「あなたは大事なことを忘れています。想像できないことは、想像することができないのです」──ジゼル・ぺリコさん(72)の親族が、裁判で「なぜ家族は誰も事件に気づかなかったのか?」と問われた時の一言だ。実際、耳を疑うような事件を誰が想像できただろうか。仲睦まじく暮らしていたはずのジゼルさんの夫が、睡眠薬で妻を眠らせ、2011年ごろから10年近くにわたって50人以上の男に性的暴行させた性的倒錯者だったとは。
フランスが前例のない集団性的暴行事件に揺れている。昨年12月19日、フランス南部アヴィニョンの刑事裁判所は、ジゼルさんの夫・ドミニク被告が妻を強姦するように誘った罪で最高刑である禁錮20年の判決を言い渡した。また、この判決までに20代〜70代まで、50人の男をジゼルさんへの強姦、強姦未遂、性的暴行の罪で有罪判決を下している。
舞台となったのは、プロヴァンス地方のぶどう畑に囲まれ、絵葉書のように美しいと評される村、マザンだった。
複数のフランスメディアによると、ジゼルさんは娘と2人の息子に恵まれ、仕事を引退し、フレンチブルドッグの愛犬と共に夫婦で穏やかな田舎暮らしを送っていたという。だが、そんな暮らしの裏で、ジゼルさんは深刻な健康被害に悩まされて続けていた。具体的には、記憶喪失や一時的な失神、子宮頸部の炎症などの不可解な症状に悩まされ、何度も医師の診察を受けていたのだという。一方、その原因はいつまで経っても、判然としなかった。
夫のドミニク被告に自身の体調を相談すると、「不倫でもしているんじゃないの?」と驚き、からかわれる始末。ジゼルさんは自身がアルツハイマー病なのではないかと不安を抱え、次第に車の運転や旅行を控えるようになった。
BBCによると、「ジゼルさんは体重が減り、髪の毛が束になって抜け、意識を頻繁に失うこと」により、「死期が近づいていると確信」すらしていたという。そんな辛い日々をどうにかやり過ごせたのは、自身に献身的に料理を振る舞う“最愛の夫”、ドミニク被告の姿があってこそだ。
その料理に“とんでもない化学物質”が含まれていたことを知ったのは、ドミニク被告がショッピングセンターで女性のスカートの中を盗撮したという、2020年9月に起きた別の事件がきっかけだった。その事件に関しては夫婦2人で話し合い、ジゼルさんは寛容にも許すという前向きな決意を固めた。
だが、警察がドミニク被告のパソコンを押収した数日後のある日、ジゼルさんは警察署に呼び出され、目を背けたくなる事件の全貌を伝えられることになる。それは、自分が記憶障害を疑っていたと思われる時間に、見知らぬ男たちがジゼルさんの部屋にやってきては、性的暴行を加えていくことを映した、膨大な動画と写真のアーカイブだった。
この事件で有罪判決を受けたのは夫を含めて51人にのぼるが、そのうちの半数以上は「眠らされているジゼルさんとの“セックスゲーム”に参加していると思った」と容疑を否認しているという。一体この男たちはどこから招き込まれたのか。
被害者が他にも多数いる可能性が浮上…
BBCによると、ドミニク被告による“鬼畜の所業”の始まりは、オンラインで知り合った看護師の男が妻を睡眠薬で眠らせたという写真を送ってきたことだったという。その後、この看護師のアドバイスで、ドミニク被告はジゼルさんに自身が医師から処方されていた睡眠薬の投与を始めた。当初はジゼルさんを深い眠りに陥れ、ドミニク被告のみが性的暴行を加えていたというが、犯行はエスカレート。「Coco」というフランスの出会い系サイトを使い、オンライン上で出会った見知らぬ男たちを誘い、同様の手口でジゼルさんに性的暴行を加えさせ、暴走に歯止めが効かなくなった。
この事件がこれほどまでに世界中の注目を集めた理由は、犯行の凄惨さのみならず、ジゼルさんが自らの素顔や本名を晒したうえで裁判に臨んだことによる。だが、なぜ彼女は耐え難い苦しみを抱えながらも、世間に被害を訴えかける道を選んだのか。
それはこういった女性の尊厳を奪う事件の被害者が、ジゼルさん以外にも多数にのぼる可能性が高いことが、捜査の中で明らかになっていったからだ。
BBCによると、押収したパソコン内に残された動画の中には、現場にいた男が、自分も同じように妻に薬物を投与しているという発言も残っていたといい、また事件の性質上同様の被害に遭っても公にしづらい女性も多くいるとみられる。ジゼルさんは「私たちはまだ認識されていない被害者たちと共に、同じ闘いをしています」と女性たちへのサポートを呼びかけている。
それだけではない。押収したパソコンの中には、なんとジゼルさんとドミニク被告の実の娘であるカロリーヌ・ダリアンさんの、薬を飲まされて半裸でベッドに横たわる写真などが残っていた。カロリーヌさんはBBCの独占インタビューに対して、自身の父であるドミニク被告を「怪物」であると表現し「刑務所の中で死ぬべきだ」と恨みを隠さない。一家は、ジゼルさんが50年連れ添ったドミニク被告が写った家族写真など全ての痕跡を捨て去った。
「事件はフランス国内外の政治家や、フェミニストらを巻き込む社会現象となっており、オンライン署名サイト『Change.org』では、姿を隠さずに女性の権利のために戦うジゼルさんにノーベル平和賞を与えるべきという活動まで始まっています。
日本でも性被害者が泣き寝入りしているケースは多く、近年芸能人らの事件を中心に告発する動きは増えているとは思いますが、被害者は『A子』として扱われ、名前や顔はなかなか出せない。二次被害も懸念されますからね。ただ、ジゼルさんはそういったことも分かった上で悲惨な被害を訴えている。それを応援したい人達がたくさんいるのでしょう」(在欧州ジャーナリスト)
前代未聞の性的集団暴行事件に、フランス社会はどのような決着をつけるのだろうか。