初場所は波乱含みの幕開けとなった。背水の陣で土俵に上がった横綱・照ノ富士だったが、初日はわずか1秒で敗れた。念願の大銀杏を結っての最初の一番で大関・大の里にも黒星がついた。綱取りに挑む大関・琴櫻は2日目と3日目に連敗。初日から3連勝を決めたのはもうひとりの綱取りとなる大関・豊昇龍だけだった。
NHKのアナウンサーとして大相撲中継を半世紀以上にわたって担当し、定年後は東京相撲記者クラブ会友として本場所の取材を続ける相撲ジャーナリストの杉山邦博氏(94)は、場所前にこう語っていた。
「横綱が誕生する可能性が70%あると思いますね。琴櫻の祖父(初代琴櫻)は1972年の九州場所で14勝1敗で優勝し、翌年初場所に14勝1敗で2場所連続優勝。横綱に昇進した。二代目も九州場所で14勝1敗で優勝し、この初場所で14勝1敗で優勝でもすれば、もう万々歳ですよ。不思議にこういうことはあるんですよ」
ただ、琴櫻は早くも3日目に初代の成績に並ぶことができなくなってしまった。連覇するためには負けられない土俵が続くことになる。一方、実現すれば55年ぶりとなる琴櫻と豊昇龍の横綱同時昇進には杉山氏は否定的だった。杉山氏は琴櫻と豊昇龍が共に秋場所で9勝6敗だったことに着目する。
「初場所で琴櫻が優勝すれば100%横綱になるでしょうが、もし準優勝なら議論になるのではないか。私はもう横綱にしてもいいと思いますが、反対意見も相当に出るんじゃないかという見方をしています。
豊昇龍にしても九州場所では準優勝といっても13勝2敗です。14勝と13勝じゃまったく価値が違うんです。豊昇龍が13勝以上で優勝すれば横綱に昇進するでしょうが、それ以外なら私は見送りだと思います。12勝3敗での優勝なら、もうひと場所という話になるのではないか」
照ノ富士は復活できるのか
私見と断わりながらも、同時昇進は「豊昇龍が優勝して、琴櫻のレベルの高い準優勝」しかないと言い切った。そして、「希望的な気持ち」としてこう続けた。
「久しぶりに日本の『国技』という言葉が番付できちんと表現される年になると信じている。それは琴櫻と大の里が日本出身力士として東西の綱を張る。これが私の夢です。初場所で琴櫻が優勝して横綱になれば言うことはありません。また、大の里には夏場所から名古屋場所にかけて横綱に昇進してほしい。それが私の理想です」
その一方で、杉山氏は照ノ富士の復活の可能性については、このような表現をした。
「照ノ富士に好成績を残されるということになれば、他の力士はなにをしているのかと言われかねませんよ。それぐらい相撲界は厳しいはずだったんです。サラリーマン根性ではダメなんです。照ノ富士には本当に長い間、しかもあそこ(序二段)まで落ちながらカムバックして、休場明けに優勝をする。“ありがとう”というしか言葉はないが、いつまでも彼に頼っているようではどうにもならない。両膝の故障、おまけに糖尿病と戦いながらよくやってきたと思うが、復活はないだろうと思う」
そう厳しい見方をした。さらに杉山氏は「次の大関は熱海富士」と断言し、上位陣を脅かす力士として若隆景、尊富士、王鵬の名前を挙げた。71年間、年6場所のすべての場所を現場で過ごしてきた相撲界のレジェンドアナの声だけに、説得力は大きく聞こえる。