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《今の世の中、殺伐としている》劇団の平均年齢54歳、福田転球、山内圭哉、長塚圭史、大堀こういちが挑む舞台『花と龍』の込められた想い「人としてどうあるべきか」

NEWSポストセブン 2025年2月7日 7時15分

 これまで主演・高倉健や石原裕次郎、渡哲也らで何度も映像化されてきた人情活劇『花と龍』。本作がKAAT(カート)神奈川芸術劇場と演劇ユニット「新ロイヤル大衆舎」により舞台化され、この2月8日から同劇場で上演される。

 時は1900年代前半、炭鉱で賑わった北九州の港を舞台に、ゴンゾとよばれる石炭荷役労働者・玉井金五郎とその妻・マンをめぐる長編ロマンの魅力に加え、通常1200席(今回は桟敷ありの変則で数百席)のホールの舞台上に屋台を並べ、桟敷席や花道をしつらえるなど、注目が集まっている。なぜ今、『花と龍』なのか。「新ロイヤル大衆舎」の4人である福田転球さん(56)、山内圭哉さん(53)、長塚圭史さん(49)、大堀こういちさん(61)に話を聞いた。

KAAT芸術監督・長塚圭史さん発案で3年がかりで実現

『花と龍』は昭和の戦前・戦後に活躍した芥川賞作家・火野葦平による長編小説。読売新聞に1952年から1953年まで連載され、ベストセラーとなった。本作を舞台化する企画は、KAATの芸術監督を務める長塚圭史さんの発案から始まった。

「『新ロイヤル大衆舎』が2021年にKAATで『王将 -三部作- 』を上演した後、以前から気になっていた小説『花と龍』を電子書籍で購入し、KAATへ通う電車の中で読み始めたんです。これがめっぽうおもしろくて、降車駅に着いても読むのをやめられないほどでした」(長塚)

「新ロイヤル大衆舎」で舞台化したいと考え、すぐに福田さん、山内さん、大堀さんにも「読んでほしい」と伝えたという。メンバーもKAAT側も好感触。しかしながら、スケールの大きな長編とあって“とっかかり”がつかめず、実現までに時間を要した。

「まず、どういうキャスティング、座組(スタッフを含めたメンバー)でやるか。『新ロイヤル~』は4人ですし、『花と龍』の主人公・玉井金五郎は20代ですが、『新ロイヤル~』の看板俳優の福田転球さんは50代ですから。みんなでいろいろ考えた結果、芝居は芝居。想像力で観るものなので、『新ロイヤル~』が関わる以上は“転球さん主演でやろう”と決めました。

 金五郎の妻・マン役はイメージがピッタリの女優・安藤玉恵さんを推し、快諾していただきました。安藤さんの作品はいろいろ観ていましたし、以前、KAATの舞台に立っていただいたこともあり、オープンマインドで素晴らしい役者さんだと思っていました。

 ほかのキャストもKAATや『新ロイヤル~』と相談しながら、提案や推薦、オーディションで徐々に決まっていきました。金五郎の弟分・新之助役は“2.5次元”俳優として人気の33歳の松田凌君。彼は小劇団の芝居もよく観ていて、山内(圭哉)君のファンだったりもして、参加を前向きに考えてくれました」

 長塚さんの妻は人気女優の常盤貴子さん(52)。妻・マン役に常盤さんを起用する考えはなかったのだろうか。

「妻は『新ロイヤル~』の最初の舞台『王将』のときに、だいぶん巻き込んでしまいまして。『王将』は伝説の棋士・坂田三吉とその妻・小春の物語ですが、『小春は誰がいいかな』と考えたとき、そういえば『うちにすごくいい女優さんがいるな』、と思いお願いしてみたところ、快諾してくれました。

 初演はわずか80席の下北沢の小劇場『楽園』での公演で、劇団員と一緒に準備やバラシ(片付け)をやったり、みんなのご飯を炊いたりしてくれてありがたかった。またぜひ参加してほしいですね」

 夫婦共演はまたの機会となりそうだ。

落語のような“語り”で3時間もの長芝居を展開させる手法を採用

 壮大な『花と龍』を1本の舞台作品にする難しさは、“語り”を取り入れることでクリアした。「新ロイヤル~」の初作品『王将』でも取り入れた手法で、「新ロイヤル~」のリーダー・大堀こういちさんがスーツに蝶ネクタイ姿で時代背景や情景を“語り”ながら、観客にわかりやすいよう場面展開をしていく。

「落語をイメージしていただければわかりやすいかもしれません。僕が『ここは山』といえばそこは山での場面になる、というように、僕の言葉からお客さんに想像力を膨らませて観ていただきます。この自由さこそ演劇のおもしろさでもあります。

 僕は語りながら親方やなんでも屋の親父を演じたりもするので、なかなか厳しい、いや楽しい挑戦ではあります。(長塚)圭史君からは、いつもこうした難しい課題を与えられるんですよね(笑)。でも、それをやり遂げたときの喜びは大きい。今回もやり甲斐を感じながら、頭の普段使わない部分の筋肉を使って取り組んでいます」(大堀)

 大堀さんは「劇団健康(現・ナイロン100℃)」出身。ドラマや映画にも出演するほか、“フォークシンガー小象”として音楽活動も行う。そして、2017年「新ロイヤル~」結成。どういう経緯で結成したのだろうか。

「実は、ちょっと小銭を稼ごうかと思って企画したんです(笑)。もともと知り合いだった(福田)転球さんに台本を書かせて、圭史君が演出し、山内(圭哉)君にも声をかけて200~300人の劇場でやれば、お客さんは来てくれるんじゃないか……と。

