近年、全国のバッティングセンター経営は苦境に立たされている。2023年6月に「現存最古」と言われた『大塚バッティングセンター』が58年の歴史に幕を下ろすなど、コロナ禍を経て閉店のニュースは後を絶たない。そうした時代の流れに抗うかのように、地価の高い歌舞伎町のど真ん中で営業を続けるバッティングセンターがある。客単価が数百円という薄利の営業形態は変わらないのに、なぜ続けられるのか。
新宿・歌舞伎町にある風林会館の周辺はキャバクラやホストクラブがひしめき合い、歌舞伎町らしい猥雑な風景が広がる。そこから区役所通りを少し歩くと、ボールを打つ乾いた音が聞こえてくる。
ここは、バッティングセンターの中で「最も土地代が高い」と言われる『新宿バッティングセンター』だ。営業時間は午前10時から翌日の朝方4時まで。80キロから130キロまで出るマシーンや、ボールを投げ9枚のボードに当てる「ストラックアウト」、ゲームコーナーを備えた施設には中高生からシニア、キャバクラ帰りの客やホスト、外国人観光客が打席に立ち快音を響かせている。入場料はかからないため気軽に立ち寄ることができ、打席ボックスに入り400円を機械に投入すれば25球打つことができる。
閉店ニュースが続く『バッティングセンター』
かつては街中や郊外でよく見かけたバッティングセンターだが、昨年ごろから閉店のニュースが目につくようになった。野球人口の減少や娯楽の多様化、施設の老朽化や後継者不在が閉店の要因と言われており、光熱費をはじめとする物価高騰が追い討ちとなった。都内だけでも大塚のほかに荻窪、立川、武蔵村山での閉店が相次ぎ、「大塚バッティングセンター」の跡地を訪れると、マンション建設の予定が書かれた計画標識が掲げられていた。
コロナ禍や物価高騰のあおりを受けてもなお、40年以上ほとんど変わらぬ営業形態を続けてきた『新宿バッティングセンター』だが、これまで閉店の話はなかったのか。店舗責任者で、同店の運営に15年以上携わる村山拓氏は即答した。
「聞いたことがありません。コロナの時は、街自体に来る人が少なくなり、緊急事態宣言の際には1か月ほど休んだ時期もありましたが、その時も閉店の話は話題にあがらなかったですね」
『新宿バッティングセンター』が営業を続ける理由の一つに「新宿」という立地がある。同店を運営するのは『新宿メトログループ』。新宿の名を冠した企業だ。バッティングセンターのほか雀荘『麻雀メトロ』などのアミューズメント施設運営事業、喫茶店『珈琲西武』などの飲食事業や、不動産事業を新宿周辺で展開している。
同企業の創業は戦後間もない1945年。空襲で焼け野原となった新宿だったが、高度経済成長期を経て世界でも有数の歓楽街へと姿を変えていく。プロ野球のセ・リーグ観客数が年間約1000万人を記録し野球人気が高まった1978年、自社の土地にバッティングセンターを誕生させた。
「街の歩みとともに会社も成長してきました。新宿を面白くするという会社の理念から、アミューズメント施設の提供ということで始めたようです」(村山氏)
のべ人数で一日2000人以上の来店も
素朴な疑問はいくつもある。自社物件で賃料がかからないとはいえ、光熱費の高騰などコストアップが加速する現在、利益は出ているのだろうか。
「原材料を仕入れる経費がかかる飲食店とは異なり、バッティングセンターは機械を一度導入すれば仕入れは必要ありませんし、機械のメンテナンス費用や消耗品(ボールなど)の費用は毎日かかるわけではありません。新宿という土地柄、常連の方に加えて観光客なども来ますので、人の往来がある限りなんとかなります」(村上氏)
客が少ないと思われた平日の午前中に行って納得した。お昼過ぎには外国人観光客が3組10人ほど、それに加えて常連とおぼしき白髪の男性や大学生風の若者、そして徹夜で飲んだのか、打席に立ったあとゲームコーナーでうとうとしていた男性もおり、常に十数人は出入りしていた。
「ここ10年間での1日の最高売り上げは2023年の4月29日です。この日の来店者数はのべ人数で2000名様以上となり、ゲーム数換算で約2700ゲーム(65000球以上)動いています。これは新型コロナが落ち着いたタイミングでのゴールデンウィーク期間でもあり、インバウンドの回復や国内での行動正常化の機運があり来客が伸びたと思われます。
直前には、大谷翔平選手の活躍で日本が優勝したWBCが開催されていたのですが、期間中はご自宅や飲食店などでの楽しみ方になっていて来店動機にはなりにくかった。優勝決定後の熱冷めやらぬGW期間は喜びを爆発させるように、多くの方にご来店いただきました」(村山氏)
民間企業の経営指標例によれば、自社物件での人件費や水道光熱費、宣伝広告費等を含めた運転資金は月額150万円前後という試算もある(独立行政法人中小企業整備機構が運営するHP「J-Net21」の試算より)。おおよそ1日5万円以上の売り上げがあれば利益がでる計算だが、新宿バッティングセンターでのここ10年でこの額を下回ることはなかったという。2024年10月に利用料金を100円値上げしたが「物価高が理由だけで値上げしたのではウチらしくない」(村山氏)と、ネットの全面張り替えやピッチングマシーンのLED化など、値上げの前に投資を先行させたそうだ。
とはいえ、ホテルや商業ビルへの建て替えや土地の売却で得られる利益を考えれば、日々あがる利益は微々たるものであろう。それでもなぜバッティングセンターにこだわるのか、村山氏はこう結んだ。
「金儲け優先主義、効率主義ではこの業態を続けられません。喫茶店事業もそうですが、年月を経ると『歴史』となり重宝されるようになりました。続けていくことで価値が上がり、メンテナンスや接客を怠らなければユーザーは離れにくくなります。弊社には創業当初から『地域とともに歩み続ける』という信念があり、新宿の街にバッティングセンターという居場所が必要とされる限り、この業態を続けていくというのが会社の理念でもあります。閉店する時があるとすれば、街にとって必要がなくなった時がその時じゃないでしょうか」
近所に住み週に4、5回は打席に立ち、毎回決まって50球打つという69歳の男性は新宿バッティングセンターについてこう話す。
「私自身の体調管理上、なくてはならない場所です」
人の波が歌舞伎町から途切れない限り、この場所の灯は消えそうもない。