【書評】『P.C.L.映画の時代 ニッポン娯楽映画の源流 1932-1937』/佐藤利明・著/フィルムアート社/7480円
【評者】川本三郎(評論家)
驚嘆に価する労作であり、日本映画史研究に新しい光を当てた貴重な書。筆者の労に頭が下がる。P.C.L.(Photo Chemical Laboratory)は昭和戦前期に設立された新興の映画会社。東宝の前身になる。この映画会社についてのはじめての本格的研究書。第一作、昭和八年に公開された「ほろよひ人生」から、昭和十二年公開の「エノケンの猿飛佐助 どろんどろんの巻」までP.C.L.のほぼ全作、百余本が語られる。
昔の映画を今見るのは大変な苦労がいるのに、これだけの数の作品を見ていることにまず感嘆。主な作品を記すと成瀬巳喜男監督「妻よ薔薇のやうに」(昭和十年)、木村荘十二監督「兄いもうと」(昭和十一年)、山本嘉次郎監督「エノケンのちゃっきり金太」(昭和十二年)、日中戦争で戦病死した山中貞雄監督の「人情紙風船」(昭和十二年)など傑作が多い。
P.C.L.作品は後発だったがゆえに古いしきたりにとらわれないモダンな作品が多かった。ちょうど関東大震災後に復興してゆくモダン都市東京に合っていた。ミュージカル、明るい青春映画、都市生活を楽しむ小市民映画……。
著者はこれら全ての作品を詳述してゆく。単にストーリーを紹介するだけではない。スタッフ、キャストの来歴、当時の評価、さらに主題歌、挿入歌についても詳しく語るのは音楽に強い著者ならでは。音楽からもP.C.L.作品が当時のハリウッド映画の影響を受けたいかにモダンなものだったかが明らかにされてゆく。
また興味深かったのは、ロケ地、とくに当時の銀座や上野、さらに深川あたりについてもきちんと調べていること。成瀬巳喜男作品が当時のモダン都市の様相をよくとらえているという指摘には成瀬好きとしてはうれしくなる。
まだ「女性の自立」などいわれなかった時代に林芙美子原作の「放浪記」(昭和十年)や女性探偵の活躍を描く「女軍突撃隊」(昭和十一年)などが作られたのも新しかった。教えられるところが多い快著。
※週刊ポスト2025年1月31日号