Infoseek 楽天

《アメリカ大統領選が10倍面白くなる》得票数で負けても勝てる“不合理システム”はなぜ生まれたのか 「ハリスが勝ったらテキサス州は独立する」という噂が流れたワケ

NEWSポストセブン 2025年1月18日 11時15分

「地上最高の権利者を選ぶ戦い」と称しても過言ではないアメリカ大統領選。そのシステムは日本の選挙とは大きく異なり、有権者は「大統領候補」ではなく「選挙人」に投票している。いったいなぜ、そんなまどろっこしい制度になったのか。そこにはアメリカが培ってきた“歴史”が大きく影響している−—いまさら聞けない常識から、知っていれば“通ぶれる”ネタなどをわかりやすく解説する『ビッグコミックオリジナル』で好評連載中のジャーナリスト小川寛大氏による『アメリカ大統領選を10倍面白く読む!』を公開する。
* * *
 共和党ドナルド・トランプ候補の勝利に終わった2024年のアメリカ大統領選挙の結果について、その数字データを少し詳しく見てみたい。

 米大統領選挙とは、実は全米50州に割り当てられた「選挙人」を選ぶ選挙で、有権者は大統領候補それ自体を選んでいるわけではない。このうち、メイン州とネブラスカ州だけが、州内の投票で各党派が獲得した票の割合に沿って選挙人を党派別に割り当てるのだが、残りの48州では最多得票を得た党派が、その州に割り当てられた選挙人枠を独占してしまう。つまり逆に言えば、その48州の選挙結果を見ることで、「その州で共和党と民主党、どちらが勝ったのか」がはっきりとわかるわけだ。

 それに沿って集計してみると、今回の選挙でトランプが勝った州は30。一方、民主党のカマラ・ハリス候補が勝った州は18だった。これだけを見ると「トランプの圧勝」にも見えるが、実際に有権者が共和党、民主党双方に入れた票の実数で見ると、トランプの獲得票数が約7667万、ハリスの獲得票数が約7410万となっていて、かなりの接戦だ。

 なぜこのような差が生まれるのかというと、それこそ選挙人制度に原因があるのだ。よく報道されているように、民主党はカリフォルニア州やニューヨーク州、またシカゴを擁するイリノイ州など、リベラル勢力の強い都市部で圧倒的な人気を誇る。実際にこれらの3州では、今回もハリスが勝利している。一方、共和党が強いのは基本的に“田舎”の州だ。

 選挙人は人口規模の多い州に多くの枠が割り当てられ、少ない州にはちょっとしか割り当てられない。ゆえにハリスは、勝利した州の数でこそかなりトランプに差を付けられたが、大都市圏を押さえているがゆえに、獲得票数の実数では接戦を演じることができたわけだ。

 今回のトランプは、勝利した州の数でも、獲得票数の実数でもハリスを上回っている。しかし、実は2016年の大統領選でトランプが勝利した際は、その獲得票数は約6298万票で、敗北したヒラリー・クリントン(民主党)の約6585万票を下回っていた。それでも当選できてしまうのが選挙人制度というシステムで、つまり「全米でたくさんの票を集めた=たくさんの選挙人枠を獲得した」ということは必ずしも成り立たないので、2016年のトランプは勝てたわけだ。なお、2000年の大統領選で当選したジョージ・W・ブッシュや、1824年の大統領選で当選したジョン・クインジー・アダムズらも、獲得票数の実数でライバル候補に負けているのに、選挙それ自体では勝てた人々である。

なぜ選挙人制度によって大統領を選ぶのか?

 本連載ではこの選挙人制度についての解説を行なってきたわけであるが、「なぜこんなシステムをアメリカは採用しているのか」について、疑問に思う読者は多いだろう。しかし、これはアメリカの建国史と密接に結びついた、なかなか興味深い問題なのだ。

 アメリカ合衆国は1776年、当時の北米大陸にあったイギリス植民地が本国から独立してつくられた国だが、その英植民地時代、すでにニューヨークやバージニアといった、現在のアメリカの「州」となる地域コミュニティは成立していた。ジョージ・ワシントンやジョン・アダムズといった建国の父たちは、あくまで自らが所属する、それらの地域コミュニティを独立させるため、イギリスとの独立戦争を戦ったのである。

 これら北米大陸の地域コミュニティが無事にイギリスを退けて独立を果たした後、そこに州を取りまとめる“国家組織”をつくる必要を感じていなかった人々は、当時のアメリカに実際のところ、かなりたくさんいた。しかしながら、やはり各州の上部組織は必要だとの声もあって、「アメリカ合衆国」なるものは、かなりの妥協の末に成立した政府なのである。独立直後のアメリカ合衆国とは、強力な国家政府というより、現在のEU(ヨーロッパ連合)のようなものと一般にはとらえられていたし、初代大統領のワシントンも、自分が各州に強力な命令を下せるような存在だとは、特に思っていなかった。

アメリカ合衆国の主権は人民ではなく各州にある!?

 これはアメリカ合衆国憲法を見てみれば明確にわかることだが、実はこの憲法には、例えば日本国憲法には明記されている主権在民、すなわち「一般民衆に国の主権がある」などといったことを直接規定する文章は、どこにも書かれていない。ここからアメリカには、「『アメリカ合衆国』の構成員とは、人民ではなく実は各州であり、人民はそれぞれが居住する各州の民ではあっても、『アメリカの民』ではない」といった考え方が伝統的に生まれてくることとなった(「州権論」という)。

 この考え方を元に、「州は中央政府(合衆国政府)に不満があれば、その枠組みから脱退していい」という発想に至り、19世紀の南部諸州が起こした反乱が南北戦争である。もちろん、この南部の反乱は北部(合衆国政府)によって鎮圧され、今では「アメリカはきちんとした国家政府であり、主権者は人民である」といった考え方が一般的になってはいる。しかし、今回の大統領選が行なわれていた最中、「もしハリス政権ができたら、共和党の強いテキサス州はアメリカから独立する」などといった、本気か冗談かわからないようなニュースが流れていたのを見た記憶のある読者も多いだろう。それくらい、今なお州権論はアメリカ人の精神の奥底に、しっかりと根付いている思想でもあるのだ。

 ここまでの説明を読めば、なぜアメリカ大統領選挙は、有権者が直接大統領候補を選ぶ仕組みをとっておらず、「各州の選挙人」が直接的には選ぶものとなっているのか、何となくでも理解できたのではないか。今なおアメリカは連邦制をとる、構成各州に非常に強い自治権を与えた国家であり、日本のような「都道府県の上に国の政府が存在する中央集権国家」とは、根本的に国のシステムが異なるのである。

 もちろん、現在のアメリカではこうした大統領選挙における選挙人制度について、「不合理でわかりにくい」という声が年々高まっていて、真剣に廃止論を唱える識者などもいる。しかしそれでも、その廃止論は容易に現実化しそうな状況ではない。なぜならばそれこそが、アメリカという国の“伝統的なあり方”であるからだ。
(了。次回掲載は1月19日予定)

※『ビッグコミックオリジナル』(小社刊)2024年12月20日号より一部改稿

◆小川寛大(おがわ・かんだい)/ジャーナリスト。1979年熊本県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒。2015年、季刊誌『宗教問題』編集長に。2011年より〈全日本南北戦争フォーラム〉事務局長も務め、「人類史上最も偉い人はリンカーン!」が持論。著書に『池田大作と創価学会』(文藝春秋)、『南北戦争』(中央公論新社)、近刊『南北戦争英雄伝 分断のアメリカを戦った男たち』(中公新書ラクレ)など。

この記事の関連ニュース