昨年は悠仁さま(18)や佳子さま(30)をはじめとする皇室関連の報道が世を賑わせた。皇族の減少、皇位継承問題が喫緊の課題になるなか、2025年の皇室はどう動くか。長年皇室を研究してきた明治学院大学名誉教授・原武史氏と象徴天皇を研究する名古屋大学准教授・河西秀哉氏が議論した。
「生身の人間」という言葉に込められた意味
原:昨年11月の秋篠宮の誕生日会見は重い訴えだったと感じました。女性皇族が結婚後も皇室に残る案について問われた秋篠宮は、皇室の制度についての発言は控えつつも、「該当する皇族は生身の人間」と発言し、その点への理解が薄い現状に苦渋をにじませた。当事者を置きざりにして議論だけが進むことへの危惧を示唆するものでした。
河西:意見を聞いてもらえない、という戸惑いとともに、皇族が自分の意思を発する難しさが伝わりました。発言の背景には次女・佳子内親王の存在も大きいのでしょう。
原:宮中には、男性よりも女性のほうに負荷のかかるしきたりが依然として残っています。それを温存したまま佳子内親王を皇室の制度内に縛り続けるのか。「生身の人間」という言葉には、そのような疑問が暗に込められていたように感じます。
河西:一方で2004年に始まった皇室典範改正の議論が一向に決着しない現状に「早く何とかしてくれ」とのメッセージを送ったとも感じました。政府に対する批判でもあり、国民への問題提起でもあったと思います。
原:記者会見では秋篠宮家へのバッシングについて「当事者的に見るといじめ的情報」とも語りました。非常に踏み込んだ内容です。“このままでは自分たちは持たない、現状を放置するなら皇籍を離脱します”というSOSにも聞こえました。
河西:秋篠宮家の長男・悠仁親王は成年皇族となりました。4月から筑波大学に通学し、生物学を学ぶ予定とされています。
原:昭和天皇以降、天皇家には生物学という共通の学統がありますが、昭和初期の天皇がそうだったように、悠仁親王が生物学の研究を続けようとしても時代が許さないかもしれません。東アジアの国際情勢が緊迫すれば、自民党の右派や自衛隊の幹部が精神的支柱として天皇を持ち上げる可能性も否定できない。世論が右旋回を始めたら否応なく悠仁親王の在り方に注目が集まります。
河西:自由な学生生活が許されない事態は十分に想定されます。昨今は皇室がプライベートを重視することへの世間の視線は厳しい。とりわけ秋篠宮家に対して「我を出している」との批判が根強くあります。そうした逆風のなか、悠仁親王が大学で自由に学んだり研究したりすると、「皇室特権だ」と叩かれる危険性もある。今は国民のほうが皇室にタガをはめ、批判を展開しています。
原:秋篠宮家へのバッシングの背景には、天皇家との対比があるのでは。昨年、天皇皇后は被災地の能登を3回訪問して深々と黙祷しましたが、その姿は行幸啓を重視し、国民のために祈る上皇夫妻と重なりました。天皇皇后が平成流に回帰し、対比する形で秋篠宮家が「自分たちの都合を優先する」と批判される構図があるような気がします。
河西:まさにその対比が鮮明です。平成前半は静養など「私」を重視する皇室が評価されましたが、ある時期から「公」重視に逆転しました。経済が落ち込み、格差社会が加速したことで国民に余裕がないことが原因でしょう。
佳子さまの単独公務は離脱へのラストスパートか
河西:女性皇族の問題を考えるうえで愛子内親王の存在も無視できません。
原:世論調査では女性・女系天皇に賛成派が多数ですが、皇室内は宮中祭祀も含めて厳然たる男女の「差」がある。世継ぎのプレッシャーがあるなか、雅子皇后としては自分が苦労してきたことを娘にやらせたくないと考えても不思議ではない。愛子内親王が結婚して皇室を出ることを望んでいるのではないでしょうか。
河西:愛子内親王は日本赤十字社に就職し、公務も少ない。雅子皇后が過酷なバッシングを受けたことをわかっているから、自分が母を助けたいとの思いが強いはずです。雅子皇后が名誉総裁を務める赤十字で働くのもそのためかもしれません。
原:被災地への訪問でも、天皇と皇后は一緒に動くのに対し、秋篠宮夫妻は別々に動く。皇后の体調が万全でないことから愛子内親王は両親と共にいるイメージですが、佳子内親王は自分の考えで動いているように見えます。
河西:最近の佳子内親王は公務が増えていますが、結婚、そして皇籍離脱に向けた“ラストスパート”のようにも感じます。
原:皇族減少は喫緊の課題なのに、なぜ中からも皇室のしきたりを変える動きがないのか疑問です。例えば宮中祭祀はほぼ明治以降の“作られた伝統”です。戦後は皇室の私事になり、国民に諮らずとも変えられるはず。明治天皇も大正天皇も総じて祭祀には熱心でなく、全部の祭祀に出るようになったのは昭和天皇からでした。その姿勢を上皇と天皇も受け継いでいます。上皇は「国民の安寧と幸せを祈ること」、つまり宮中祭祀を象徴の務めの一つとしたので、なかなか変えられないのでしょう。
河西:いまの自民党が皇室典範改正にどう向き合うか注目です。
原:石破茂首相はもともと女系天皇の容認を含めて議論すべきとの立場でしたが、総裁選を僅差で勝利したため保守派に気兼ねし、石破色を封印しました。しかし今年は女性・女系天皇の議論が息を吹き返す可能性があります。石破首相が目指すのは安倍政治の終焉です。この目標を達すれば、再び柔軟な天皇論を打ち出してくるのではないか。
河西:確かに、最近は夫婦別姓でも持論に回帰しつつあります。国民の多数が支持する女性・女系天皇容認に賭ける可能性はゼロではないでしょう。
原:そもそも自民党の旧安倍派が男系男子にこだわるのは、万世一系のイデオロギーを守りたいからだけでなく、天皇が大元帥だった時代への郷愁もあると考えています。戦時下における象徴として天皇を掲げたい。結局は“作られた保守”です。
河西:戦前の軍事国家的象徴が男性天皇で、それが目指すべき強かった頃の日本社会ということなのでしょう。国際的な競争力を失いつつある今の日本で、“天皇だけは”との考えがあるのかもしれません。中韓など近隣諸国に負けない国になるためには、精神的支柱である男性天皇を守り続けるしかないという信念です。
原:秋篠宮の会見は天皇家が永遠に続くと考える人たちに一石を投じました。今年は立ち止まって皇室の行方に思いを巡らせる年になりそうです。
河西:戦後80年が経ち、皇室にも様々な歪みが出てきています。秋篠宮の発言が真に問うたのは、このまま何も変わらず悠仁親王を天皇にしていいのか、という強い危惧だったのかもしれません。我々国民は、秋篠宮から深刻な問いを投げかけられたのだと思います。
【プロフィール】
原武史(はら・たけし)/1962年、東京都生まれ。政治学者。明治学院大学名誉教授、放送大学客員教授。著書に『象徴天皇の実像「昭和天皇拝謁記」を読む』(岩波新書)、『天皇問答』(奥泉光氏との共著、河出新書)など。
河西秀哉(かわにし・ひでや)/1977年、愛知県生まれ。歴史学者。名古屋大学大学院人文学研究科准教授。著書に『皇室とメディア「権威」と「消費」をめぐる一五〇年史』(新潮選書)、『昭和天皇拝謁記 初代宮内庁長官田島道治の記録』(共編、岩波書店)など。
※週刊ポスト2024年1月17・24日号