【著者インタビュー】石井千湖さん/『積ん読の本』/主婦と生活社/1694円
【本の内容】
柳下毅一郎、柴崎友香、池澤春菜、小川哲、角田光代、しまおまほ、山本貴光、辻山良雄、マライ・メントライン、小川公代、飯間浩明、管啓次郎という錚々たる読書家12人の自宅(事務所)を訪ね、「積ん読」について訊ねた本だ。彼らの積ん読の本の多さ(写真が実に壮観!)にどこかホッとして、その言葉に励まされること請け合い。自宅に積まれた本の多さで自己嫌悪になっている人には必読の書です。
まさか自分の本が「タワー積み」してもらえるとは
本好きのあいだで話題を集める本である。順調に版を重ね、現在5刷とのこと。
「こんなに反響があるのは自分でも意外でした。読者は40代、50代のかたが多いんですけど、それ以外の世代も、本当にいろんな層に届いているみたいでうれしいです」(石井さん・以下同)
本の街神保町での売れ行きがすごい。東京堂書店本店では4週連続1位を記録、三省堂書店の仮店舗では、村上春樹の新刊などでおなじみのタワー積みで大展開された。
「まさか自分の本が『タワー積み』してもらえるとは。『積ん読の本』だから、『積みたい』となったんじゃないかと思います(笑い)」
昨夏、「6冊以上積読している人は年間こんなに損をしている」というネット記事が話題になった。
「ちょうどこの本の取材をしている最中に記事が出たので、『いまこういう記事が話題ですけど』と話したのを覚えています」
石井さんが本に書いているように、自虐や罪悪感、さまざまな感情を呼び覚ますのが「積ん読」という言葉なのである。
最近できた新しい言葉のようだが、意外にもかなり古くから使われている言葉だそう。
「この本の編集者に『意外に古いんですよ』と言われて辞書を調べたら、明治からあると出ていました。同じころ読んだ韓国の詩人キム・ソヨンのエッセイに、韓国語には『積ん読』にあたる言葉がない、と書かれていたのも面白くて。欧米にもないらしく、『翻訳できない世界のことば』という本にも『積ん読』は日本の言葉として載っていて、何げなく使っている言葉だけど結構、歴史もあり、独特な言葉なんだということに気づきました」
本を企画した編集者の小田真一さんによれば、BBCやニューヨークタイムズが「積ん読」に着目してコラムなどで取り上げたこともあるとか。そのものを指す言葉はなくても、増殖する本の整理は、読書家にとって世界共通の悩みであるらしい。
今回、「積ん読」をテーマにした取材に応じているのは男女12人。作家、研究者、翻訳家、書店主など、本にまつわる仕事につき、大量の蔵書を持っている人たちだ。
取材に際しては、整頓しすぎず、できればありのままの本棚を見せてほしいとお願いしたそうで、ページを開くと本の山、また山が現れる。
届いた本を玄関先にまず積んで、壁沿いに少しずつシステマティックに移動させていく人(作家・声優の池澤春菜さん)や、部屋からあふれた本をボックスに収め、野ざらしでベランダに置く人(作家の小川哲さん)など、「積ん読」の風景は人それぞれだ。
「積ん読」に関する考え方もみごとにバラバラ。「自分専用の図書館をつくっていると思えば」(作家の柴崎友香さん)、「読んでない本があると、世界は外に広がっている」(書店主の辻山良雄さん)などなど、「積ん読」をポジティブにとらえる言葉が紹介されている。
かと思えば作家の角田光代さんのように、「積ん読」はなるべくしたくない派の人もいる。「積ん読」状態の本はなるべく机の上に見えるように置き、月一回は壁一面の本棚を整理する人を設けて整然とした状態をキープする。
「『なぜ積ん読するのか』は取材で必ず聞くようにしていましたが、答えはみごとにバラバラで、名言がバンバン飛び出して面白かったです。もちろん、ふだんから本を読むことについて考えておられる方たちということもありますが、『積ん読』という言葉が名言を引き出した面もあると思います」
「本を読むのが苦手」だというエッセイストで作家のしまおまほさんの「積ん読」の風景も紹介されていて、「本をたくさん読むのがえらい」という流れに必ずしもなっていないのもいい。
本の本ではあるが、マウンティングの感じは全然しない
「本の本って、ちょっとマウンティングみたいになりがちで、それが苦手だと感じる人がいるみたいなんです。『積ん読』の本は、読んだ本じゃなくて読んでない本についての本なので、そういう感じが全然しなくてよかった、という感想をくれた人がいました」
しまおさんや、小川哲さんのように、最初に「積んだ」本のことを記憶している人がいる、というのも驚きだった。
「読者アンケートで、『何冊、積ん読していますか』という質問に『数冊』と答えている方がいらして、そういう人たちもこの本を買ってくださったということは、『積ん読』というのは生活と結びついたもので、冊数じゃなく状態の問題なんだというのも気づいたことです」
昨年10月に本が出たとき、刊行キャンペーンとしてX(旧Twitter)で「#自分だけの積ん読」で自分の積ん読をポストしてもらった。小さい箱に入れてあったり、綺麗な山に積んでいたり、さまざまな「積ん読」のかたちを見ることができたのも興味深かったという。
「積ん読」の取材をしたことで、石井さん自身の読書スタイルになにか影響はあっただろうか。
「仕事の関係で献本をたくさんいただいたりしても、全部は読めないじゃないですか。そのことに罪悪感というか、読みたいけど読めない本がどんどん積み重なっていくストレスが結構、自分のなかで大きかったんです。
今回、取材してみて、本の読み方はもっと自由でいいんだと教えられました。管啓次郎さんが言うように好きなパラグラフだけ読んでもいい。通読だけが本の読み方じゃないんですね。結果的に本を買う歯止めが効かなくなりました(笑い)。角田さんの真似をして『戦争×文学』のシリーズを買っちゃいました。飯間浩明さん(辞典編纂者)が文学全集を自炊(スキャナーを使って書籍を電子化すること)しているのを見て、私も文芸誌の目次だけでもスキャンしようかと機械を買いました」
好評を受けて、秋ごろに『積ん読の本』第2弾も出る予定だという。
【プロフィール】
石井千湖(いしい・ちこ)/書評家。大学卒業後に書店員となり、2004年より文芸を専門とするライターとして活動をスタート。現在は新聞や雑誌、ウェブで幅広く活動中。著書に『文豪たちの友情』『名著のツボ 賢人たちが推す! 最強ブックガイド』がある。
取材・構成/佐久間文子 撮影/篠田英美
※女性セブン2025年1月30日号