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《2025年の将棋界を予測》藤井聡太七冠の圧倒的強さの秘密 対局相手を絶望させる「2度負かされる」の意味、負けた棋士が調子を落とす「藤井イップス」も

NEWSポストセブン 2025年1月9日 7時13分

 昨年6月に叡王位を失い、将棋界の八大タイトル独占を崩された藤井聡太七冠。今年は八冠に復帰するのか、ライバル棋士たちがそれを阻むのか。日本推理作家協会将棋同好会共同代表で小説家の葉真中顕氏と、名人戦などの観戦記を寄稿した経験を持ち、新刊『将棋で学ぶ法的思考』(扶桑社)が話題の法学者の木村草太・東京都立大教授が棋界のこれからを語った。【前後編の前編】

焦点は「八冠復帰なるか」

葉真中:一昨年に藤井さんが八冠同時制覇の偉業を達成した時、このまま数年間は将棋界の全タイトルを独占し続けるのではないかと思っていました。それだけに昨年、同学年の伊藤匠さんに叡王位を奪取されたことは、かなり驚きでしたね。

木村:1996年に七冠制覇を成し遂げ、その活躍ぶりが社会現象にもなった羽生善治九段(現・将棋連盟会長)も、達成から約5か月後、三浦弘行さん(当時五段)に棋聖位を奪われ一歩後退しています。デビュー以降、数々の記録を塗り替えてきた藤井さんだけに「勝って当然」という目で見られがちですが、全タイトルを保持し続けるのはやはり簡単ではないのでしょう。

葉真中:プロの世界で圧倒的な実績を残してきた藤井さんですが、実際は紙一重の差が勝敗を分けている。そのことを思い知らされました。

木村:藤井さんは八冠を達成したのは2023年10月で、2022年度は一般棋戦(準タイトル戦の位置づけ)の朝日杯、銀河戦、NHK杯、JT杯をすべて制するグランドスラムを達成しましたが、その翌年度はJT杯しか勝てませんでした。ひとつ歯車が狂っただけで、どう転ぶか分からないのが将棋の世界。藤井さんもギリギリの勝負に挑んでいると分かり、私は逆に王者の凄みを感じました。

葉真中:今年は「藤井八冠復帰なるか」が注目点です。その意味ではまず、1~3月の叡王戦の挑戦者争いが見どころですね。挑戦者は予選を勝ち上がった16名による本戦トーナメントで決まるため、1つも負けられない。番勝負のタイトル戦で勝つよりも、難度は高いと言えるかもしれません。

木村:それでも本命は藤井さんでしょう。タイトル戦の常連である永瀬拓矢九段や豊島将之九段、2月から始まる棋王戦でタイトル戦初登場を決めた若手の増田康宏八段などが強敵ですが、いまの藤井さんがもっともやりにくい相手であろう伊藤さんは、タイトル保持者ですから挑戦者を決めるトーナメントに出ない。順調に勝ち上がる可能性は高いと思います。

葉真中:昨年の佐々木勇気八段との竜王戦七番勝負(結果は藤井の防衛)を見て感じたことですが、最先端の戦型の深い研究に加えて、たとえ劣勢になっても相手を幻惑して逆転に持ち込む藤井さんの勝負術は冴えわたっていました。たとえ中終盤で優勢な局面を築いても、そこから藤井さん相手に勝ち切ることがいかに大変か。将棋ファンはそのことを何度となく思い知らされています。

木村:藤井さんと対局した棋士は「2度負かされる」と言いますよね。将棋で負けたうえ、対局後の感想戦でも焦点の局面で自分をはるかに上回る読み筋を藤井さんに指摘されて、絶望させられると(笑)。戦えば戦うほど、相手の棋士は精神的圧迫を受けることになる。

葉真中:推理作家協会の仲間とタイトル戦をZoomで観戦する「ウォッチ・パーティー」をときどき開くのですが、そこで昨年「藤井イップス」という新語が登場しました。藤井さんに負けた棋士が、なぜかその後に調子を落としてしまう現象を言い表わしたものです。

木村:実際に、そうした苦悩を一部のトップ棋士も告白しています。

葉真中:僕は、本音で将棋を語る渡辺明九段のブログやインタビュー記事が大好きなんですけれども、「藤井さんと感想戦をすると凹む」という趣旨のことを正直に告白されていた。

木村:勝又清和七段が書かれていることですが、藤井さんがある対局の感想戦で相手の読み筋を聞いて驚いたことが一度だけあったそうなんです。その相手が伊藤さんで、つまり藤井さんを上回る読みをそこで披露したわけですね。こういうことがあったとなると、藤井さんのなかで伊藤さんの信用が上がるでしょうし、実際の対局でも見えない部分で重圧を受けることがあるかもしれません。

(後編へ続く)

【プロフィール】
葉真中顕(はまなか・あき)/小説家。1976年、東京都生まれ。東京学芸大学教育学部除籍。2013年『ロスト・ケア』で第16回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞し、作家デビュー。『絶叫』(光文社)『政治的に正しい警察小説』(小学館)など著書多数。最新著書は『鼓動』(光文社)。

木村草太(きむら・そうた)/法学者。1980年、神奈川県生まれ。東京大学法学部卒業。現在は東京都立大学大学院法学政治学研究科法学政治学専攻・法学部教授を務める。専攻は憲法学。法曹界きっての愛棋家として知られる。最新著書は『将棋で学ぶ法的思考』(扶桑社)。

※週刊ポスト2025年1月17・24日号

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