12月24日、自身のXにこう投稿したのは、一部で「女性初の宰相」候補とも評される、自民党の高市早苗衆議院議員だ。本人が「又」というように、以前も、高市議員の写真や映像を無断で使用した「ニセ広告」がSNS上に確認されていたようだ。騒動を取材した民放社会部記者が振り返る。
「2024年5月、実業家の前澤友作氏らが、フェイスブックを運営するアメリカのIT大手・メタ社を提訴しました。フェイスブック上には、以前から前澤氏やソフトバンクの孫正義氏、楽天の三木谷浩史氏などの著名人の写真や動画を無断で使用した広告があふれており、中には、ディープフェイク技術を使ったものまで登場。それらは全て投資にまつわる内容でしたが、この著名人になりすましたニセ広告を信じたユーザーが金を奪われる被害も相次ぎました」(民放社会部記者)
さらには、テレビで実際に報道されたニュース番組を模した背景に、当時の岸田文雄首相がでたらめなことを話すディープフェイク映像まで登場。これらはマスコミでも大々的に取り上げられ、メタ社も対応に追われた。それからまもなく、フェイスブック上から、これらのニセ広告、詐欺広告は一掃されたように見えた。だが、それは一時的な静けさに過ぎなかったようだ。
石破茂首相のディープフェイク
「ちょうど12月のはじめ頃から、高市議員だけでなくタレントのタモリ、そしてなぜか小島よしおなどの名前を用いたニセ広告が増え始めたんです」
こう説明するのは、ネット上のニセ広告、ディープフェイク映像をウォッチし続けている、都内在住のウェブ広告会社経営者の男性。高市議員やタモリなどの写真とともに「高市がとんでもないことに」「タモリを提訴」といった、ユーザーの興味を引く文言が並ぶSNS上の広告をクリックすると、名前を使われた有名人がニュースキャスターなどの識者と対談するサイトに移動する。このサイトだが、読売新聞や朝日新聞、そしてNHKなどのサイトを模したビジュアルになっており、一見すると「ニュースサイト」風だが、対談しているとされる記事の内容はでたらめだ。
「高市議員やタモリが、キャスターや識者と投資について語っているという内容です。記事を見て“投資をしたい”と思ったユーザーは、ラインなど別のSNSへ誘導され、先方から言われるがままに金を送金したりする。でも全ては詐欺で、相手もどこの誰だかわからない。だから、被害を警察に訴えても、金が戻ってくる可能性はほとんどありません」(広告会社経営の男性)
さらに、まだ報じられてはいないが、石破茂首相のディープフェイク映像も確認されているという。
「民放ニュース風に作られたディープフェイクで、石破首相が国民に投資を促す、というあり得ない内容でした。しかし、パッと見ただけではフェイクや作り物とはわからないくらい精度が高い。もともと、ゆっくりとした口調の石破総理ですが、フェイク映像も同様に作られており違和感がない」(広告会社経営の男性)
ソースコードに「ロシア語」
この手のニセ広告、ディーフェイクの存在は、すでに大手マスコミでも繰り返し報じられてきた。そのうえ、普通なら「総理大臣が国民に投資を促す」はずはないと考え、だまされる人などいるわけがない、と考える。だが折しも、政府は新NISAなどの制度を整え「投資をしよう」と呼びかけている。詳細を理解していれば本物との違いに気づくかもしれないが、ぼんやりと投資へのお墨付きイメージだけがある状態の、あまり物事を疑ってかからない一定数の市民たちは信じてしまう。そして、広告に誘惑され、ほんの少し「怪しい」という気持ちがわいても、みずからそんなはずはないと疑念を打ち消し金を送金し、だまされる例が相次いでいるのだ。
筆者も、こうした広告にあえて引っかかり、言われるがままLINEに誘導され、そこで「投資の先生」とされる人物から様々な指南を受けてみた。そして、見たことも聞いたこともない銘柄の仮想通貨への投資を促され、指定された振込先は日本人名義の個人口座だった。口座への振込はしなかったが、投資をするために必須とされる取引サイトにアカウントを開設するところまでは指示に従った。だが、この取引サイト自体が何の根拠もない張りぼてで、誰がいつアクセスしても、資産価値が上昇し続けているように見せる仕組みを採用していた。
これらのウェブサイトを調べていくと、そのすべてに、主に中国大陸で使用される「簡体字」が使われていたが、最近、新たに出現したこれらの詐欺サイトの一部のソースコードには「ロシア語」が利用されていた。詐欺サイトの“製造元”に移り変わりはあるようだが、ニセ広告を入口としてユーザーを誘導し、最終的にLINEなどのSNSで1対1のやりとりに持ち込んだ上で金を送らせる、というパターンは今も健在のようだ。前出の民放社会部記者が続ける。
「このたぐいの詐欺は、海外の犯罪集団や、いわゆるトクリュウによって行われているはずです。とにかく、元手がかからず効率よく金を入手できるため、騒ぎになったところで、少し間を置いてまた始めたのでしょう。最近のニセ広告の特徴としては、前沢氏のように、本当に訴えてくるような人を広告に使わなくなっているようにも見えます」(民放社会部記者)
勝手に広告に利用される被害者が何度も訴え、声を上げ続けたことで、SNSの運営会社も重い腰を動かし、著名人のフェイク画像を使った詐欺広告は確かに減った。しかし「忘れた頃にやってくる」のが、このニセ広告を入口とした詐欺のようだ。新たな被害者が出る前に、SNS運営会社側の迅速な対応も待たれる。