中華料理店にあるメニューのひとつ「春巻き」。餃子や炒飯ほどの主役ではないが、パリッとジューシーな味は、食卓のなかで名脇役的な存在でもある。その魅力に取り憑かれ、至極の味を求めて全国を歩き回ってきたのが、久松知博氏(43)だ。
久松氏は現在、『テレどーも!』(NHK)や『北野誠のズバリ』(CBCラジオ)などを担当する構成作家で、最近では“日本唯一のハルマキスト”として『マツコの知らない世界』(TBS系)にも出演。「春巻き」と向き合ってきた久松氏に話を聞いた──。
──まず、“ハルマキスト”ってなんですか?
「年間で1000種類以上の春巻きを食べる活動をしている人を僕は個人的に“ハルマキスト”と、言っています(笑)。僕は1週間に2~3軒のお店に行くんですけど、それぞれの店で3種類くらいの春巻きを食べ続けてます」
──春巻きを好きになったきっかけは何だったんですか?
「僕が中学生の頃、お母さんがよくお弁当に冷凍食品の春巻きを入れてくれて、春巻きというおかずを意識していました。あとは学校から帰ってくると、お皿のうえに冷めた春巻きがあって、冷めていてもとても美味しかったというおぼろげな記憶があります。思春期の頃は一般的な“好き”でしたけど、今から7年前の34歳頃から本格的に好きに変わりました」
──意外にも、きっかけは冷凍食品の春巻きですか。春巻きへの情熱は大人になってから再燃したんですね。
「当時、売れている構成作家は番組を10本くらい担当していました。得意分野を持っている人が多い中、自分には自信が持てるものが何もなかったんです。そんな時、恵比寿を歩いていたら町中華の春巻き定食を見つけました。
『春巻きって唐揚げや餃子のようにメインじゃなくても、こんなひっそりとした定食屋さんでメインとして頑張ってるんだ』と。春巻きにシンパシーを感じて勇気をもらったんです。自分もたとえ、王道じゃなくてもなにかやり方を変えて、春巻きみたいにメインをはれるんじゃないかと」
──そこから春巻きを食べ歩くようになって、初めて“ハルマキスト”というネーミングをつけたんですね。人生を変えるほどの春巻きの魅力とは何ですか?
「包容力です。すべてを包み込んでくれて、すべての料理を巻ける。安い具材でも何でもそのまま巻けば、春巻きの皮の中で蒸されて食材のうま味が最大限に出てきます。なにげない食材を抜群に引き立てて美味しくしてくれるんですよ。言わば、春巻きの皮は“食べられる調理器具”のようなものなんです。あ、でも水分量だけは気をつけてくださいね。皮が破れるんで」
──食べられる調理器具!? どういうことですか。
「春巻きの皮にソーセージとチーズを巻いて、油をほんの少しフライパンに垂らす。丸々揚げなくても、揚げ焼きみたいな感じでじっくり焼くだけで、おつまみにもなるご馳走です。あと、千切りキャベツにしらすをちょちょっとかけて、レモン汁をつけて巻くだけでも、めっちゃうまいんです。はんぺんと塩昆布、チーズとか、それだけでいいんです。水でといた小麦粉で皮をくっつける作業が手間と思われがちですが、巻いた端の部分をフライパン側につけて焼けば、自然と皮同士がくっつきます」
──なるほど。これまで1000種類以上食べた中で、忘れられない春巻きはありますか。
「たくさんありますが、最近、印象に残っているのが東京の大塚にある『地酒や もっと』で食べた『鮎のコンフィ春巻き』ですね。丁寧におろした鮎を丸ごと包んだ春巻きで、焦がし醤油を粉末にした調味料と丸ごと口に入れた瞬間、パリパリ感と鮎のほろ苦さ、鮎本来の甘みが一気に広がる。コンフィされた鮎を皮で包んでゆっくりと丁寧に揚げることで、よりうま味も出てくるんですよね。普通の塩焼きよりも味わい深い鮎が楽しめます」
──春巻きの概念を覆す絶品ですね。
「まだあるんです。武蔵小山にある『春巻き専門店 はるまきバトン』の『牛すき焼き春巻き』はすき焼きだけに生卵がディップできるんですけど、一般の方は丸ごと春巻きをつけがちなんです。でも、ここで春巻きを美味しく食べられるテクニックがあります。小さなスプーンで春巻きのあんに垂らしてください。
なぜなら、タレはできるだけ皮にかけない方がパリパリ感をキープできるからです。
北海道にある『ごはんやはるや』の『エビと根菜の春巻き』も、皮にまぶされている塩がまろやかで甘みと塩っけのバランスが絶妙です」
──ところで、春巻きにご飯って合いますか?
「春巻きは味が濃いのでご飯によく合いますよ。恵比寿にある『どんく』の春巻き定食はスープも美味しい。タルタルソースをかけ放題で、味変ができるチキン南蛮定食ならぬ“春巻き南蛮定食と言っても過言ではないですね。春巻きそのものの味を楽しんでほしいですけど、それはそれで楽しさが広がります」
──“ハルマキスト”として今後の抱負を教えてください。
「春巻き専門店のまずは全国制覇です。今は350軒くらい行ってますけど、北陸発の専門店『はるまき家』や大阪の『おにぎりとはるまき きよし』、福岡の『博多春巻き いおり』も行けていません。
中華料理以外のジャンルのお店にも、春巻きは存在します。たとえば和食料理店では、貝のうまだし春巻きがあります。全国にはまだ出会ったことのない春巻きがどんどん出てきています。最終的には春巻きの全国マップを作ることが僕の夢です」
◆取材・文/千島絵里香(ジャーナリスト)
【プロフィール】
久松知博(ひさまつ・ともひろ)/1981年生まれ。25歳から構成作家となり、現在、テレビの情報番組やラジオなどを担当。幼少期からの春巻き好きがきっかけで「ハルマキスト」として、雑誌やウェブメディアで春巻き情報を配信中。
Instagram ハルマキスト 久松知博(@otomo6969)