たとえ一刻を争う事態だとしても、男性が女性にAED(自動体外式除細動器)を使うと訴訟されるリスクがあるのか? 近年、SNSを中心に喧々囂々の議論が巻き起こっている。
AEDとは、電気ショックを与えることで心臓に正常なリズムを取り戻させる医療機器だ。医療機関はもちろん、公共施設や商業施設など人が大勢集まる場所に設置されており、一般市民も使用することができる。
AEDを使うには、相手の胸に電極パッドを直に貼る必要がある。だが、女性の衣服や下着を脱がせることに躊躇する男性もいるだろう。そこで各自治体などは、〈服をすべて脱がせる必要はなく、下着をずらして貼ることで対応できます〉といった、女性に配慮したAEDの使用方法を啓発している。
しかし、“女性に配慮してAEDを使うのが望ましい”という話題が、近年、思いも寄らない方向に進んでいる。
「ネット上で、『肌に触れる以上、男性が女性にAEDを使うと訴訟などのトラブルに発展するリスクがあるのではないか』という議論がたびたび巻き起こっています。〈女性は冤罪をでっち上げる〉といった性差別的な意見や、〈実際に自分は訴えられた〉という真偽不明の体験談などが飛び交い、もはや議論と呼べない様相を呈することがほとんどです」(ネットの炎上に詳しいライター)
1月20日に生放送されたABEMAの報道番組『ABEMA Prime』では、過去にAEDを使って女性を助けたあとに、強制わいせつで被害届を出されたという男性に取材している。
「番組によると、その男性は、道にひとりで倒れていた女性に心臓マッサージを施しつつAEDと毛布を用意したそうです。毛布の中で女性の衣服をめくり電極パッドを貼り付けてAEDを使用し、救急車を呼び自身も一緒に病院へ。看護師に名刺を渡して帰宅したところ、数日後、警察から『強制わいせつ罪で被害届が出ている』と事情聴取を受けるはめになったといいます。被害届を出したのは女性の親で、女性が説得してくれて和解で決着したとのことでした。
番組では直後に『民事訴訟のリスクはゼロではないが、極めて低い』や、『女性へのAED使用で逮捕など聞いたことはない』という弁護士のコメントも紹介されていました。しかし男性の証言だけが切り取られてSNSで拡散され、〈やはりリスクでしかない〉という声が広がりました」(前出・ネットの炎上に詳しいライター)
一方で、男性の証言の信憑性を疑う声もある。東京医科大学病院救命救急センターで救急医を務めた経験もある現役医師の鎌形博展氏が、違和感について指摘する。
「心臓マッサージをしつつAEDと毛布を用意したそうですが、毛布はどこから出てきたのでしょうか。また、『毛布の中で衣服をめくって電極パッドを貼り付けた』といいますが、僕がAEDを使うとしても毛布の中でパッドを貼るのは難しいです。
いくら救命活動に関わったといっても、通りすがりの第三者が救急車に一緒に乗ることは普通ありません。基本的には救急車に引き渡して終わりで、そのときに救急隊に連絡先を聞かれることはありますが、看護師に名刺を渡すとは聞いたことがない。また、常識のある救急隊員や看護師であれば、本人の了承を取らず勝手に連絡先を第三者に教えることもないはずです。
被害届を出した親を女性が説得して和解で決着したといいますが、正直なところ、AEDを使うほどの状態に陥った女性が短期間でそれほど回復するケースはかなり珍しい。“可能性はゼロではないが、極めて低い”という要素がいくつも重なったエピソードのように感じます」(鎌形医師)
鎌形医師は、「男性が女性にAEDを使ってトラブルになった実例なんて聞いたことがない」と断言する。
「SNSでこの手の話題は盛り上がりますが、現実にありえない事象について議論するのはナンセンスでしょう。たとえメディアが問題提起するにしても、世間への影響を考えたら相当慎重に取材すべき事案です。少しでも多くの命を救うためにAED講習会などの啓発活動をしている人たちの気持ちを踏みにじっているように感じます」
証言の裏取りも含めた取材の経緯についてABEMAに問い合わせたところ、広報部は「大変申し訳ございませんが、番組制作の過程については、回答を差し控えさせていただきます」と回答した。
AEDをめぐる議論は命にかかわることもある。慎重かつ冷静に進めていくべきだろう。