端正なルックスで人気を集める俳優の川野太郎さん(64)。ドラマでは刑事役を務めることが多く、そのほかワイドショー番組の司会からリポーターと幅広く活躍するバイプレイヤーは、お世話になった先輩として“昭和の名俳優”渡哲也さん(享年78)の名前を挙げる。一夜にして人生が変わった朝ドラ出演秘話や、渡さんの言葉で決断した結婚、そして現在について語った──。
「1つの人生だけではなく、いろいろな人生を味わってみたかった」という川野さんは、早稲田大学卒業後の1985年に最高視聴率55.3%を記録したNHK連続テレビ小説『澪つくし』で俳優デビュー。ヒロイン・沢口靖子の相手役を演じた。
「朝ドラ『澪つくし』の放送が始まって、一夜にして生活が激変しました。電車の中や道端で指を差されたり、声をかけられるようになり、大きめのサングラスをかけて電車に乗るようになりました。
ところが、坊主頭な役でしたのですぐにバレてしまい、当時の週刊誌にも狙われ、『なんだか窮屈な生活になったなあ』と思っていましたね。今、振り返ってもジェームス三木さんの脚本は本当に面白くて、いまだにあんなに軽快で深い脚本は、なかなかないと思います。脚本や役との出会いは、役者の人生を大きく左右するということを学ばせていただきました」
山口県で生まれ育ち、高校時代は甲子園出場3回を誇る山口県鴻城高等学校の野球部に入部。県大会決勝では、のちに広島東洋カープ で“炎のストッパー”と呼ばれた津田恒実投手と対戦した。
「高校1年生のときに、対戦相手が南陽工業に決まると先輩たちはみんな、『楽勝だ』と話していました。しかし、試合では私と同学年だった1年のピッチャーに手も足も出なくて、みんな3球三振でベンチに帰って来る。もちろん、私がバッターボックスに立った時も3球三振でした。『何だ、このピッチャーは』と思いましたね。
その後、高校3年生で津田投手率いる南陽工業は春の選抜大会で甲子園ベスト4にまで入り、あんなに活躍するとは思いませんでした」
大河ドラマ『花の乱』(1994)などを経て、1999年には井上真央の出世作となった人気ドラマ『キッズ・ウォー』(TBS系)で彼女の父親役を演じた。
「撮影中に真央ちゃんが足首を捻挫してしまって、腫れが引くようにと アイシングして手当てをしたのが印象深いですね。幸いにも回復が早く、すぐに撮影に戻れたので安心しました。
真央ちゃんは子役の中でも特に 演技がピカイチの実力でした。当時、彼女のお母さんに聞いたら『ホテルで1回台本を開いたら、ぱっと閉じてセリフをすべて覚えてしまっていた』そうです。今では本当に素晴らしい女優さんになりました」
プライベートでは1991年に大学在学時に出会った現在の妻と結婚。2人の子宝に恵まれた。川野さんは「渡哲也さんの助言で結婚を決めました」と、打ち明ける。
「渡さんとはドラマ『代表取締役刑事』(テレビ朝日系)で共演させていただきました。あるロケの日に渡さんの専用ロケバスでお話をしていたところ、『付き合ってる子はいるのかい?』と聞かれ、業界の方には誰にも話していませんでしたが、渡さんには正直に『います』と答えました。
すると、『何年くらい付き合ってるのか』なども聞かれ、『9年か、それは結婚するな』と言われ、渡さんが奥さまと結婚した経緯のお話も聞かせてもらいました。大先輩の貴重なお話を聞かせていただき、自分も背中を押されたように感じて『結婚しよう』と決めることができたのです」
長男の川野雄平さん(29) も川野さんと同じ俳優の道へと進み、映画、舞台などで芝居と向き合う日々。そして現在、舞台『爺さんの空』(池袋シアターグリーン)で主人公の特攻隊員役を演じている。また、同舞台には父親の川野さんも出演し、初の親子舞台共演を果たした。
「大変な世界なので、最初は我が子が役者の道に進むことは反対していましたが、それでも夢を持ってチャレンジする姿に胸打たれ、今では応援してあげたいという気持ちになっています。舞台初共演については……“アメイジング”っていう感じでしょうかね。親がいうのもなんですが、息子は役者としていい原石だと思っています。磨きを重ねて、本当に光り輝いてほしいと思いますが、ただの原石で終わってほしくないという思いもありますね」
役者の“原石”に、偉大な父の背中はどう映るのか。今後が期待される。