成人の日直前、振袖販売やレンタルの業者が突然、休業し音信不通となったため、予約していた人たちが晴れ着を着られなくなるという事件が過去に起きた。それから約7年、成人年齢は20歳から18歳になり、「成人式」は「二十歳の集い」となったが、晴れ着にまつわるトラブルが繰り返され、似たような事件が沖縄で発生した。ライターの宮添優氏が、2018年の事件とは性質が異なる、地元のコミュニティ内だからこそ起きた沖縄の事件、全国で類似トラブルが発生している問題についてレポートする。
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かつての「成人式」にあたる「二十歳の集い」の開催が各地で迫る中、またもや式典で着用するはずだった「衣装」を巡るトラブルが勃発した。騒動を取材した
沖縄県内のテレビ局女性ディレクターが説明する。
「沖縄県内の新成人たちが、式典で着用する袴や着物を購入したり、レンタルする予定だった業者と連絡がつかなくなったと訴えています。かつて、新成人向けに着物の販売やレンタルを行っていた業者が夜逃げ同然で失踪し、多くの新成人が式典に着物を着られなくなった、という騒動がありました。しかし、今回のトラブルはそれとは少し違う、ちょっと特殊なトラブルのようです」(女性ディレクター)
このトラブルについて報じている沖縄地元紙などを確認する限り、新成人たちが式典用に購入・レンタルしようとしていた着物業者の担当者は「別の業者に集客や集金などを委託」していたと説明しているようで、その別業者と連絡がつかなくなっているのだという。そして、女性ディレクターが言うには、この業者にはある特定の好みを持つ人たち向けの衣装がそろっていた。
「同店が扱う式典用の衣装は、いわゆる”ヤンキー向け”のド派手な袴や着物です。同店では、かなり安価で袴や着物のオーダーが出来るというので、県内中のヤンキーから注文が殺到していたようですが、ヤンキーや地元の上下関係があるからこその集客法になっていたようです」(女性ディレクター)
中学の先輩を通じ業者に一括オーダー
不良っぽいファッションを好み、けんかしたり、暴走族に入ったり、ときに反社会的な行動に走ってしまう人も出現する危ういやんちゃな若者たちを俗に「ヤンキー」と呼ぶ。彼らのあいだで人気のファッションは世間の流行とは違い、光っていたりアニマル柄だったり、相手を威嚇するような勢いのあるデザインが人気だ。そして、彼らは仲間のコミュニティを何よりも優先する。
筆者は以前、ド派手な式典衣装で有名な福岡・北九州や、横浜、埼玉、千葉などの「二十歳の集い」を取材したが、この女性ディレクターが指摘するように、彼らの派手な袴や着物の注文方法が、ちょっと特殊だった例をいくつも確認した。成人式のための着物を頼む場合、普通に思い浮かぶのは呉服店など着物を扱う業者に直接、連絡して選び購入やレンタルの契約をする、というものだ。ところが、彼らはヤンキー仲間との独特なコミュニケーションの延長で衣装を手配し、お金も動かしていた。
「沖縄県内の式典も近年はド派手になってきており、中学校や地域ごとの出身者でおそろいの袴を揃える、というパターンが多いです。今回も、同じ出身中学のしきり役が先輩を通じて業者に一括オーダーする、という流れでした。業者の代表者は、別の業者に集金や客集めを任せていたようですが、契約書も残っておらず、商売としてはかなりずさん。客側からも“地元のつながりだからとは思ったが、まさか逃げられるなんて”といった声が上がっています」(女性ディレクター)
筆者が過去に取材した新成人のうち、ヤンキー界隈では似たようなやり方で衣装を手配することは少なくなかった。たとえば、暴走族や地元のヤンキーの先輩、といった成人にとって不平不満を言いづらい人たちから、新成人のまとめ役に「注文」を集めるようにと伝えられる。まとめ役は同級生の「客」を集め、金も回収して先輩に収めなければならない。それなりの金額が動いていたが、契約書らしきものを交わした新成人はいなかった。そのため価格設定も怪しいもので、先輩と衣装の業者とが結託していて適正価格より高い金を払わされ、明らかに「中抜き」されたと思われる新成人にも会った。普通のビジネスとはほど遠いやりかたで安くない衣装代が行き交うので、当然、トラブルが頻発していた。だが、2018年に発生した「晴れ着トラブル」のように報じられることがなかったため、関係者以外は知らないことだった。
強制的にピンク色の袴
今回の沖縄のケースが、筆者が過去に見聞きしたものと同じかどうかはまだ、判然としない。だが、報道されて世間が知るところとなった今、自分も同じような体験をしたことがあると訴える声が他地域から聞こえてきた。あのように派手な式典衣装の購入やレンタルを巡るトラブルに見舞われたと、神奈川県横浜市在住の男子大学生(23)が振り返る。
「僕が式典に参加した時は、地元の暴走族の同級生から強制される形で、ピンク色の袴を着せられました。いやでいやで仕方なかったけど、そいつ(暴走族)が“もう決まった”と、レンタル料15万円も要求してきました。そいつの上には、反社と噂される先輩がいて、その先輩が袴を用意してくれると聞いていました」(男子大学生)
式典前日、大学生の元には確かに「ピンク色の袴」一式が届いたが、サイズがだいぶ小さく、そもそも「正絹」とされていたはずの衣装はどうみても「化学繊維」製だった。母親にも相談し、15万円は高すぎるしサイズもあっていない、と暴走族の同級生に訴えた。
「まあ脅されましたね(笑)、先輩に文句があるのか、と。友達もサイズの合わない袴が送られてきたようですが、相手が相手だから、お互い泣き寝入り。後から怒鳴り込まれるのもいやですからね。慌ててスーツを買いに行って事なきを得ましたが、もう思い出したくもないです」(男子大学生)
広島市在住の建築業の男性も、やはり地元のつながりで、ぼったくりともいえる衣装一式を揃えざるを得なかったと嘆く。
「正直俺はヤンキーでも何でもないんですが、不良の友達に“どうしても”とお願いされて、友達の先輩経由で赤と金の袴をレンタルしました。10万円ほどでしたが、それ以外にも、名前や地域名が入ったノボリ、ワッペン、特攻服まで作らされ、総額は20万以上。地元の怖い先輩の付き合いだし、周囲も渋々買っていましたが、大人になってまでこういうのがあるのかと落胆しました」(建築業の男性)
その友人から「特攻服の刺繍は何がいいか?」と聞かれたという男性。投げやりに「なんでもいいよ」と答えたところ、式典前日に「お母さん、育ててくれてありがとう」と金の糸で刺繍されたド派手な特攻服が届いたという。
「暴走天使とか、天上天下なんとか、みたいなことが書かれてくるのかと思いましたが意外でした(笑)。最近は母親や友達への感謝を刺繍するのがブームだそうで。もちろん、恥ずかしくて着られず、今も家のタンスの奥にしまってありますよ」(建築業の男性)
一生に一度の晴れ舞台。衣装トラブルで、その機会を台無しにされる若者がこれ以上でないことを祈るばかりだ。