エステティック市場は新型コロナウイルスの感染拡大の影響で縮小したと分析されているが、脱毛市場に限っては急成長しているといわれている。その一方でトラブルも増加しており、国民生活センターによると脱毛エステに関する相談件数は2022年に1万9125件、2023年も1万9件と、それ以前は5000件以下だったことを思うと激増と言える。そのうち倒産による相談も数百件で推移していたのが2022年は6786件、2023年は4657件で2024年以降も高水準が予想される。これらの相談はすべて消費者、代金を支払った客側によるものだが、倒産となると元従業員など仕事で関わっていた人たちも影響を被っているようだ。ライターの宮添優氏が、金銭や仕事を失うだけでなく、社会から孤立したような立場に追い込まれている元従業員たちの声を聞いた。
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2024年の1月から11月までの間に「脱毛サロン」の倒産は14件発生し過去最多となったと報じられた(帝国データバンク調べ)。この報道のわずか2日前、12月10日に過去最大の被害者数、被害額とみられる大型倒産が明るみに出た。「医療脱毛」をうたい営業していた脱毛サロン大手の「アリシアクリニック」運営法人が、関連法人とあわせて総額約124億7133万円という巨額の負債を抱え倒産したのだ。返金されないなどの被害を被った利用者が主な構成となる債権者数は、なんと9万1818人に及ぶ。
近年、脱毛を主な業とする界隈では同規模かそれ以上の倒産が相次いでいる。2023年には追加料金なし・回数無制限の通い放題プランで知られた女性専用脱毛サロン「C3(シースリー)」運営会社が破産、債権者約4万6000人に対し負債総額約80億円となった。調査会社が捕捉する法人や事業者であれば報じられたり統計にまとめられるだろうが、そこに加えられていない小規模事業者の倒産や閉業などが暗数として存在することを考えると、脱毛事業者の倒産閉業による被害はもっと多いだろう。当然、支払い額の被害回復を求める声が上がるが、先方は「ないものはない」という状態だからこそ倒産しているので、多くは、ほとんど泣き寝入りを強いられているも同然の状況だ。
いきなり倒産した脱毛サロンで働いていた従業員たちの数も相当数にのぼる。12月に倒産した「アリシアクリニック」だけをみても、従業員約1500名が12月10日付で解雇されている。突然、解雇されたり仕事がなくなるという不幸に見舞われたという意味では被害者に数えられてもおかしくないだろうが、料金を払ったのに施術を受けられなくなった利用者からは「詐欺の片棒を担いだ」くらいに恨まれているかもしれない。だが、サロンで働いていた人たちも、かなりきつい状況に追い込まれている。
私自身が騙したと指摘され
「本当に仲の良かった高校時代の部活友達とは、この件で縁が切れてしまいました。もちろん、悪いのは私です。ただ、あの時は、私自身が本当に良いと思っていて、だから勧めたんです。それを私自身が騙したんだ、と指摘されるようになりました。今はもう、返す言葉がありません」
筆者の前で大粒の涙を流しつつ、静かにこう話すのは、2023年に数十億円の負債を抱え倒産した脱毛サロングループ・Xに勤務していた会社員の女性(20代)。結婚式場のスタッフとして働いた後、高給に惹かれ転職したのがXだった。
「入社した直後、自社の脱毛はかなり効果があるな、と試した私自身が実感して、脱毛に興味を持っていた仲の良い友達数人に紹介したんです。いいと思ってくれた友達は、さらに姉妹や家族、友人にもすすめてくれて、私には一件ごとに数万円ですが、インセンティブも入りました」(脱毛サロンで働いていた女性)
冷静に考えれば、自分を中心に紹介した枝葉の先から報酬が入るという話そのものが、少し怪しげではある。だが、このような仕組みを採用している大手、中小の事業者は少なくない。だからこそ一部では勧誘活動が過激になったりして、さまざまなトラブルも発生しているらしいが、女性は「(インセンティブ目当てなど)そうした意図は全くない」と言い切る。
「実際に私が同僚から受けていた施術が良かったのは確かです。ただ、私の友人が行っていた(女性が勤務する店とは別の)サロンでは、施術が杜撰だったりいい加減なところがあったようなんです。それで、あまり効果がないとか感じている知人もいたそうです。ただ、ここまでならまだクレームで済んだはずでした」(脱毛サロンで働いていた女性)
急激な店舗(サロン)展開は拙速だったのだろう、多くの店舗でサービスの質低下が顕著になったと思うと、あっという間に倒産したと女性は振り返る。
3か月分の給与が未払い
元従業員の女性はテレビ報道で倒産を知らされ、直前の3か月分に相当する給与も支払われぬまま、経営者からはペラ紙一枚の謝罪文しかもらえず、無職の人として放り出された。当初は「無職になってしまった」と自身の境遇に不安を抱いたが、すぐに、忘れていた現実と直面する事になった。サロンに誘った友人たちから連絡が来たのだ。
「恥ずかしい話ですが、会社が潰れて自分のことしか考えていなかったんです。友達から、エステが潰れたけど返金はあるのか、とメッセージがきました。とたんに、目の前が真っ暗になり、自分がやってきたことが、本当に走馬灯のように頭をよぎりました」(脱毛サロンで働いていた女性)
サロンの倒産を知らせるニュースでは、倒産したという事実と、代理人弁護士による「被害者の救済を第一に」と言った趣旨のコメントのみが紹介されていた。だから友人たちは、被害者には救済措置がある、すなわち、全額とは言わないまでも返金されるに違いない、という気持ちで元従業員となった彼女に連絡をよこしてきたのだ。しかし彼女は、返金がないだろうということは十分すぎるほど理解していた。
「私も3か月分の給与が未払いですし、それは上司である店舗責任者も同じでした。その上司ですら、誰もその上の人たちと連絡が取れず、状況はテレビや新聞、ネットニュースで知るしかない。そんな会社が、まさか顧客に返金なんかするわけがないと思いました。でも言えませんでした。私が騙したようになるから……。でも、結果的にはそうなってしまった」(脱毛サロンで働いていた女性)
100万円を超える前払いをしていた友人もいたが、3か月も通わないままサロンは潰れ、紹介した友人らに返金されることはなかった。当然、友人たちは女性に不信感を抱き、ある友人は電話で詰め寄ってきた。最初から騙すつもりだったのか、返金がないなら賠償する気はあるのか、と。
「騙すつもりがないことは説明しましたが、返金したくても会社とは連絡が取れません。月に1万円ずつでもみんなに返したいと申し出ましたが、それも拒否され、結局は全員と疎遠になりました。友達は恨めません。では、私が間違っていたのかと思うと、それも受け入れられないんです」(脱毛サロンで働いていた女性)
筆者は、2022年から2023年末にかけて倒産したエステ、脱毛サロンで働いていた複数の元従業員に話を聞いたが、似たような境遇に追い込まれている人が少なくなかった。入社直後に客を呼べず、仕方なしに身近な人たちに頼らざるを得ず、親や親族、友人を紹介してしまったと漏らす元従業員もいた。そうした元従業員たちは、会社が倒産したことで、金を出してくれた身近な人たちを裏切ってしまったと嘆くしかない日々を送っているのだ。今後、同様の倒産劇が続くことも考えられるが、こうした苦悩に苛まれる「元従業員」がまた生み出されてしまうのか。