2017年に鈴木紗理奈(47)が『マドリード国際映画祭』で最優秀外国映画主演女優賞を受賞した『キセキの葉書』。2019年に寺田心(16)が『ミラノ国際映画祭』最優秀主演男優賞を受賞した『ばあばは、だいじょうぶ』。こうした作品で、最優秀外国映画監督賞を受賞してきた日本人映画監督ジャッキー・ウーさん 。そのジャッキーさんが2025年、日本で初めてミュージカルの制作総指揮・演出を手がけるという。ジャッキーさん、何か心境の変化があったのか。ジャッキーさんに詳しい話を聞いた。【前後編の前編】
中華街で育ち東京に進出
JR恵比寿駅にほど近いジャッキーさんの製作会社のスタジオで、彼はこう切り出した。
「新型コロナウイルス禍のときに演出した『残照のかなたに』という作品がで2023年10月に『マンハッタン国際映画祭』で最優秀監督賞を受賞しました。それでブロードウェイに行ったとき、ミュージカルを8本ほど観たら、改めて舞台ってすごいな、と。映画と違って、舞台はいわばワンテイクで順撮りでみせる作品。圧巻の迫力があります。それで、ぜひ海外で長くやってきた僕のエッセンスを加えた作品を手がけてみたい、と思ったんです」
ジャッキーさんがこのたび手がけるミュージカル『もう一度抱きしめて』は、卒業後の進路に悩む女子大生とダンサーを夢見る男子とのラブファンタジー。主演は元AKB48で元NMB48のメンバーでもあった市川美織(30)で、相手役は舞台経験豊富な俳優・野澤祐樹(32 )だ
「ちょうど僕には、長年ミュージカルを手がけてきた30年来の友人・杉山正明さんがいて、一緒にできるのなら『やろう!』と決心したのが大きな理由です。ミュージカルは音楽が大事。僕はこれまで自分の映画のエンディング曲やオリジナル曲も手がけてきたのですが、彼の手にかかると僕の作った音楽がさらに広がる。僕は彼を“音楽の天才”と尊敬しているんです。その彼と一緒にミュージカルを作れる。舞台稽古を見ながら、僕は今、とってもワクワクしています」
スタジオではちょうどダンスのレッスン中。ジャッキーさんは細かな手の動きや肩の入れ方まで入念にチェックしている。なぜジャッキーさんがダンスを? と聞けば、ジャッキーさんは10~20代はダンスに夢中で、ディスコ・ダンサーとして活躍していたのだそう。
「僕は異国情緒あふれる横浜の中華街で生まれ育ちました。すぐそばには本牧があり、そこには米軍住宅がありました。小学生のとき、そこで開かれるパーティーなどへ友人の手引きで金網をくぐって潜り込むと、僕ら日本人はまだ聞いたことがない16ビート、32ビートのR&Bなどの音楽が流れ、米国人らがそれに合わせてダンスを踊っていたんです。
小学校で踊るフォークダンスや夏休みに地域で踊る盆踊りぐらいしか知らなかった僕は、カルチャーショックを受け虜になりましたね(笑)。それから見よう見まねでダンスを覚えていったのです」
SAMやEXILE HIROとダンスした過去
中学、高校と成長するにつれ、外国人客が目立つ地元のディスコで踊るように。ディスコお抱えのダンスチームの一員となり、やがて東京へ進出。
「ディスコにお金を払って入ったことはなかったですね。黒人が作ったステップを横浜風にアレンジした“ハマチャチャ”というダンスがあって、当時、僕はそれが一番うまいと言われていたんですよ(笑)」
新宿の「ニューヨーク・ニューヨーク」では、その後、5人組ダンス&ボーカルグループ「TRF」で活躍するSAM(62) らが結成した「ミッキーマウス」というダンスチームに加わり、共に踊ったこともあったという。
「SAMは心優しい人。骨折しても踊りに行くのをやめないほどダンスが好きで、ダンスはもちろん振り付けも天才的でした」
横浜から東京へ出てきたとき、ジャッキーさんが地元の後輩として伴っていたのが、後のEXILE HIRO(55)だ。
「後輩ながら、彼は親分肌というのかな。ダンス&ボーカルユニット『ZOO』が解散したとき、これからどうしたらいいか、と僕に相談しにきました。『地に足をつけてやるといい』という僕のアドバイスをきかなかったからこそ、その後、彼は『LDH』を立ち上げ、今のように大きくなった。素晴らしいです」
一流ダンサーらとともに踊ってきたジャッキーさん自身は、なぜダンスの道に進まなかったのか。
「ダンスは好きでしたが、ダンスで食べていこうとは思っていませんでした。仕事にしたら、踊りたくないダンスを踊らなければいけないときもある。僕は好きなダンスを、好きな場所で、好きな仲間と踊りたかったんです」
今もキレキレのダンスを踊れそうなほど、スリムな体型を維持している。何か特別なケアをしているのだろうか。
「いえ、何もしていません。トレーニングはあまり好きじゃないので、ジムにも行っていません。ただ、あまり食べないから、肉がつかないのかもしれない。1日3食規則正しく食べるわけではなく、『貧血を起こしそう』『低血糖になりそう』と感じて慌てて何か口に入れる、という感じ。我慢してダイエットしているわけではなくて。食にあまり興味がないんです。好きなご飯(お米)も、一日に半膳とるぐらいです」
食べることを後回しにするほど、ダンス、音楽、演技、演出に夢中で取り組んできたからかもしれない。
(後編に続く)
【プロフィール】
ジャッキー・ウー/横浜生まれ。父は中国人2世。映画界に活動の場を求め1996年香港、1998年フィリピンへ。2001年公開の比映画『TOTAL AIKIDO』で監督兼俳優を務め、俳優として出演した比映画『アラブ・ナン・ラヒ/戦場の友へ』で人気獲得。本作のエンディングテーマ曲が同地でゴールドディスク賞を受賞するなど、歌手としても活躍。2005年、中国・香港合作映画『少年キョンシー』が中国で話題となり、ハリウッドからオファーを得て映画『ミッション・トゥ・アビス』に出演。以降、欧米でも俳優・監督として活躍し、2014年、日本映画『邂逅』(2016年公開)がマンハッタン国際映画祭最優秀監督賞を受賞するなど受賞作多数。これまで手がけてきた映画は30本以上。
取材・文/中野裕子(ジャーナリスト) 撮影/山口比佐夫
取材・文/中野裕子(ジャーナリスト) 撮影/山口比佐夫