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《アメリカ大統領選が10倍面白くなる》大谷翔平は「リベラルの星」でアイスホッケーは「白人金持ちの娯楽」 “ステータス”で好きなスポーツが違う「国民性」はなぜ生まれた?

NEWSポストセブン 2025年1月19日 11時15分

 日本中を沸かせたドジャース・大谷翔平の活躍。大リーグは伝統的なアメリカの国技であることに論をまたないが、現地では「真の多様性が足りない」といった批判が起きている。そこにはアメリカのプロスポーツが“社会階層”で分断されてきた“歴史”が大きく影響している。いまさら聞けない常識から、知っていれば“通ぶれる”ネタなどをわかりやすく解説する『ビッグコミックオリジナル』で好評連載中のジャーナリスト小川寛大氏による『アメリカ大統領選を10倍面白く読む!』を公開する。

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 2024年の日本人を最も沸かせたニュースの一つに、アメリカ大リーグにおける大谷翔平の活躍があったと思う。大谷の所属するドジャーズは、今年のワールド・シリーズを制覇。大谷はナショナル・リーグのMVPにも選ばれ、まさに「世界のオオタニ」たる存在となった。

 では、大谷の成績が実際にどれくらいすごいものなのか、実際の数字で見てみよう。今年のナ・リーグにおける打者の打率成績の三傑は、上からルイス・アラエス(パドレス)、大谷、マルセル・オズナ(ブレーブス)。本塁打数ではトップが大谷で、以下オズナ、カイル・シュワバー(フィリーズ)。打点ではこれも大谷が1位で、ウィリー・アダメズ(ブリュワーズ)、マニー・マチャド(パドレス)と続く。

 ところで、実は以上に挙げた「今年の大リーグのすごいバッターたち」のなかで、アメリカ出身はシュワバーとマチャドしかいない。言うまでもなく大谷は日本人で、アラエスはベネズエラ、オズナとアダメズはドミニカの出身である。

 大谷がそうであるように、今や世界の野球選手たちはその母国で上り詰めると、さらなる高みを目指して大リーグへとやってくる。大リーグには日本のプロ野球のような外国人枠もなく、その頂上決戦が「ワールド・シリーズ」と呼ばれるのは、伊達でないのだ。そういう意味ではまさに、大リーグは外国人選手抜きには成り立たないものだといっていい。

 しかし一方で、大リーグ選手全体のなかでの外国人の割合は、今年で27.8%だったといい、また白人選手は4割ほどにもなるのだという。上位選手たちの顔ぶれに比し、全体としての大リーグはまだまだ“多様性”が足りないのではないかとの批判は、アメリカにおいて常に持ち上がっているものなのだという。

アメリカのスポーツは社会階層で好みが分かれる

 これはよく指摘されていることではあるが、現在におけるアメリカの野球人気は、実はアメフトなどよりも低い。最大の原因はアメリカの若者にとって、野球が“古臭いスポーツ”に見えることなのだそうだが、しかし逆を言えばアメリカにおいて、野球とはそれだけ歴史のある、伝統的なスポーツということだ。

 ただ、“歴史”には必ず暗部が付きまとう。大リーグでは長年にわたって有色人種の選手に対する差別があり、かつては野茂英雄やイチローに差別発言が向けられたこともある。“古きよきスポーツ”ゆえに、オーナーになりたがるような名士や経済人も白人男性ばかりで、女性オーナーは歴史上も極めて珍しい。しかしすでに述べたように、特に近年、大リーグは優秀な外国人選手の存在を抜きに、語れなくなっている。

 アメリカのプロ・スポーツとは、社会階層によって何を見るのかが、かなりはっきりと分かれる。例えばアイスホッケーは白人の金持ちが見るもので、プロレスはもっぱら中流以下の保守層が愛好する。そういうなかにおいて大リーグとは、「オーナー周辺の経営層、また古い観客は保守で、選手や新しい世代の観客はリベラル」といったことが、よく言われてきた。つまり、一つのスポーツにかかわる人たちの間で、ある種の“分断”が生じていたことになるわけだ。

