宝塚歌劇の名作『忠臣蔵』が、朗読劇として新たによみがえる。『忠臣蔵』は、江戸時代に起きた「赤穂事件」を題材に、命を懸けて主君の仇を打つ忠義や武士道を描き、300年以上ものあいだ演劇や映画として上演され、多くの人々の心を揺さぶり続けている。宝塚歌劇では、グランド・ミュージカル『忠臣蔵〜花に散り雪に散り〜』として1992年に雪組により初演され、旧宝塚大劇場の最終公演を飾った歴史的な作品でもある。自身の退団公演として大石内蔵助役を演じた杜けあきを中心に、作品の魅力を継承しつつ、歌と台詞の力を通じて、芝居としての新たな一面を届ける。
杜けあきに、当時を振り返りつつ、上演に向けた思いを聞いた。そして、現在Rakuten TVで配信している夢の音楽会「杜けあき・朝美絢」の収録について振り返ってもらい話を聞いた。
(写真・文:岩村美佳)
朗読劇『忠臣蔵』の意気込み・見どころ
ーー本当に夢の企画ですよね。
夢の企画!皆さんにそう言っていただけるので本当に嬉しいです。
ーーこの企画が上がったとき、どんなお気持ちでしたか?
本当に嬉しかったです。もう幸せいっぱいで。大切な大切なお役で作品ですから、もちろん宝塚で再演していただけるなら、して欲しかったですが、まだそういう機会に恵まれなかったので、それならば、もうやっちゃおうみたいな。自分たち当時の人間や、新しい方にも参加していただきながら、また新しい形でよみがえることになりましたので、本当に幸せという言葉しかないですね。
ーー朗読劇という手法があったんだなと驚きました。
あったんです!年月を経てみんなだんだんと以前のようには動けなくなってきて、覚えも悪くなっています。でも、朗読劇というのは、ずっとできる可能性がありますよね。眼鏡をかけてやる時代が来るかも知れないですけれど(笑)。そういう意味では本当に可能性を秘めている企画なのですごく楽しみですし、責任も重大ですね。今後に繋がるような作品にしたいと思います。
ーーさらに次の作品に繋がっていく可能性も大きいですよね。 ご出演される皆さんとはどんなお話をされているんですか?
みんなとにかく、「嬉しい、嬉しい、またやれる!」って。新しく参加してくださる方々は、当時観てくださっていたそうで、「この作品に参加できて最高です」といったお話をいただいています。演者もみんなすごく楽しみにしていますし、もちろんお客様の反応もすごかったです。
ーー情報を拝見した時に一瞬意味がわからなくて、どういうことだろうって確認しました。
ポスターには現役のときの写真が入っているから尚更でしたね。
ーー朗読劇と理解して、なるほど!と。
これは様々な可能性を秘めている素晴らしい企画で、OGとしてもありがたいなと思っています。私の上の世代のOGの方々ももちろんですが、どんどん卒業していくわけですから、どの人にも可能性が膨らむ企画だと思います。
ーー『忠臣蔵』をミュージカルとして上演し、名作として残ったこの作品の魅力を、ぜひ当時の思い出と共に伺わせてください。
一番は『忠臣蔵』という世界を、女性だけの劇団で、あのように華やかさをふんだんに入れながら、史実をもとに成立させたというのはとっても大きな功績だと思います。天国にいる柴田(侑宏)先生に、「先生、私達すごいことをやったんですね」と申し上げたいくらいの思いがあります。あの頃はもう無我夢中でした。自分にとってのサヨナラ公演であり、旧大劇場を閉める責任のある公演でもあったので、「感慨もひとしお」みたいな余裕はなく、ちゃんとやり遂げようという、自分の宝塚の集大成という思いが一番大きかったと思います。そして、朗読劇に形は変えど、今回は再演ですよね。今こうして32年経って、この作品をやることへの反響が、逆に当時への答えというか。作品への評価をすごく感じていて、やっぱり皆さん観たいんだ、聴きたいんだって。それもやっぱり生でということですよね。
ーーあの歌、あのセリフたちを、再び生で聴けるのは特別ですね。
自分のコンサートやディナーショーなどで、ちょっとずつ抜粋してやることはあっても、作品として丸々上演することはなかったわけですから。 内蔵助という人物の時間で、何時間も過ごすというのは本当に久しぶりなので、嬉しくて震える思いです。
ーー宝塚の名作は、いろいろと再演されてきていますが、このためにされなかったのかと思うぐらいに、本当に温めに温めた、満を持した感がありますね。
そうですね。やっぱりその時々の組の状況などが、適材適所に揃っていて、日本物を順番に積み上げてきた当時の雪組だったからできたと思いますし、柴田先生が魂を込めて素晴らしい本を書いてくださったということだと思うんです。みんなにとっての集大成だった気がします。
ーー柴田先生の名作は今もたくさん上演されていて、拝見するたびにそのセリフの美しさを感じます。
本当に心を震わせてくれますよね。
ーー杜さんたち演者の方にとっては、柴田先生が紡ぎ出す言葉にどんな魅力を感じていらっしゃいますか?
