1996 年ブロードウェイ初演以降、世界各国で上演されている舞台『マスタークラス』が、日本で26年ぶりに上演される。才能に奢らず訓練を怠らず、そう⻑くはない生涯の中で栄枯盛衰を味わい、後世の歌手に多大な影響を与えたオペラ歌手マリア・カラス。現役引退後も実際に米ジュリアード音楽院にて次の世代の育成に努めた。オペラファンであり、カラスの大ファンでもあったアメリカを代表する劇作家テレンス・マクナリーが、ジュリアード音楽院で行われたカラスのマスタークラスの講義録をもとに、カラスの栄光と挫折の人生を描いた作品。望海風斗が偉大なマリア・カラスを舞台上に蘇らせようと挑戦し、森新太郎が演出を手掛ける。
インタビュー前編では、望海に舞台『マスタークラス』出演に向けた思いや新たな挑戦への意気込みを聞いた。後編では、『next to normal』再演に取り組んでいる思いや、昨年宝塚を退団した彩風咲奈や現雪組への思いなど、近況についても聞いた。
(文:岩村美佳)
※2024年12月にインタビュー実施
――舞台『マスタークラス』出演に向けて、準備をしながら今どんなことを考えていますか?
誰かと芝居をするという作品ではなく、マリア・カラスから出てくるものが重要だと思うので、本当に言葉一つひとつに実感を持たせないといけないと思い、そういう準備が大変だと感じています。歌うシーンはないですが、オペラを歌ってきた人の言葉の重みはあると思います。ずっとオペラをやってきた方と比べたらまだまだですが、イタリア語とオペラの発声を学び、そのレッスンを受けることによって、知ることができたこともあります。その上でマリア・カラスの歌を聴くと、何がすごいのかが少し分かるようになってきましたが、そういうちょっとした実感みたいなものを積み重ねていく準備は大変だろうなと思っています。
――何がすごいのかが少し分かってきたというのは、具体的に伺えることはありますか?
やはり発声ですね。パワフルな声も出るし、ソプラノの綺麗な高音も出るなどの技術面。オペラをされている方に言わせると、普通は声に合った役を選ぶものだそうなのですが、マリア・カラスはいろいろな作品で、いろいろなヒロインを演じているのがすごいところであり、声の幅も本当に広いなと思いました。
――今回実際に舞台で歌うわけではなくても、歌えるような声を作ることを目指しているんですか?
マリア・カラスを演じる上で、オペラの発声がどういうものかを知らないといけないと思っています。オペラでは、声を「頬のここの骨に当てる」といったことなどを意識すると習いました。オペラ歌手の方は、きっと話している声もどこの骨に当てているのかなど、私たちとは違うと思うのですが、今はまだ、オペラではどういうところに当てながら声を出しているのか、知った段階くらいですね。
――オペラの発声を知った段階で新しい発見はありましたか?
クラシックの発声は基本なので、繋がるところはあります。オペラは「引くように歌う」と教わりました。今出演しているミュージカル『next to normal』でも、歌で高音を出すうえで、息を多く出しすぎないで歌うことに繋がっているなと思います。身に付くまでの練習ができていないので、できたという実感はないですが、歌っていて「こういうときは引くように歌うと教わったな」と思いました。
――ストレートプレイとはいえ、望海さんの歌の技術が増えそうですね。
あとは、ずっと男役の発声をしていたので、軟口蓋が下がってしまう傾向があり、高音を出すときにはどうしても軟口蓋に力が入ってしまうクセがあるんです。オペラでは「ずっと軟口蓋を上げなさい」と習ったので、上げ方を覚えましたね。ただ、すごい顔をしないと上がらないんです(笑)。高音が出ないときは、軟口蓋が下がっているんだなとわかるようになったので、やっぱりオペラの発声ってすごいなと思いました。
――マリア・カラスの人物像についてお伺いしたいのですが、いろいろとリサーチされている中で、興味深いところや、演じるうえで肝になるだろうと思うところを教えてください。
芸事、オペラに対しての向き合い方は、並大抵の努力ではなく、敵がたくさんいる中で、いろいろなことを言われながらも戦ってきた人だという点ですね。自分の歌というものを信じて貫いてきた。そんな努力を重ねて結果を出していった部分と、恋愛などの私生活の部分がこの作品では描かれています。彼女自身がドラマティックな生き方をしていて、その中にすごく苦しみがあって、マリア・カラスという人物ができあがった。そこに人間らしさを感じます。彼女自身が戦ってきたからこその厳しさと人間らしさ。愛にずっと振り回される、その人物像がうまく描かれている戯曲でもあると思うので、マリア・カラスという人間を届けられるものにしたいと思います。
――台本を拝見して、マリア・カラスの過去の部分をいろいろな役になって語る部分など、表現が難しそうなところもあるのではないかと思いましたが、いかがですか?
そうですね。例えば実体験の中で「お父さんにこう言われたんだ」というときに、ついついお父さんの口癖や話し方を真似しちゃうような、そういうところまで行きつかないと、そのセリフは出ないと思うので、森さんとのお稽古の中で導いてくださることに、身を委ねたいと思います。
――森さんとお話されたことで記憶に残っていることはありますか?
