1月15日、日本時間15時11分、場所は米フロリダ州にあるケネディ宇宙センター ──。その射場からスペースXのロケット「ファルコン9」が打ち上げられると、東京の会場で画面を見つめた400人の観衆が一斉に歓声を上げた。
この日、ファルコン9に搭載されていたのは、日本の宇宙ベンチャー・アイスペース社の月着陸船(ランダー)と小型月面探査車(ローバー)である。ランダーには「レジリエンス」、そして、ローバーには「テネシアス」という名前が付けられていた。同社のファウンダーで代表取締役の袴田武史さんは言う。
「どちらの名前にも、『再起する』『粘り強い』という思いを込めています」
2年前、同社は民間企業として初の月面着陸を目指してランダーを打ち上げた。だが、1機目の月面着陸には失敗。その経験から分析と改善を繰り返し、2度目の挑戦となるのが今回の「ミッション2」だ。
「再チャレンジが前向きに許容されることは、日本の社会にとっても非常に重要です。最後までやり切ることで、次の挑戦への扉が開くと信じています」(袴田さん)
ミッション2ではランダーでの月面着陸に加え、探査車による月面探査を実施。月の「レゴリス」(砂)を採取し、所有権をNASAに譲渡する世界初の「月面資源商取引プログラム」が行なわれる。
また、ランダーには高砂熱学工業の「月面用水電解装置」などが搭載されており、月面での水素と酸素の生成にも挑戦する。「人類の生活圏を宇宙に広げ、持続性のある世界へ」をビジョンに掲げる同社は、このプロジェクトを「月と地球との間に“シスルナ(cislunar)経済圏”を構築していく」という壮大な目標の最初の第一歩と位置付けている。
ロケットの燃料に月の水を活用
袴田さんは言う。
「我々の目標は、人類が宇宙に生活圏を築けるようにしていくことです。そのためには月の資源を活用し、経済圏を構築する必要があります。まずは月に存在する水を水素と酸素に分解し、それをロケット燃料として利用することなどを通して、宇宙開発のコストを削減していく。多くの人々を巻き込む『渦』を作っていきたいと思っています」
打ち上げの日、日本の会場には、ゲストとして宇宙飛行士の山崎直子さんも参加していた。今回の月探査の挑戦について、山崎さんはこう話した。
「私たちの生活圏や経済圏は、現在、地球上だけで完結しています。それを月や宇宙にまで広げようとするうえで、不可欠なのが民間の力です。
また、こうした挑戦は単に技術や経済の話だけではなく、私たちが『地球上だけの生き物』であり続けるのか、それとも『宇宙にまで広がる生き物』になるのかという分岐点にもなっていくと言えるでしょう」
その日、ファルコン9に格納されたランダーは、日本時間の16時44分に切り離された。月までの距離は38万キロ。着陸まで4~5か月に及ぶ長い旅が始まった。
取材・文/稲泉連
※週刊ポスト2025年2月7日号