まず、覚えやすいですね。この作品は内蔵助も長いセリフが多いのですが、どういう表現をしたらいいか、魂にダイレクトに伝わってくるので、内容がすぐに体に入ってくるイメージなんです。言葉を通して思いが入ってくるという感じ。ご覧になっている方もそうじゃないですか?セリフがあって、なぜそこで震えてくるか、泣けるかと言ったら、その思いを感じるからでしょう。セリフが美しいから泣けるわけではなくて、思いが届いたから涙が出るという、そんな魅力がやっぱり柴田作品にはある。だから言葉は言葉でとても美しいですし、歌詞でもそうですが、独特の世界を持っているんです。本当に天才だと思いますが、先生自身が一番大切にしていたのはその言葉から伝えたい思いなんです。それを表現する喜びが私はありました。この言葉を通して一番言いたい思いはこれだよねっていう。だってセリフって裏腹のことも多いですから。
ーー確かに、人は思ってることをそのまま口にするかと、そうではないですよね。
人間の裏腹にあるその思いが伝わったときに、やっぱり人は感動するんです。それが演じるものの醍醐味でもあるというか。書く人もおそらく、それを演じて欲しくて書くわけだから。そういう喜びが作品の端々にあるような先生でした。
ーー柴田先生と作品作りをしていく中での、印象的な思い出はありますか?
厳しくても温かい、そんなイメージがすごくありました。『忠臣蔵』に関しても、先生の思いを汲み取りながら、そこに今度は自分の引き出しや、創ってきたもの、培ってきたノウハウを存分に味付けしながら、一緒に作っていく喜び。それがとても楽しかったです。
ーー本当に柴田先生もこの企画を喜んでいらっしゃるでしょうね。
先生も喜んでくださっているだろうなと思って、この企画が確定したときには、天に向かって「先生!やるよ!見守ってくださいね!」と言いました。
ーー歌でしたら例えばコンサートなどで聴く機会があると思うのですが、全編を通してというのは本当に貴重な、なかなかない企画だと思います。東京と大阪と3日間ずつという、すごくギュッとしたお時間ですね。
そうなんですよ!でも、これが大成功したら何回でもやれるんじゃないかと。今回観られなかったという方も出てくると思いますし。可能性は大きく、どんな風にも転がる。だから、夢があるなと思いますね。
ーーそして、歌も含めて聴けるのは、とても大きいことだと思います。
主題歌だけじゃなく、みんなが歌うたくさんの挿入歌がありますから、その点も楽しんでいただけます。私は内蔵助以外できませんが、これだけの人数しかいない中で、あの大作をやるわけですから、私以外はいろんな役をやるに違いないだろうという楽しみがありますね。みんなそれぞれ芸能界でも活躍しているので、培ったものをふんだんに使って、キャストも楽しみながら、いいものを作れればと思っています。
ーー昨年の宝塚歌劇 雪組 pre100th Anniversary 『Greatest Dream』など、OG公演にもご出演されていますが、皆さんと再会なさることはいかがですか。
OG公演は大きな劇場で出演者も多いので、下級生は「写真撮ってください」とか来てくれるけれど、たくさん話せる時間はなかなかないんですよね。 そういう意味ではお芝居を一緒にするというのはディスカッションも増えるだろうし、すごく楽しみです。
ーー杜さんご自身にとっても今回の公演は新しい体験のひとつなんですね。
初めてやる企画ですから、私にとっても未知数ですし、ちゃんと生まれたての気持ちで、もう1回向き合おうと思っていますが、私の中には大石内蔵助という人物が細胞の中に入り込んでいて、もう32年生きているので、やっぱりそこが活性化するんでしょうね。ギュッとした時間ではありますが、おそらく稽古もギュッとした時間になるので、頑張らなきゃって。
ーー演出の荻田(浩一)先生とは何かお話しなさっていますか?