 ところが、最初に提案してみた圭史君があんまり乗り気じゃなかった。一度は諦めかけていたところ、圭史君は気にかけてくれていたみたいで『「王将」をやりたい』と言い出して。それが始まりです」(大堀)

 最年長の大堀さんがリーダーを務めるが、「新ロイヤル~」を実質的に引っ張るのは最年少の長塚さんと山内さん。ユニット内でうまく役割分担してきた4人は、これまでケンカはゼロなのだとか。

主演の福田転球さんは稽古時間外も自主トレに打ち込む

 主役・金五郎を演じるのは、「新ロイヤル~」の看板俳優・福田転球さん。大阪芸術大学舞台芸術学科卒で長年、劇団「転球劇場」を率いてきた。演出や脚本を手がけ、舞台をはじめドラマや映画で俳優としても活躍する。『花と龍』では約3時間の長芝居の主人公として、観客の視線を一身に受ける。

「みんながもつ金五郎のイメージは、高倉健さんや石原裕次郎さんのような二枚目。僕は二枚目じゃないですが、芝居は“思い込み”で観るものでもあるので、お客さんをどれだけ思い込ませることができるか。毎日みんなと稽古を重ねながら、改めて大変な役やな、と実感しています。みんなに支えられながら、でも主役に選んでもらった以上はそこに甘えずやろう、と思っています」(福田)

『花と龍』は作家・火野葦平が自身の両親をモデルに描いた作品。実際の金五郎の顔は高倉健や石原裕次郎より、福田さんに似ているようだが、肉体労働をしていたので筋肉隆々だった、とも描かれている。

「ダンベルを買って筋トレしています。どれだけやってるか? 『そんなにやって、その程度!?』と思われたら嫌なので秘密です(笑)。体力的には全然問題ありません。傾斜のあるところを駆け上ったり降りたり、立ってるだけで体幹がつきそうな装置の上で毎日稽古しているので、自然に鍛えられてます」(福田)

 福田さんにとっての難関は言葉だ。

「金五郎は愛媛・松山の出身で、北九州の港で働いています。だから、松山弁と九州弁を使いこなさないといけません。僕は大阪の出身なので、どうしても大阪弁が出てしまう。気持ちを込めた芝居のときほどそうで、稽古しながら『あ、違う』と自分でも気付きます。

 家に帰ってから練習のためにいただいた方言のテープを聞き直して修正する、その繰り返し。本番で松山や九州の方が観に来てくださったとして、もし方言で違和感をもたれたら、せっかくの芝居がもったいないので、本番までにしっかり仕上げようと思っています」(福田)

 舞台『花と龍』はKAATで上映後、「オーバード・ホール」(富山市)、「兵庫県立芸術文化センター」(西宮市)、「J:COM北九州芸術劇場」(北九州市)へと回る。

「『花と龍』を知らない人はいないという北九州でもやりますので、ぜひ多くの方に観に来てもらいたいですね」(福田)

「『花と龍』には今の世の中に欠けているものが、いっぱい描かれている」

 本作の音楽を担当するほかチラシの制作に関わったり、グッズのデザインやPRのためのYouTube動画の配信も手がける多彩な山内圭哉さんは、舞台上では金五郎の妻マンの兄・林助や金五郎の親方・永田、河童などを演じる。現在NHKで放送中の朝の連続テレビ小説『おむすび』や、『民王』(テレビ朝日系)シリーズなどでも活躍する売れっ子俳優だ。

「『花と龍』は1人で何役も演じるので、意外と出ずっぱりなんです。もっと出なくてもいいねんけど……というのは冗談で、玉井組の助役(ボーシン)役も演じているので、普段の仕事ではあまり絡まないようなタイプの若い連中と一緒にワイワイやれるのはおもしろいです」(山内)

 演劇は人と人が生で熱く芝居を繰り広げ、観客は目の前でそれを観ながら一体感を得られるのも魅力。『花と龍』の世界にも通じる。

「『花と龍』には今の世の中に欠けているものが、いっぱい描かれていると思うんです。思いやり、優しさ、想像力、正義感……。人としてどうあるべきか、とかね。『花と龍』で描かれている世界は、家族と仕事仲間の境がない。

 自分が子どもの時もそうやったなとか、でも、ウチの息子は今、23歳ですけど、息子が子どもの頃には、公園に友だちといるのに並んでゲームしたりしてましたからよそよそしく見えて、人間関係も変わってきたんやな……とか稽古しながら感じてます」(山内)

 金五郎は荒っぽい世界に生きながら暴力を嫌い、周囲に慕われ見込まれ、いつしか仲間の恵まれない境遇の改善に取り組むようになる正義感の強い男。原作小説を書いた火野葦平は実際の金五郎の息子だが、実は、アフガニスタンやパキスタンで医療活動や井戸の掘削に取り組みながら、2019年に凶弾に倒れた中村哲さん(享年73)は、火野の甥(金五郎の孫)だ。金五郎の正義感の強さや行動力は、中村さんに受け継がれていたようだ。

「原作はもちろんエンタメ小説なんですけど、虚構とばかりは言い切れないと感じますよね。『花と龍』には心が洗われる部分がある。今の世の中、殺伐としてるでしょ。足の引っ張り合いをしたり、嘘でも大きい声で言えばホンマになったり。漫画みたいな世の中になってきたな、と思います。そんな今だからこそ、みんなにこの『花と龍』をドーンと観せてやりたい。観てどう思うんやろ、って。幕が開くのが楽しみです」(山内)

取材・文/中野裕子(ジャーナリスト) 撮影/山口比佐夫

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