中居正広が、巨額の解決金を支払った女性トラブルを起こし、それにフジテレビ社員が関与した疑いが明るみに出てから約1か月。事態は収束するどころか、フジテレビのコンプライアンスや企業体質をめぐる社会問題へと広がり、ついに中居は芸能界からの引退を発表した。人々の生活と社会の変化を記録する作家の日野百草氏が、コンテンツ制作側からみたメディアの王様だったテレビ局と、その関係の変化についてレポートする。
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「このままフジテレビの状況がさらに悪化すれば、CMだけでなくコンテンツの引き上げが深刻になるかもしれない。スポンサーの引き上げもそうだが、原作元の出版社や作家自身がイメージを気にしてフジテレビを避けかねない。放送事業という商売の根底が揺らぐ」
映像事業を中心に手掛けてきた60代のベテランプロデューサーが語る。アニメーションが中心だが、かつては製作会社でフジテレビ系のアニメにも参加している。
「フジテレビに限らずキー局で放送が決まるというのは垂涎の的だった。当たり前だが基本的にはいまでもそうだ。原作がフジテレビで映像化、なんてどの出版社も断る話ではない。作者だってよほどの偏屈でなければ二つ返事だ。それほどに影響力は絶大だ。しかしその影響力は局のイメージが悪くなれば両刃の剣だ」
筆者も出版社時代はそうした事業に関わった経験がある。ドラマ化やアニメ化は作品冥利に尽きる。彼の言う通り、原作本の売上だって映像化作品とそうでない作品では大違いだ。深夜アニメだろうが地方ローカル局アニメだろうが「アニメ化決定」という宣伝文句は大きい。大きいからこそ、局そのものがイメージを失墜すれば作品もとばっちりを受ける。
キー局に逆らうなんて、考えられなかった
タレントの中居正広氏による女性トラブル報道は、フジテレビ社員の関与を疑われたことで個人のスキャンダルから社会問題にまで発展してしまった。トヨタ、ホンダ、日産、マツダ、スズキ、三菱自動車、NTT東日本、KDDI、セブン&アイ、イオン、ローソン、アサヒ、サントリー、キリン、サッポロ、日本コカ・コーラ、ヤクルト、日本マクドナルド、日清食品、明治製菓、花王、資生堂、JT、東京電力、日本生命、第一生命、明治安田生命、アフラックなど、名だたる企業とそのグループ70社以上がCMの放送差し止めやスポンサー撤退を宣言した。
フジもここまでになるとは思っていなかったのだろう。だからこそフジテレビ港浩一社長は動画撮影禁止で参加記者をフジ側が限定した「紙芝居会見」を行った。はっきりいって、日ごろから一般社会をバカにしてないとこういうことはできない。それにしても後日、会見について「失敗」とは。「次はカメラを入れる」とかそこじゃない。
前出のベテランプロデューサーは長い間コンテンツに携わってきたからこそ、フジテレビだけでない「ギョーカイ」の体質はよくわかると話す。
「1980年代とは時代は変わった。人も変わった。バブル崩壊、IT革命、多くの震災、そしてコロナ禍、1980年代の現役世代も多くは年金者だ。仮に1985年に20歳だった人でもいまや60歳の還暦、フジテレビが一番元気だったころだ。それなのにフジテレビはずっと会社の体質を変えることはなかった。『ギョーカイ』全体とも言える」
フジテレビは「楽しくなければテレビじゃない」というキャッチフレーズと共に日本の1980年代文化を牽引した。以来ずっと、その「フジテレビのノリ」でやってきた。1990年代もお台場移転と再開発の成功という景気の良さも手伝って、ずっと変わることなく「まあ、フジテレビさんだから」と「ギョーカイ」も「ノリ」と「ネタ」で容認してきた。古い本だが当時「はっきり言ってスカだった!」(別冊宝島『80年代の正体!』、1990年、JICC出版、現・宝島社刊)とした1980年代の負の面に対する揶揄は、まさに刊行から35年経ったいま、回り回ってフジテレビに突きつけられているように思う。
つまるところ、中居問題はきっかけに過ぎず、いつフジテレビの体質そのものが問題化してもおかしくない状況だった。一社提供の料理番組『くいしん坊!万才』はキッコーマンの申し入れで放送休止、1964年から続く音楽番組『ミュージックフェア』も冠スポンサーの塩野義製薬が社名削除を要請した。もはや問題はフジテレビそのものになった。
