「禁錮4年9ヶ月、賠償金は1697万ドル(約26億円)……」裁判官の声が、マイクを通じて法廷内に響き渡った。被告人席に座って耳を傾けていた水原一平被告(40)はその瞬間、口元も動かさず、微動だにしなかった––––。
ドジャース・大谷翔平(30)の口座から約1700万ドル(約26億3000万円)を不正送金したとして、銀行詐欺罪などに問われていた元通訳の水原一平被告(40)。ロサンゼルス現地時刻の2月6日午後2時半ごろ、検察の求刑通り禁錮4年9か月、1697万ドル(約26億円)の賠償金支払いの量刑が言い渡された。被告は控訴もできるが、司法取引で検察側と合意しているため、このまま量刑は確定する見込みだ。
刑期は満期を迎えられるとしても、約1700万ドルという大金の支払いは、被告にとって現実的ではない。一体どうなるのか。
減刑の願いは叶わず
朝から曇り空となったこの日、米カリフォルニア州サンタアナにある連邦地裁の法廷には、報道陣約50人が詰めかけた。水原被告の親族や関係者の姿は見当たらない。
正午過ぎに、水原被告が法廷に足を踏み入れた。ダークグレーのスーツ姿にネクタイを着用。代理人を務めるマイケル・フリードマン弁護士の後ろに続き、緊張した面持ちだ。昨年6月に行われた罪状認否から髪が随分と伸び、後ろ髪はスーツの襟にかかるほど。顔も少しふっくらしていた。2人は被告人席に着席すると、開廷までのしばらくの間、小声で話し合った。
午後1時、眼鏡をかけた裁判官が入ってきた。まずはフリードマン弁護士が証言台に立ち、身振り手振りを交えて最終弁論を行った。裁判官からコメントを求められた水原被告も証言台に立った。
「大谷選手やドジャースなど関係者に申し訳ない。私の罪を正当化するつもりもなく、罪を受け入れる準備はできている」
くぐもった声だったが、はっきりと自分の気持ちを伝えていた。しかし被告が申立書で訴えていた減刑の願いは叶わず、検察の求刑通りの量刑が言い渡された。閉廷後に立ち上がった被告の顔は、目元のシワが深く、こわばっているような表情だった。
法廷を後にした2人は、報道陣に取り囲まれたが、フリードマン弁護士が「ノーコメント」と力強く連呼し、エレベーターに乗り込んだ。地裁を出て歩く水原被告の周りには、さらに多くの報道陣が集まった。
「水原さん、最後ですよ。控訴しないですよね?」
報道陣が矢継ぎ早に質問を浴びせたが、水原被告は無表情で沈黙を貫いたまま、用意された黒塗りの車に乗り込んだ。
広報官が断言「50年かかっても…」
水原被告は今後、3月24日までにロサンゼルス当局に出頭し、指定された刑務所に収監される予定となっている。刑期を終えれば「日本へ強制送還されることがほぼ確実」と、フリードマンがこれまでの文書上で主張している。
一方、強制送還されることで被告にとって有利に働く可能性があるのは賠償金の支払いだ。被告が日本に帰れば、大谷側はアメリカの判決や支払命令を日本で承認し、有効にする手続きを取ることが必要になる。
加えて、支払命令に“時効”がつく可能性もある。『羽鳥慎一モーニングショー』(テレビ朝日系)は、「賠償金の支払い義務は20年経過すればなくなる」と国際弁護士の吉田大氏の見解を伝えている。
連邦地裁の賠償命令は日本でも有効となるのか。また、支払い義務に“時効”はあるのか。検察側の会見が終了した後、連邦検事局のスポークスマン(広報官)であるトム・モロゼク氏に疑問をぶつけると、強い口調でずばりこう答えた。
「この賠償命令は、水原氏が支払い終えるまで続く。彼が50年かかって支払いきれなかった場合でも、裁判所からの支払命令は残る。もし彼が日本へ強制送還されても、可能な限り賠償金を支払ってもらうため、我々はあらゆる手段を取る」
その方法とはどのようなものなのか。トム・モロゼク氏が続ける。
「水原被告から賠償金を集めるために、日本政府とどのように連携ができるのかを探る。日米間の司法協定もあるだろうが、その方法についてはまだ答えはない。確実に言えるのは、賠償命令は、支払いが終わるまで何十年かかろうがなくなることはない」
日本に強制送還されたところで、水原被告は賠償責任を逃れられない可能性がある、ということだ。約1700万ドルという大金は、並大抵のことでは支払える額でない。
犯した罪の代償は、あまりにも大きい。
◆取材・文/水谷竹秀(みずたに・たけひで):ノンフィクションライター。1975年生まれ。上智大学外国語学部卒。2011年、「日本を捨てた男たち」で第9回開高健ノンフィクション賞を受賞。最新刊は『ルポ 国際ロマンス詐欺』(小学館新書)。10年超のフィリピン滞在歴をもとに「アジアと日本人」について、また事件を含めた現代の世相に関しても幅広く取材。2022年3月下旬から2か月弱、ウクライナに滞在していた。