1月19日夜、午後6時すぎ、神戸市北区にある神戸山口組・井上邦雄組長の自宅で火災が発生した。一帯は消防車や救急車の赤色灯で真っ赤に染まった。火は約30分で消火したが、井上組長宅に停車中の自家用車と、自宅のフェンスや物置の一部などが焼けた。幸い怪我人はなかった。井上組長は在宅中だったという。
抗争中の暴力団トップ宅で発生した火災だったため、兵庫県警の警察官が現場に向かうと、敷地内から出てきた男と鉢合わせした。男は手に拳銃らしきものを持っており、警察官に銃口を向けたため、すぐさま公務執行妨害で現行犯逮捕されている。
取り押さえられた不審者の身元はすぐに割れ、鈴木正二容疑者(75)と判明した。数年前に破門されるまで、六代目山口組國領屋一家に舎弟として在籍しており、國領屋一家傘下である八代目霊岸島桝屋服部会(以下、服部会)の会長を務めていた元幹部だ。
鈴木容疑者は用意したロープを使って井上組長宅に侵入し、駐車場に泊まっていた白いプリウスに火炎瓶を投げて全焼させたらしい。拳銃を所持していたのだから、騒ぎで表に出てきた組員、もしくは井上組長の殺害を狙っていた可能性もある。取り調べには「記憶が飛んでいて覚えていない」と容疑を否認しているという。
井上組長の自宅はこれまでも襲撃のターゲットにされている。2022年6月5日には、白昼に17発の銃弾が撃ち込まれ、実行犯の六代目山口組系組員に懲役10年の実刑判決が下された。約1年後の2023年6月には、同じく六代目山口組系の組員が井上組長宅付近でガソリンを撒き、所持していたライターで放火しようとしたとして逮捕された。井上組長が執拗に何度も狙われるのは、頑として神戸山口組の解散に応じず、抗争終結を阻害する元凶と目されているからだ。
神戸山口組と六代目山口組・國領屋一家との遺恨
神戸山口組は山健組をはじめとする主要組織が離脱し、旗揚げに参画した多くの組長が引退してしまった。発足時からは大幅に勢力を減らしている。
「六代目山口組とのあいだに、ここまで大きな差がついてしまった以上、もはや抗争を継続するのは難しい。事実、神戸山口組からの攻撃はほぼなく、防戦一方になっている。若い衆の未来を考え、手打ちをしたらどうだという申し出をしても、井上組長は聞く耳を持たないそうだ。ならば無理矢理、暴力でねじ伏せるしかない……となり、攻撃が集中しているのだろう」(他団体幹部)
もともと神戸山口組と國領屋一家には遺恨がある。
2016年8月10日、静岡県浜松市の國領屋一家の本部と、國領屋一家の傘下にあった服部会の事務所に、立て続けにトラックが突っ込んだのだ。トラックはいずれも盗難車で、実行犯は神戸山口組系の組員だった。加えて鈴木容疑者の服部会は、トラックが突っ込まれた2年後、住民や弁護士、警察との協議によって事務所を撤去している。
「八代目霊岸島桝屋服部会」の名前にある「桝屋」の一統はテキヤ系組織である。浜松市が編纂した市史には昭和40年頃の市内についてこう言及がある。
〈当時市内に的屋(てきや)祭礼・縁日または繁華街の路上等で客を集め、品物を売る商人。香具師(やし)霊岸島桝屋一家服部組と博徒国領屋が勢力を二分していた〉(『浜松市史・五』)
テキヤは分家を繰り返して増殖するが、「桝屋」系統の中でも、現・服部会は山口組の代紋を持つ実力派として知られていた。ただし今は警察のマークが厳しく、指定暴力団の代紋を持っているとお祭りに露店を出せない。そのためテキヤ系組員の偽装破門はどの組織でも横行している。
2005年あたりから、雑誌の取材で集合写真を撮ることになっても、露店でバイ(編注:商売)を行なう組員らは写真にうつり込まないようになった。いっそ本当に脱退すればいいと思うのだが、それなりのメリットがあるのか、暴力団が金づるを手放さないのかは判然としない。
鈴木容疑者が実行犯としてうってつけな理由
今回の事件は2016年に起きた事件の報復だろうか? かつて『マル暴』だった警視庁の退職警官が語る。
「昭和の抗争は即座に報復するのがセオリーだった。身内が殺されると、ヒットマンは葬儀にすら出席せず地下に潜った。対して現代の抗争は『忘れた頃に報復する』スタイルに変化している。暴力の代償が大きいので何度も攻撃できないし、確実な戦果を上げるため、相手の油断を待つ必要があるのだ。とはいえ、今回はあまりにも期間が空きすぎている。2016年の報復なのか断言できない」
何者かに依頼されて事件を起こし、報復を偽装した可能性もあるという。車両が突っ込んでも器物損壊程度で、いきなりトップの命を狙うとは考えにくいからだ。加えて当事者同士に遺恨があれば、裁判になっても「自分のメンツを回復するために報復した」という犯行動機にリアリティが生まれる。
「抗争事件では、組織の上層部に責任を波及させないよう、細心の注意を払わねばならない。六代目山口組のために事件を起こしたと判断されないよう裁判を戦うには、破門者である事実と、かつての遺恨はうってつけの材料」(同)
もしも老齢のヒットマンが何者かの指示で神戸山口組関係者を殺したとしても、積年の恨みを晴らしたと供述すればいい。裁判用の調書はその筋書きで巻ける。
とはいえ、狙ったターゲットが拠点に籠もってしまうと簡単には襲撃できない。昭和の山一抗争では、四代目竹中正久組長が殺害された後、殺された親分の子飼いである竹中組組員が執拗に一和会トップの命を狙った。仇討ちに執念を燃やす現山口組若頭補佐・二代目竹中組・安東美樹組長は、要塞化した自宅に籠城する一和会会長に対し、ロケットランチャーを発射したが失敗している。
令和の時代、さすがに住宅街で重火器は使えないだろう。そんな無軌道はできっこない。しかし、手をこまねいていたら時間だけが過ぎ去っていく。六代目山口組トップの司忍組長は、今年の1月25日に83歳を迎えた。膠着化した局面を一気に変えようと、分裂抗争が過激化する可能性はある。
◆取材・文/鈴木智彦(フリーライター)