「どれも伝統ある番組です。担当も初代から何十年も替わって続いた番組でしょう。私の世代からは考えられない。何であれ、キー局に逆らうなんて」
これはフジテレビに限った話ではないがテレビ局、とくにキー局の力は絶大だった。アニメで言えば何をどう変えられても文句は言えないし平気で介入してくる。作者、とくに漫画家など局からすれば歯牙にもかけない存在だ。SNS全盛期で育った若者には考えられないだろうが、作者など大ヒット作家だろうが大御所だろうがテレビの前には何の力もない。出版社すら平身低頭するしかない、スポンサーだってキー局の尻尾の代理店に言いくるめられる、それほどまでにキー局というのは絶大で、みなさんが観てきた番組もそうした力学で放送されてきた。
もちろんそこには「放送免許」という誰も参入できない独占的かつ事実上、恒久的な政府による統制が働いている。一括りに「メディア」とされるがテレビ局、とくにキー局は別格の力を持っている。
しかし今回は違った。多くが声を上げた。そのことについてベテランプロデューサー氏以外の元テレビマン、元代理店の60代、70代複数に聞くと「信じられない」と全員が回答した。これだけ多くのスポンサーが撤退を決める、それも番組すら放送休止にしてしまう。SNSの声は「フジテレビなどいらない」一色だ。
この「SNSの声」というのも彼らOBは異口同音に「よくわからないが凄いのか?」と懐疑的だった。一般人などお客様センターで適当にあしらってきた、それも彼らには届かない世代のギョーカイ人たち、無理もない。
放送利権を視聴者も支えてきた
大手ITメディア企業の30代プロデューサーはこう語る。
「スポンサーもそうですがフジテレビからのコンテンツの撤退もこれから増えるでしょう。いまや外資系を中心に巨大ネット配信企業やネットコンテンツ企業など映像化の術はいくらでもある。そうした映像化にテレビ局も絡むことはありますが、フジテレビはそういう製作委員会からも外される可能性がある。とくに外資系はコンプライアンスに厳しいし、人権問題には徹底した姿勢を貫きますから」
世界全体で3億人の会員数を誇るネットフリックスや月間平均リーチ数が世界中で2億人に達するAmazonプライムを始めとする「黒船」は日本のコンテンツ産業も大きく変えた。スポンサーをつけて番組を制作、放送するという旧来のスタイルではなく資金調達、それもシリーズ総額で100億円や200億円が当たり前の世界になった。エミー賞史上最多18部門の受賞となった真田広之主演、プロデュース『SHOGUN 将軍』(Disney+)のスケールで日本のキー局が自前でドラマを作るのはまず不可能だ。
そうした海外の製作サイドはコンプライアンス違反、とくにセクシャルハラスメントやセクシャルバイオレンス(性暴力)、セクシャルディスクリミネーション(性的差別)の類に厳しい。プロジェクトに支障が出るだけでなく出資を引き上げられてしまいかねない。あくまで製作側と出資側(両者を兼ねる場合もあるが)は対等である。しかしこの国のテレビ業界はそうではなかった。
「放送免許を持っている限り絶対的地位にありますからね。新規参入なんて無理だし情報を統制したい政府が許さない。キー局もライバルなんか増やしたくない」
国の放送免許(VHF局)はそれこそ戦後まもなくから、公共放送枠のNHKを除くキー局と呼ばれる民間放送5局(日本テレビ・TBSテレビ・フジテレビジョン・テレビ朝日・テレビ東京)の独占状態にある。これは古くから「放送利権」だと批判されてきた。それこそ昔のドラマやアニメの制作サイドや原作サイドなどはテレビ局に絶対服従を強いられた。発表先が無いわけだから仕方がなかった。
1980年代に入るとビデオデッキの普及とレンタルビデオ店の興隆によって実写ドラマ(Vシネマ)、アニメ(OVA)といったオリジナルビデオが作られるが、自己資金や出資によってテレビ局の支配の外で作るという(結局は取り込まれたが)姿勢は現在のネトフリやアマプラなどのビデオ・オン・デマンド(VOD)の端緒であったと思う。筆者も観る側だった10代はもちろん、仕事として関係する側となってもOVAに夢を見た。既存のテレビ放送にはできない作品を、まさにVODの姿勢である。