少しお話ししています。荻田さんは、もちろん今も十分に活躍されていますが、これからますます活躍していく演出家さんでもいらっしゃるし、新しい風を『忠臣蔵』の中に入れてくださるのは間違いないと思っているので楽しみです。オーソドックスな部分は絶対に残したいですし、『忠臣蔵』という魂は揺るぎないものだから変えようがないけれども、朗読劇ということだったり、これだけの人数でやることだったりを考えると、ものすごく策は必要だろうなと思えるので、それを楽しんで一緒に考えてやりたいと思います。お客様が聴きたい、観たいものを作りたいですから、絶対に。
ーーお客様にお伝えしておきたいことはありますか?
当時観てくださった方もたくさん観てくださると思いますが、皆さんも同じように32年経っているので、同じ声で聴いたとしても、やっぱり感じ方は変わるだろうし、逆に変わらないものもあると思うんです。皆さんも成長しているわけですから、今なら理解できるという部分も出てくるでしょうし。なおかつ華やかさやキュンキュンする部分は当時を思い出して、若さを取り戻せると思うので、ぜひ楽しみにしていただきたいです。「あの頃、自分はこうだったな」という、一緒に振り返る時間にもなるのがOG公演だと思うので、そういうところもすごく楽しんでいただきたいと思います。
ーー昔の再演作品を今観ると、歌詞やセリフをすごく覚えていたりするんですよね。
その人の声だったりが、混ざったりしますよね。
ーー最近見たものって意外と細かいところまで覚えられていなかったりするんですが、なぜなんだろうと思ったりもします。
ご自分のいい時代、青春時代というのもひとつあると思いますが、やっぱり世の中ですよね。 世の中のスピード感や軽さというのは、どの世界にも必ずあることで、入ってくるけれどすぐ出ていくみたいな。それがちょっと怖いことでもあります。 これからの宝塚も、もう1回観たいと思われる作品がどれだけ残っていくかというのはひとつの勝負だと思いますし、そういう作品があれば何十年だって、100年単位で再演できるわけですよね。『忠臣蔵』という話は史実ですし、200年後に天国から「あ、『忠臣蔵』やってる」って観るかもしれません。そういう名作って不滅だと思うんです。
ーー本当にそうですよね。
そうやって思えるから、ことあるごとにもう1回活性化させるというか、もしかしたらこれをきっかけに宝塚自体が再演をするかもしれない、どう転がるかなんて本当に世の中わからないので、だから本当に楽しいです。夢がありますね。
夢の音楽会「杜けあき・朝美絢」のお話
●夢の音楽会「杜けあき・朝美絢」
ーーありがとうございます。夢の音楽会「杜けあき・朝美絢」の話もぜひお聞かせください。朝美さんとご一緒されたこの番組はどんな機会でしたか?
自分も反対の立場ならそうなるんだろうなと思うような、キャピキャピと、とっても嬉しそうに、涙を浮かべながら「よろしくお願いします!」とおっしゃって。その時に初めてお会いしたので、その第一印象が今でもすごく残っています。私をリクエストしてくださるのにすごく勇気が必要だったと、その思いがひしひしと伝わって来ました。まだトップになる前で、何でもいいから吸収したいという、なんていうんだろう、潔いんだけど清い、そういう思いみたいなものがすごく伝わってきて、もう何でも教えてあげたいと思ったのを覚えています。 まっすぐに向き合ってくれたので、私もどちらかというとまっすぐな人間なので、初対面から会話は弾みました。
ーー夢の音楽会は、デュエットで声を合わせるのと、お話しするという両面からの番組というのが面白い企画だと思うのですが。
歌は、『ベルサイユのばら』の「愛あればこそ」と、『忠臣蔵』の「花に散り雪に散り」で、実は男役にとってどちらもものすごくエネルギーのいる曲でした。 歌ったことがある人じゃないとわからないんですが、とても力の要る曲です。男役の発声というのは独特ですから、すごくエネルギーを使うんです。弾力性のある声帯じゃないと出せません。朝美さんも「すみません、大変な曲を2曲選んでしまいました。歌いたいと思って選んだけれど、いざ譜面が来て、曲が来て、練習したら大変な歌でした」と仰ったくらいです。
ーー『ベルサイユのばら』は先日上演されましたが、ご覧になりましたか?
