能登半島地震から1年が経過した。多くの犠牲者を出し、自宅も崩壊、食料品にも事欠く状況で、「本」は必要とされるのか──。そんな葛藤と向き合った書店の物語を、著書『復興の書店』があるノンフィクションライター・稲泉連氏が綴る。
被災の翌日から書店の再開を考えた
能登半島の先端に位置する珠洲市に、「いろは書店」という小さな書店がある。店主の八木久さんと息子の淳成さんたち家族が切り盛りする「町の本屋さん」だ。
昨年1月1日に発生した能登半島地震から1年。地域の人たちから「いろはさん」と呼ばれて親しまれるこの店を訪れると、二人はいつものように明るい笑顔で接客をしていた。地震で店が全壊したいろは書店が、もとはタクシーの配車場だった建物を使って仮店舗での営業を始めたのは、地震からわずか2か月後のことだった。
「最初は学校の教科書を責任持って配らなければならない、という思いだったんです」と店主の久さんは言う。中学校や高校の教材の販売は、町の書店にとっての使命だ──そんな思いがあったからである。その様子を間近に見ていた淳成さんは、「父は本当にすごいと思いましたね」と振り返る。
「あれだけの地震があって、自宅も潰れてしまって……。少しは休んでもよかったのに、被災した翌日から書店の再開を考えていたわけですから」
そして、父親の書店再開への思いをつなぎ、DIYで元配車場を「本屋」に変えたのが淳成さんだった。以後、仮店舗で再開したいろは書店の存在は、珠洲市の商店街の復興のシンボルとなり、多くのメディアでも紹介されてきた。店には人気コミック『スキップとローファー』や『暗号学園のいろは』など、珠洲市と縁のある作家が寄せたイラストやメッセージも飾られている。
親子が一緒に遊べる場所に
1月4日、雪の降る寒さのなか、書店にはひっきりなしにお客が訪れていた。「マンガを買ってあげようと思って」と孫を連れてきた常連の女性、お正月の帰省で珠洲市に来た人……。お目当てのコミックを手にして、中学生の女の子が嬉しそうにしている。そのたびに誰もが久さんや淳成さんとちょっとした会話を交わし、店内は常に賑やかだった。
「去年はどうなるか不安でしたが、本屋をやってよかったと思います」と久さんは言う。
「書店は町の『花』のようなもの。そこにあるだけで、何かの役割を果たしていると思うんです」
今年、いろは書店には大きな目標がある。それは夏を目途に新しい店舗をもとの土地に建てることだ。仮店舗のDIYを担当した淳成さんが意気込む。
「カフェスペースを増やして、子供たちが遊べるキッズスペースも作ろうと思っています。滑り台やブランコ、ハンモックなんかを置いたりしてね。いま、この町には親子が一緒に遊べる場所がないので、それができる場所を作りたいんですよ」
震災から1年、新しい店舗への構想を、淳成さんは熱く語るのだった。この町で長く書店を続けてきた父親の久さんは、「こころのオアシス」という言葉をいろは書店のキャッチフレーズにしてきた。その思いは淳成さんにも受け継がれ、町の人々が集う場所としての書店づくりがこれからも続いていく。
※週刊ポスト2025年1月31日号