「アメリカは以前からケーブルテレビ文化が長かったからすんなり受け入れられました。でも日本で娯楽の王様は長らくテレビでした。『作品がテレビで放送してないなんて』とか『テレビに出てないなんて』とまず言われる。いまも世代によってはそうでしょう。放送利権を支えてきたのは娯楽に権威を求める視聴者も加担していたんですよ」
あくまでプロデューサー個人の意見だが、そうした流れがついに崩れつつある。それもフジテレビの長年の露悪的な「ノリ」と「ネタ」化によって。それもコンテンツではなくリアルでもそうした「楽しくなけりゃ」(楽しいのは自分たちだけだった!)で問題を引き起こし続けた。一過性の問題でなくそれこそずっと、そうだった。
ほとぼりが冷めれば普通に営業できる
フジテレビではないが40年以上キー局に勤めてきた70代の元プロデューサーは語る。
「昨日今日起きた問題でないことは明白だ。港さん(港浩一、フジテレビ社長)も中居問題に限らずフジの現場にいたはずだから知っていたはずだ。それこそ亀山さん(亀山千広、元フジテレビ社長、現BSフジ社長)や日枝さん(日枝久、元フジテレビ社長、現フジサンケイグループ代表)が説明すべきだ。彼らは実際に中居問題含めて現場だったり責任者としてフジテレビにいたりしたわけだからね」
言わずと知れた「日枝さん」も御年87歳。フジテレビや産経新聞、ニッポン放送など傘下に持つフジサンケイグループの代表であり、フジテレビ元社長、現相談役でもある。「フジテレビの天皇」とも呼ばれ、2013年には旭日大綬章(旧・勲一等旭日大綬章)を受章している。それはそうだ、日枝さんが知らないわけがない。もちろん、「亀ちゃん」も。
ずさんで社会を舐めきったとされる会見と、肝心の当事者や当時の上が出てこないフジテレビの姿勢。これまでなら天下のキー局としてフジテレビデモだろうが大谷翔平の新居空撮だろうが意に介してこなかったはずが、ついに日本の名だたる企業70社以上がCM撤退、100社を超えるのは時間の問題で、それこそフジの番組はずっとACジャパンばかりが流れ続けるのは時間の問題だろう。通販番組すら逃げ出しかねない事態だ。
それでもこういう意見もあった。コンテンツも手掛ける広告代理店の40代プロデューサーの話。
「放送免許の取り上げはないしその必要はないと総務省も言ってますからね。実際に放送法や電波法に抵触したわけじゃない。あくまで倫理的な問題で刑事事件化もされていないわけですからね。放送免許を持つフジテレビという器が残る限り新たなスポンサーやコンテンツが持ち込まれてくることでしょう。イメージなんてそもそも気にしてないしテレビに出られればどうでもいいよという会社やタレントはいくらでもいるし、そういうイメージに無頓着どころか『それくらいいいじゃない』『そういうコンプラが面白さを無くす」って視聴者もいる、SNSにだっていくらでもいる。それに、ほとぼりが冷めれば普通に営業できるのはこれまでの大企業のパターンですからね。もっとも、CMの売上そのものは激減するでしょうが、フジテレビは『お台場不動産』で莫大な資産を保有していますから」
大山鳴動して鼠一匹とまでは言わないが、果たしてフジテレビの姿勢で切り抜けられるのか、いまや日本政府より怖い海外の投資ファンドが手ぐすねをひいている。そしてスポンサーだけでなくコンテンツも逃げ出しかねない事態になりつつある。いま放送している作品はともかく、アニメーションをフジテレビで放送すると言って原作者やそのファンが納得するのか、いまやコンテンツホルダーやその「推し」と放送局の立場は逆転している。ただ「放送免許」のみがフジテレビを守っていると言っても過言ではない。
かつて「母と子のフジテレビ」として『鉄腕アトム』をはじめ『ママとあそぼう!ピンポンパン』『ひらけ!ポンキッキ』といった知育放送局の顔もあったフジテレビ、中居氏も引退したいま、このままでは誰からも愛されないテレビ局になりかねない。そして、いずれ他のキー局も対岸の火事では済まなくなるであろうこともまた、確かなように思う。
【プロフィール】
日野百草(ひの・ひゃくそう)/出版社勤務を経て、内外の社会問題や社会倫理のルポルタージュを手掛ける。日本ペンクラブ広報委員会委員。