ドジャースの元通訳の水原一平被告(40)が、大谷翔平(30)の口座から不正な送金を行なったとして、銀行詐欺などの罪に問われている裁判。2月6日(日本時間7日)に予定されている量刑言い渡しを前に、水原一平被告が裁判所に提出した減刑を求める申立書が公開されるなど、裁判は佳境を迎えている。
「私はギャンブル依存症だった」と悪意を否定した水原被告に対し、検察側は「ギャンブル依存症ではなく、その強欲さが原因だ」とし、双方の主張は対立。会社の資金から約106億円をギャンブルに溶かした井川意高氏は、水原被告の“心境”についてどう考えるのか。ノンフィクションライターの水谷竹秀氏がレポートする。(以下、敬称略)【前後編の後編。前編を読む】
取材に3度のリスケ
大手製紙会社「大王製紙」の前会長、井川意高へのインタビューは、3度のリスケを経てようやく実現した。3度目を申し出てきた時は当日のドタキャンで、井川は仲介者を通じてこんなメッセージを送ってきた。
〈決してライターさんを蔑ろにしているわけではなく、どうしてもまだ帰国できない状況でして……実は、韓国のカジノで大負けしていて、ずっと粘っているのです。取材だけではなく、他の予定も全てリスケリスケで裏切るハメになってまして……〉
さすがは精神科医から「ギャンブル依存症」と診断されただけのことはある。
井川はカジノで106億8000万円を失った体験を綴った『熔ける』(幻冬舎文庫)のなかで、診断の事実について触れている。だが、その内実は次のような話だったと明かす。
「裁判で情状酌量を認めてもらうため、アルコール依存症とギャンブル依存症の診断書をもらってきてほしいと弁護士から言われまして。それでツテを頼った先生の病院へ通ったら、『どういう診断書を書いてほしいかわかっていますから』と告げられました」(井川、以下同)
こんな大人の事情から、井川は「ギャンブル依存症」と診断されたのだ。
「今回、取材を2回も3回もリスケしてもらったのは、負けを取り戻そうと思ったからです。一昨年はカジノに1回しか行ってませんし、その前もずっと何年も行ってません。確かにギャンブルをやっているときは楽しいですが、やらないと禁断症状が出るとかそういうわけではありません。刑務所に収監されていた3年2か月の間も、博打がしたくて手が震えるなんてことはないので」
特別背任罪に問われ懲役4年の有罪判決を受けた井川が出所したのは、2016年暮れのことだった。以降、カジノにはシンガポールや韓国を含めて数回しか行っていないという。シンガポールに1か月滞在した時は「お腹がいっぱい」になり、しばらくカジノから遠ざかった。
「カジノは自分から行こうっていう感じではないですよね。友人と一緒に行ったら、そのまま1か月ぐらいいるとか。やってみたらついつい、負けた分が腹立つから、畜生、取り返そうと思って長居してしまうのです」
「ギャンブルをやるのに、仕事のストレスは関係ない」
世界保健機関(WHO)は、ギャンブル依存症について「病的賭博」という表現で正式な病気と認定している。米国の精神医学会が定める診断基準でも「ギャンブル障害」と分類されている。国際的にもギャンブル依存症は「病気」と位置付けられているのだが、アルコールや薬物と比較すると社会的な理解はまだ得られていないだろう。
井川自身は、ギャンブル依存症という用語にそもそも違和感を覚えており、「病気」とカテゴライズする考え方にも異を唱えている。それゆえギャンブルにハマって大金を失うのは、自身も含めて「自己責任だ」と言い切るのである。
「私は結果的に他人に迷惑もかけて申し訳ない気持ちがあるので、偉そうなことを言える立場ではありません。ですが、基本的に自分の行動は自分の責任だと思っている人間です。私の友人で、『精神科は何でも病気にする』と呆れている医師もいます」
水原被告は昨年3月の騒動発覚直後、ドジャースのチームメートを前にギャンブル依存症であることを告白した。今年1月に米連邦地裁に提出した申立書でも同様の主張をしている。その理由として水原被告は、大谷選手の通訳としてだけでなく、身の回りの世話もこなし、24時間体制で対応に当たっていたという過酷な労働環境を挙げた。さらに妻がグリーンカードを所持していないためにアメリカと日本を行き来せざるを得ず、その渡航費を負担するなど経済的に厳しい状態にあった。
そんな最中に出会ってしまった胴元が運営するスポーツ賭博に手を出し、借金が雪だるま式に膨らんでしまったというのだ。
「翔平のお金を使う以外に(胴元に)支払う方法が見つけられなかった。私は当時、恐ろしいほどの依存状態に陥っており、ギャンブルをやっている時だけ人生に希望を見出せた」(水原被告の申立書より)
このような言い分に対し、井川はずばり言う。
「ギャンブルをやるのに、仕事のストレスとかは関係ないです。それは私も含めてですが、弁解の余地なしです。好きなやつは好きなんですから。『ギャンブル依存症という病気』と捉えるのは勝手ですけれども、結局そんなものは自分がギャンブル好きだからっていうだけの話です。病気だからと言って許される話でもありません。やっぱり庇う点はないですよね。大谷さんのお金ですから」
水原被告より1桁多い106億円も溶かした人間からこうも断言されてしまうと、返す言葉もない。それでも同じ億単位のお金を失った者同士、理解できる部分はあるようだ。ギャンブラーの先輩として、井川は水原被告にこうエールを送る。
「元々は禁錮30年になると言われていたのが、司法取引で5年になるのならみっけもんじゃないですか。私だって3年2か月行ってきたんですから。出てきたら、僕のYouTubeで対談しましょう」
この対談が実現すれば、水原被告の賭博騒動について語った動画で記録した「3日で160万回視聴」をはるかに超える再生回数を記録するだろう。
水原被告への量刑は、間もなく言い渡される。
(了。前編から読む)
【プロフィール】
水谷竹秀(みずたに・たけひで)/ノンフィクションライター。1975年生まれ。上智大学外国語学部卒。2011年、「日本を捨てた男たち」で第9回開高健ノンフィクション賞を受賞。最新刊は『ルポ 国際ロマンス詐欺』(小学館新書)。10年超のフィリピン滞在歴をもとに「アジアと日本人」について、また事件を含めた現代の世相に関しても幅広く取材。2022年3月下旬から2か月弱、ウクライナに滞在していた。