残念ながら観られなかったんです。行く予定にしていたのですが、どうしても叶わなくなってしまって。「綺麗だったよ」と、観た方から聞きましたが、そりゃそうだろうなと!拝見していないので何にも言えないですが、ぴったりの役で良かったんじゃないかなと思いました。
ーー 一緒に歌われたときも、朝美さんのオスカルと、杜さんのアンドレでしたね。
私はやっぱりアンドレが主流なので。
ーーお二人で声を合わせて、いかがでしたか?
何の違和感もなく歌わせていただきました。現役男役の声というのは、すごく練られているので、いい声なんですよ。自分も以前はこういう声だったなとか思いながら…。私は女優という生活が32年続いていて、高い声もたくさん使わなければいけないので、今は男役の声と共存はできないんです。
ーーそうなんですか。
私の声帯では共存できなくて、男役の声を使っているときは、高い声では歌いづらかったです。できる人もいますよ。声帯の質ですから。そういう意味では、(朝美さんは)気持ちいいだろうなって思いました。男役の声というのは、稽古して練って練って作るものなので、稽古していればどんどん出るようにはなるんですが、すぐにできるわけではありません。普通の高い声で生活していたら、できることではないんです。だから、朝美さんの声を聞いて懐かしかったですね。ちょっとザラッとした男役の声をずっと使っていて。私も9回ぐらい潰していますが、粒子が粗くなって、例えばひとつの筒の中にいろんな色が出てくる声になってくるんです。だからこそいろんな役ができるんですけどね。その声で様々な歌を歌うと、すごく魅力的というか。今はある程度作らないと男の声が難しくなってきているので、3月の本番までに、作っていくことになりますね。
ーー夢の音楽会で聴ける声と、また朗読劇で聴ける声は違うでしょうね。
夢の音楽会では主題歌として歌っていますが、朗読劇は100%内蔵助になって歌うわけなので、違うとは思いますね。
ーー改めて夢の音楽会でぜひ聴いてほしいですね。
それから朗読劇『忠臣蔵』にいらしていただいてもいいかもしれませんね。
ーー朝美さんのお披露目公演も楽しみですね。
そうですね。 ベルばらに行けなかったから、それは約束してるんです。 トップになった公演を観に来てくださいって言われたから、「もちろん行きますよ!」って。
ーー夢の音楽会について、何かお伝えしたいことがあればお聞かせください。
年代が違っても、志してきたものとか、宝塚が持っている一番大切にしなきゃいけないものは共有できるので、親子みたいな年齢でも同じ方向を向いているんだなという部分。そして、宝塚の伝統だと思うんですが、上の人がいて、下の人がいて、またその下の人が上になっていってと、順繰りにチェーンのように上級生下級生が繋がっていく良さ。時代と共に作品や演技の質は多少変わってきたとしても、根本に流れるものは一緒なので。時が経っても、すぐ戻れる世界なんだなというのは自分も感じていますし、だからこそやるんですよね。遠く離れたらなかなかここに挑戦する気持ちにはなれないと思うんですが、明日やれるよっていう思いなんです。宝塚の男役って、そのくらい人生をかけてやってきた仕事というのかな。生半可な気持ちで、女性が男性を演じられないんですよ。
ーーだからこそ、観ている方の心を打つんですよね。きっと、そうじゃなければ伝わらないですよね。
普通の女性が女性の役をすることよりも、ずっと面白いけれど大変さがあるというか。自分の中のそういうエキスが、なかなかなくならないんですよね。声はなくなるけれど。 昔はこんなに高い声は出ませんでした。普段から(低い声で)「こんにちは」みたいな。一度母に電話したときに「どこのバーのマダムから電話がきたかと思った」と言われたくらいに、おそらく今より3トーンぐらいは低くて、ザラザラしていて、決して嫌いな声ではなかったですね。 そういう声を経て、突然女優に代わって、高い声を出さなければいけなくなって、本当に苦労しました。1ヶ月ぐらいは、朝起きると戻っていたから。
ーー逆に言うと1ヶ月でできるものなんですか。
次の舞台までに1ヶ月しか稽古がなかったので必死でしたね。高い声を出せるようになって稽古して帰ってくると、一晩寝たら戻ってるんです。それが1ヶ月ぐらい続きました。そういう意味では、やはり朗読劇はひとつの挑戦なんです。もしかしたら、ご覧になった方には、昔と違うと感じる方もいるかもしれません。でも、今やる意義を私達は感じているので、今だからできる深さや、もっと人間を知った上でやる『忠臣蔵』、そういうものを自分でも新鮮に感じられるんじゃないかなと思っているので、楽しみの方が大きいですね。
ーー楽しみにしております。沢山の素敵なお話をありがとうございました。