今の時代にこの作品をやることについてですね。この作品が上演された当時ほど、マリア・カラスが身近ではなくなってしまった中で、観に来てくださった方にどれだけ伝わるのか。そこはすごく考えどころだとお話されていたのが、印象に残っています。今だからこそ届く言葉もあるだろうし、今では何の話をしているのか、恋愛のことなども、話の内容が分からない人も多いのではないかとも思います。偉大なディーバですが、どういう家庭環境で育ってきたか、その中でものすごく挫折もしていたり、歌えなくなったりと、そういう波乱万丈な人生を歩んできたからこそのユーモアが、あまりユーモアとして伝えられなかったりすることはあると思うので、今観に来てくださる人に、どう届けるべきか、森さんはすごく考えていらっしゃると思います。
――当時の上演映像を観ると、お客さまが大爆笑されていますよね。
そうなんですよね。アメリカというのもあるかもしれませんね。アメリカ人はシリアスな場面でも、ブラックジョークで笑ったりしますから。『next to normal』でも、ここは笑うセリフだろうなと思うけれど、やっぱり日本では絶対に笑わないんだなというところがあります。そこはアメリカ人と日本人の違い、時代の違いもあるので、狙い通りにはいかないだろうなと思います。
――観客とコミュニケーションを取るようなシーンもありますが、観客の方に伝えておきたいことはありますか?
セリフ的にいい風には絡まないのですが、ぜひ一員となって楽しんで受けてほしいです。最初に謝っておきますが、結構ひどいことを言うので、真に受けないでほしいです(笑)。
――参加型で、マリア・カラスの授業を受けにいくような感覚も持っていいということですね。
そうですね。「観に行ったら巻き込まれた」くらいの感じで楽しんでもらえたらいいなと思います。
――マリア・カラスが生徒に歌を教えるという作品ですが、その教えである深いセリフがたくさんあります。台本を通して望海さんはどんなことを感じられましたか?
今生きている私たちにすごく通じること、刺さる言葉がたくさん散りばめられていると思います。特にコロナ禍では「不要不急」と言われたなかで劇場も開けられない、私たちのやっている仕事はなんなんだろうと思ってしまうこともありました、マリア・カラスの言葉から、芸術というものはやはり人を少しでも豊かにするものであり、そのことにもっと自信を持っていいんだなと思わせてもらった気がします。そして、自分がやっていることに対して、自覚と自信をもって突き進んでいくことが必要なんだなと教えてもらいました。
――エンターテイメントを届ける側としての指針になるような言葉なんですね。
本当にそうだと思います。マリア・カラスは当たり前のことを言っていますが、実際にそれをやり続けるのはすごく難しいこと。それをやり続けてきた人の実感を伴う言葉だから、グサグサと刺さるんですよね。それを演じて、皆さんにお届けしなければいけないので、がんばります。
――望海さん自身が、マリア・カラスのように伝える側としたら、今のご自身で伝えられる言葉はありますか?
そうですね……粘り強さがすごく大事だなというのは伝えたいですね。早く諦めて次の道に行くと判断するのも大事だと思いますが、ずっと同じところでもがいている、悩んでいる子たちを見ていると、そこを粘り強くがんばることで見えてくるものが絶対にあるよ、と。粘り強さが勝つときがあるということは、私の実体験として言えることかなと思います。
――それは常に思っていたことですか?それとも、何かがきっかけで思うようになったことですか?
宝塚にいたときは、自分がこの先どうなっていくのか分からない状態の中で、それでもやっぱり続けていく、とにかくここで引き下がるわけにはいかないという負けん気と、諦められない気持ちとがありました。そこにファンの方たちが応援してくれる形で最後にトップになれたので、あそこで諦めなかったからというタイミングがたくさんあって、その粘り強さがここまで残らせてくれたんだなと。それはトップになったときに実感しました。
――今、一つひとつの舞台を続けていくなかでは、いかがですか?
やはり諦めない気持ちですね。宝塚でやってきたことももちろん役に立っていますが、新しくいろいろと経験していかなければいけないとも思っています。この年齢で新しいことに挑戦できるのはありがたいことですが、、そのぶん、いろいろなことに可能性があるわけでもないので、一つ一つが大きな壁にはなります。そういう中で、諦めないでとにかくコツコツやり続けていくのが大事だということは、当時の自分の経験から改めて思うことです。その自分がいたからこそ、続けていればいつか光が見えてくるはずだという自信にもなっています。
――その続きにある、今回の舞台も大きな壁なのでしょうか。
お話しながらまさにそう思いました。今回も粘り強さが本当に必要だなと思います。
――楽しみにしていることはありますか?
とんでもない大きな壁に挑戦させていただくのは、楽しみでもあります。オペラということで、歌をメインにされている方など、普段自分がいない世界の共演者の方と一緒に作品を作れるのは、全然違った視野が広がる、発見があるのではないかとワクワクしています。何より、この壁を乗り越えて、森さんに鍛えてもらった後の自分がどうなっているのかものすごく楽しみです。