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《トランプ政権誕生を10倍面白く読む》バイデン前大統領の突然の「USスチール買収中止命令」 裏に隠された民主党の“構造的問題”

NEWSポストセブン 2025年1月21日 7時15分

「日本製鉄によるUSスチールの買収を阻止する」。第二次トランプ政権始動直前、敗れたバイデン前大統領は、突然、そう表明した。なぜこのタイミングで──誰しもがそう思ったこの大きなニュース。その背景には、昨秋の大統領選挙で事前の予測を裏切り、大敗を喫した民主党が抱える“構造的問題”があった。いまさら聞けない常識から、知っていれば“通ぶれる”ネタなどをわかりやすく解説する『ビッグコミックオリジナル』で好評連載中のジャーナリスト小川寛大氏による『アメリカ大統領選を10倍面白く読む!』を公開する。

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 製造業関係の職業に就いている読者のなかには、何とも落ち着かない正月休みを過ごした向きもあったのではないか。

 今年1月3日、その退任まであと十数日というタイミングで、アメリカ大統領のジョー・バイデンは大きな決断を下した。アメリカを代表する鉄鋼メーカー・USスチールが日本企業の日本製鉄に身売りする方向で話し合いを進めていたことに関し、アメリカ合衆国政府として、その企業買収を阻止すると発表したのだ。

 この話はすでに大きな経済ニュースとなってさまざまなメディアで解説もされているが、今一度簡単に振り返ってみよう。日本製鉄がUSスチールを買収したいとの意向を世に示したのは、2023年12月のこと。実はUSスチールは近年、経営不振にあえいでおり、同社として日本製鉄の傘下に入ることそれ自体は、決して不愉快な話でもなかった。実際それから現在に至るまで、いわゆる敵対的買収のような形で話が進められてきた形跡などもない。

買収問題は選挙戦で風向きが変わった!?

 しかし、この日本製鉄の発表の直後から、それに猛然と反対の声を上げたのが全米鉄鋼労働組合(USW)だった。彼らはUSスチールの生産現場で実際に働く労働者の立場から、日本製鉄による買収で「自分たちの雇用が守られなくなる可能性がある」といった懸念を表明。そして2024年1月、そのUSWの意見に賛意を示し、「自分も日本製鉄によるUSスチールの買収には反対だ」とブチ上げたのが、すでに大統領選挙に向けて各種の運動を始めていた、共和党のドナルド・トランプだったのだ。

 なお、この日本製鉄によるUSスチールの買収話に関して、日米双方の多くの経済の専門家たちは、「USスチールにとって決して悪い話ではなく、経営統合によるシナジー効果もあるだろう」という見方を示してきた。一方でトランプがこの件に関して言及してきた内容を調べてみると、彼はほぼ「アメリカを代表する大企業(USスチール)が、外国の企業(日本製鉄)に乗っ取られることを阻止すべきだ」といったようなことしか語っておらず、細かな経済的影響などについてのことは、あまり念頭にあったようにも見えない。しかし、逆に“それがゆえ”とでも言うべきなのか、このUSスチール買収話に関する“トランプ節”は、アメリカの市民たちの素朴なナショナリズムに火をつけたような面が確かにあったようだ。選挙戦における、トランプ陣営の追い風にもなったのではと指摘されてもいる。

 一方の民主党陣営では、「バイデンもまた、USスチールの買収に懸念を抱いているのではないか」といった報道が出回り始めたのが昨年の夏ごろの話。善しも悪しくもバイデンはトランプより、この問題に関しては一歩引いていた。しかし彼はまさに大統領退任の寸前、USスチール問題でいわばトランプと歩調を合わせたのである。

 すでに述べたように、この日本製鉄によるUSスチールの買収話は、いわゆる専門家筋からは問題視されたことがあまりない案件だ。よって民主党サイドとしてはここで“理性派”の立場を取り、「USスチール問題でトランプは無知をさらして暴走している」といった批判を展開する選択肢もあったと思う。しかしどうも、今のアメリカ政界の状況が、それを許さなくなっているようなのだ。

労働者の味方は、共和党、民主党、どっちだ?

 すでに本連載のなかで指摘してきたことだが、共和党とは南北戦争(1861〜1865)前夜に、反奴隷制の自由主義を掲げ、北部の商工業者などを主要な支持者として設立された政党である。よって伝統的に「小さな政府」路線をとり、経済政策としては自由競争を重視する態度を打ち出してきたので、その支持層には資本家などが多かった。

 一方で民主党は、そういう共和党への対抗の意味もあって、南北戦争以後は労働組合を伝統的な支持基盤としてきた。そういう流れから労働者の権益保護を打ち出す政策は、自然と党を「大きな政府」路線にいざなった。そこから特に20世紀以降、民主党は社会民主主義的な路線をも標榜するようになり、現在のようなリベラル色の非常に強い党としての姿が完成したのである。しかしそれが今、さまざまなところから批判されているように、民主党はリベラル色を強めた結果に都市インテリへ過度な迎合を見せるような政策的態度が目立ち始め、一般的な労働者たちの支持を徐々に失っていった。

 2016年に共和党から出馬して大統領となったドナルド・トランプとは、まさにそうした民主党の取りこぼした“地方の貧しい労働者”たちに、「忘れられた人々だ」と言って同情するポーズをとり、彼らの支持を集めて選挙に勝った人間である。2020年の大統領選では敗れたが、2024年の大統領選では見事にカムバック。そして各種のデータからも、全米の労働者たちは今回かつてなくトランプに、すなわち共和党に投票していることが明らかになっている。トランプという政治家の特徴を一つ述べれば、それはすなわち共和党という政党を「労働者のための党」に変貌させようとしている人物なのである。

 米国史上最も熱い選挙戦とも呼ばれた昨年の大統領選は終結したが、アメリカの政治家たちにホッとしているヒマはない。米連邦下院議員の任期は2年しかなく、次の選挙はもう来年の2026年だ。つまり4年に1度の大統領選の真ん中にはこの下院議員選が挟まるため、その選挙のことを「中間選挙」と呼び、実際にその勝敗は次期大統領選にかなり大きな影響をおよぼす。

 今の民主党が都市インテリや急進的リベラルに過度に肩入れしすぎた結果、昨年の大統領選を落としたという見方はすでに広く共有されているもので、バイデンにとり“民主党の古参政治家”として党から離れていった労働者たちに何かを訴えることは、必須の取り組みだったといっていい。だからこそ彼は大統領退任の直前に、USスチールの買収にあえて「ノー」を言った可能性は高い。

 もちろん、このUSスチールの買収話というのは、日米それぞれの超大企業の経済行為であり、そこには経済問題のみならず、安全保障の視点などなど、さまざまな要素が複雑に絡んでいる。よって何か一つのファクターだけで語れる問題でもない。しかし「アメリカにおける労働者の票」というものをめぐってこの国の二大政党が、経済専門家の視点を顧みることすらなく、“ポピュリズム”的な態度を見せていることも、また事実なのだ。

※『ビッグコミックオリジナル』(小社刊)1月20日号より一部改稿

◆小川寛大(おがわ・かんだい)/ジャーナリスト。1979年熊本県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒。2015年、季刊誌『宗教問題』編集長に。2011年より〈全日本南北戦争フォーラム〉事務局長も務め、「人類史上最も偉い人はリンカーン!」が持論。著書に『池田大作と創価学会』(文藝春秋)、『南北戦争』(中央公論新社)、近刊『南北戦争英雄伝 分断のアメリカを戦った男たち』(中公新書ラクレ)など。

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