昨年末、福島県喜多方市の山間部にある民家にクマが侵入し、こたつの中に入り込んでいるのを住民男性(66)が発見した。
駆けつけた同市や警察の担当者らは、花火などで追い払おうとしたが、クマは隣家の物置に逃げ込んだ。そこで、獣医師が麻酔を塗った吹き矢を放ち、クマを眠らせることに成功。このクマは、人里離れた山中に放獣された。当事者らが取材に応じ、その生々しい舞台裏を明らかにした。【前後編の後編。前編から読む】
住民男性は取材に、「家は糞だらけで、散らかされていた」と明かし「また戻ってくるのではないかと思うと怖い」とも話した。
クマの対処を巡っては、自治体も頭を抱えている。殺処分すると、「殺す必要は無い」「クマがかわいそう」などと批判が殺到し、生かしたまま放獣すると、近隣住民からは抗議の声が相次ぐからだ。苦情電話の対策について、県議会で答弁した秋田県の佐竹敬久知事は「お前のところにクマを送るから住所を言え」といった発言もしており、自治体の対応も注目をあつめている。
今回、福島県喜多方市はなぜ放獣という判断をしたのだろうか。市の市民生活課の担当者はこう話す。
「23日に現れたクマは体長1.1メートル、体重は40キロほどの痩せ型でした。当初は花火を使った追い払いを実施しましたが、近くの小屋に入ってしまい、うまくいきませんでした。民家のそばであるため、発砲(射殺)もできません。
そういった状況の中で、吹き矢を使った麻酔で眠らせる作戦が成功したから、戻って来れないところに放獣をしました。眠っている以上、遠方に放つのであればわざわざ殺す必要もないのではないでしょうか。どこに離したかは、安全管理の問題で申し上げられないが、絶対に戻ってこられない場所です」
「当日の切迫した状況でたまたま麻酔がうまくいったから放獣という判断になりました。殺すか生かすかありきで、対応することは難しいです。現場の状況から、どのように対処するか。そしてうまくいった方法から、どう判断するかです。今回はたまたま放獣という判断になったということです」
放獣に際しては、人間の怖さを教えた上で山に戻す“学習放獣”という考え方もある。今回のケースは、山に追い払うこと自体には失敗したものの、花火を何発も打ったことが結果的にこのクマに人間に対する恐怖心も与えられた、として放獣という判断の後押しにもなったという。
「今回の件を受けて、30~40件くらいの連絡が役所にきています。中には『また(クマが)戻ってきたらどうするんだ、危ないだろう』という批判的な意見もありましたが、『放獣してくれて、ありがとう』という肯定的な意見が多いです」
市役所に寄せられる意見の多くは当事者以外からのものだ。市としては、そのような意見のためというよりも、住民の生活を最優先した判断がたまたま、今回は放獣になったということだろう。
一方、こたつにクマが現れた近隣住民に話を聞いてみると──。
「この辺はよくクマがでるから、足跡とかもあるよ。法的には害獣で、人家に入った場合はね、クマよか人間のほうが大事だからね。でもクマも生きているんだよな」(70代男性)
「4年くらい前の秋の夕方の話なのですがね、ちょうど山を登って休んでいたんですよ。夕方で暗くなってきていて見えなくてね、気付いたらほんの1メートル先に熊がいて。周りが木に囲まれていて、暗いと本当に見えないのよ。
犬が吠えたら熊が立って、そしたら本当に大きくて、1メートル60センチくらいあってね、私より大きくて……。また犬が吠えてくれてね、そしたらクマがクルミの木に登ったんですよ。鉄砲持っている人たちに電話してね、そのクマは殺処分になりました。
殺処分は可哀想だけど、とにかく農作物の被害もあるから、なんともね」(70代女性)
「殺処分すれば、動物愛護の観点からどうなのかなと思う所もあります。かと言って、怪我人が出る事故も起きているんですよ。バランスよく考えるのがこのあたりに住む人たちみんなの考えだと思います。最近は若い人たちがSNSで極論を言い合っていますが、実態を見てほしいですね。今回は怪我人がなく無事に済んだのが何より良かったです」(60代男性)
クマの近くで生きる人たちはたくましかった。
(了。前編を読む)