 ところで、今回の大統領選挙で勝利した共和党のドナルド・トランプは、以前から移民を規制すべしという主張を繰り返してきた人物だ。よって伝統的にアメリカに暮らす移民たち、特に中南米から来たヒスパニック系(大リーグ選手にも多い)は、移民に寛容な民主党を支持しているとされてきた。しかし今回の大統領選の結果を読み解くと、ヒスパニック系がかつてなく、トランプに投票していた実態が浮かび上がってきているのだ。例えばロイター通信は11月7日付で「トランプ氏返り咲き、ヒスパニックと労働者の支持上積みが原動力」という記事を出し、「今回の大統領選でヒスパニックのトランプ氏の得票率は男性が55%、女性が38%で、前回大統領選からそれぞれ19ポイント、8ポイント上昇した」と報じている。

ヒスパニック系の支持が民主党から離れつつある

 この原因については現在、さまざまなことが言われているのだが、一つ挙げるべきこととして、「ヒスパニック系が民主党のリベラル姿勢についていけなくなった」ことがあるとされる。中南米からアメリカにやってくる人々は、確かに移民であるのだが、それと同時にほとんどが敬虔なカトリック信徒だ(中南米は世界的にも極めてカトリックの勢力が強い)。カトリック信徒たちは基本的に、道徳的な生活を重んじ、「妊娠は神の恵み」とするゆえに、人工中絶にも否定的だ。

 最近のアメリカはこの「人工中絶をしていいのか否か」といった、ある種の“宗教論争”で政界が揺れている状況があり、共和党が中絶反対、民主党が中絶容認の立場だ。そのほかにも近年の民主党は、まるで“過激右派”たるトランプに対抗するかのように、その“リベラル度”を加速度的に上げてきた。しかしそれが、元来保守的な気風を持つカトリックの人々、つまりヒスパニック系に嫌われたのではないかとの分析がある。これまで移民をどうするかの文脈で、むしろ民主党はヒスパニック系に寄り添い続けてきた党なのだが、そういう意味では逆効果になってしまっているわけだ。

 また、ヒスパニック系の人々は移民であるがゆえに低所得者が多く、アメリカの景気後退懸念、また世界的な物価高の状況などを見て、実業家としての経歴をアピールするトランプ支持に回ったともされている。ともかく確実なのは、今のアメリカのヒスパニック系は、かつてほど単純に民主党支持ではなくなっているという現実である。

 そして一方、大リーグでは、まさに大谷翔平の存在に象徴されるように、「古きよき伝統的なアメリカの国技たるベースボール」が、「優秀な外国人たちがいないと成り立たない場」になりつつある。実際、選手の差別発言などにはかなり厳しい処分が下されるようになったし、「大リーグに真の多様性を」といったムーブメントも活発だ。

 アメリカとは、さまざまな移民たちの流入が引き起こしたダイナミズムによって、ここまで大きくなってきた歴史を持つ国だ。そういう意味では、増えたヒスパニック票によって当選したトランプも、極東から大リーグに乗り込んで見事にMVPをつかんだ大谷も、そういうダイナミズムが生んだ存在なのだろう。
(了。次回掲載は1月20日予定)

※『ビッグコミックオリジナル』(小社刊)1月5日号より一部改稿

◆小川寛大(おがわ・かんだい)/ジャーナリスト。1979年熊本県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒。2015年、季刊誌『宗教問題』編集長に。2011年より〈全日本南北戦争フォーラム〉事務局長も務め、「人類史上最も偉い人はリンカーン!」が持論。著書に『池田大作と創価学会』(文藝春秋)、『南北戦争』(中央公論新社)、近刊『南北戦争英雄伝 分断のアメリカを戦った男たち』(中公新書ラクレ)など。

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