警備が厳重で関係者以外は立ち入れない場所なのに、なぜか見知らぬ人が入り込んでいた。そんな、ありえないことが起きることがある。岩屋毅外務大臣が外遊先から議員宿舎に帰宅したところ、面識がない女性と鉢合わせしたというのも、その類いの事件だ。臨床心理士の岡村美奈さんが、そこを日常的に利用する人や、警備を担当する人たちが陥りやすいバイアスの積み重ねについて分析する。
* * *
1月末、X(旧ツイッター)でトレンド1位になったのが「見知らぬ女」というワード。何かと思えば、トランプ大統領の就任式で米国に外遊していた岩屋毅外務相が、東京・赤坂の衆院議員宿舎に帰宅したところ、部屋に見知らぬ女がいて鉢合わせしたという。いったいどういうことなのか。
事件の真相を、元衆院議員の宮崎健介氏がABEMA TVの「ABEMA的ニュースショー」で関係者に聞いた話として、「いろんなものが掛け合わさって、起こってしまった事件、事故なんです」と明かしていた。当初からこのニュースに緊迫感はなかったから、ネットでは「愛人では」「ハニートラップ?」と、岩屋氏との関係性を疑う声も出た。そう思うのも無理はない。議員宿舎といえば入り口には守衛やスタッフがいて、セキュリティーがしっかりしているというイメージしかないからだ。
林芳正官房長官は1月30日の記者会見で、「関係者以外の立入事案があったことは事実」と赤坂の宿舎への不法侵入があったことを認めた。岩屋大臣もマイクを向けた記者たちに「事実ですけどね。すぐにお帰りいただいたんですが、何の被害もありませんでした」と少々困惑気味の声で述べ、警察当局や宿舎の管理会社に対して「警備がこういうことがあってはならない、さらにしっかり強化をしてもらいたいと申し上げた」と語った。
女性が部屋に入っていたのは、岩屋氏自身が自室のカギをかけ忘れて出ていたからだ。そのためかコメントは不法侵入した女性に敬語を使うというおかしなもので、警察に通報すらしていないのだ。にわかに信じがたい対応に、岩屋氏の危機意識の緩さを危ぶむ声が聞こえてくる。
機密情報を持つだろう大臣が、部屋にカギも掛けずに外出するという事実は衝撃的だ。宮崎氏によると「議員って、赤坂宿舎で鍵を掛けない人が多いんですよ。セキュリティーバッチリだから。(住んでいる人が)議員なんで変なことする人はいないだろうという前提でいるので、岩屋さんもカギをかけてなかった」という。昨今、安全神話が崩れてきた日本の中で、議員宿舎には神話が残っているらしい。巷とはかけ離れた環境にあるようで、ここなら問題ない、私だけは大丈夫という岩屋氏の「楽観性バイアス」が鍵をかけなかった原因だ。
なぜ女性が宿舎に入れたのかについても宮崎氏が説明している。議員宿舎は青山と赤坂にあり、女性は先に青山へ行った。「その人が青山宿舎に行って『スタッフです』と言って岩屋さんの所に入ろうとした。そうしたら『先生は青山じゃなくて、赤坂ですよ』って赤坂に通された」という。普通なら「スタッフです」と名乗る者が自分の事務所の”先生”の宿舎を間違えるだろうか?と疑問に思うのではないか。それとも間違える人が多いのだろうか。
宮崎氏の説明によると、それで「青山の宿舎から赤坂の宿舎の方にスタッフ同士で『今から行きます』と言って、ちゃんとした人が来ると赤坂の人が捉えてしまって、部屋まで案内してしまった」ということらしい。青山の宿舎では「スタッフ」と名乗られたことで関係者と勘違いし、疑いを持たなかったのだ。「代表性ヒューリステック」によって、そう判断したのだろう。
代表制ヒューリステックは白衣を着ていると医者、バレーボール選手は背が高い、というような典型や、ステレオタイプ的なイメージ、過去の代表的な例との類似性に基づいて、直観的に判断してしまう傾向のことをいう。宮崎氏の言う通り、どちらもヒューマンエラーであり、思い込みによるバイアスが重なったことで起きた事件だ。怖いのは、通常の警備体制では予想しないことを普通に思いついて行動する人である。だがそうと思わず、被害がなく、安全とされる宿舎の環境に慣れてしまい「これくらいは大丈夫」と危険を軽視したからこそ、岩屋氏は女性をそのまま帰してしまったのではないだろうか。
警察当局や宿舎の管理会社に対して警備強化を言うだけでなく、自身の危機管理意識も見直してもらいたい。