シャビ・アロンソ監督率いるレバークーゼンが、ドイツ・ブンデスリーガ優勝の偉業を達成した。クラブ創立後、初めての優勝。加えて、開幕29戦負けなしの無敗優勝はリーグ新記録。さらに、国内カップ戦のDFBポカールで決勝進出、UEFAヨーロッパリーグでも準決勝まで勝ち上がっており、チームは無敗のまま3冠達成の可能性を残している。昨季のアロンソ監督就任時には降格圏の17位と低迷していたはずのレバークーゼン躍進の理由とは?
(文=中野吉之伴、写真=ロイター/アフロ)
レバークーゼン躍進の理由を探ると一つの結論にたどり着く
ブンデスリーガ11連覇中だったバイエルンの牙城がついに崩れた。
2023-24シーズン、レバークーゼンがクラブ創立120年で史上初となる優勝を飾ったのだ。主軸選手の活躍、適材適所の補強、戦術の洗練化、チームワークの充実ぶり。要因はさまざまにある。だが、それらすべてを司る大本を探ると、答えは一つにたどり着く。
シャビ・アロンソ監督の獲得こそが、レバークーゼン躍進最大の理由だ。
現役時代はあらゆるタイトルを総なめ。司令塔として中盤に君臨し、攻守に抜群の存在感を発揮する選手だった。状況認知能力と戦術理解が極めて深く、スムーズな動きから繰り出されるパスは鋭利で繊細。守備での貢献も非常に優れたアロンソがいるチームはどこも高い勝率を誇っていた。
とはいえどれ程優れた選手だったとしても、指導者としてうまくいくかどうかはわからない。ましてレバークーゼンが獲得を画策していた時、まだアロンソはトップチームでの監督経験がない状態だ。賭けに出るには相当のリスクがある。
だがシモン・ロルフェスSDは逆にこう解釈をしていた。
「どんな選択にもリスクとチャンスがある。リスクを恐れて無難な選択をすることもできるが、それはチャンスを逃すことにもなる。私は勇敢にチャンスをつかもうと思う。そしてこのチャンスはとても価値のあるものになると確信している」
アロンソが迎え入れた「私の大事な右腕」の存在
アロンソが就任した2022-23シーズン当時のレバークーゼンはリーグ17位と降格圏に沈み、試合内容も芳しくなかった。“新人監督”にすべてを託すにはあまりに状況がよろしくない。それでもロルフェスはアロンソに確かなものを見出した。
ではロルフェスがそこまで惚れ込んだアロンソの指導者としての資質とはなんだったのだろうか。
アロンソはサッカーを知っている。いきなりすべてがうまくいくことはないことを知っている。就任後の最初のウィンターブレイクを利用して、サッカーの基本となるメカニズムを丁寧に、詳細に、徹底してチームに伝え続けた。まず手掛けたのは守備組織の構築だ。
コンパクトに守るためには選手間の距離はどのように保つのか、どのエリアを特にケアして守るのか、攻撃に出たときのDFの立ち位置はどこなのか。全選手に守備へのハードワークを呼び掛け、試合中にオフェンシブな選手がちょっとでも足を止めて自陣に戻る動きをさぼったら、コーチングゾーンに飛び出し烈火のごとく怒鳴っていた。それまで選手それぞれがバラバラのイメージで動いているようだったが、見違えるように互いの動きを意識しながら、サポートし合うようになっていったのだ。
土台を築き上げたアロンソは、ここで満足せずに補強に動いた。今季開幕前にロルフェスとともにチームを冷静にあらゆる要素を洗いざらいに分析し、自分たちの長所と短所を明確にした。「そこまで自己批判的に見なくてもいいのでは?」と驚くほどに、細部に至るまでをルーペにかけたのだ。
カウンター中心の攻撃だけでは、守備固めをされると一気に苦戦する。それまでチームのエースだった快足FWムサ・ディアビをあっさりとアストン・ヴィラへ売却し、この違約金63億円を最大限に活用し、ボールを収められる長身FWヴィクター・ボニフェイス、戦術理解が高くあらゆる状況に対応できるMFアレハンドロ・グリマルド、攻守両面でソリッドなプレーが特徴のDFヨシップ・スタニシッチらを次々に獲得。そしてアロンソが「間違いなく私の大事な右腕」とピッチ上の司令塔として迎え入れたのが、MFグラニト・ジャカだった。
ジャカが起こした化学変化、10番が生んだ違い
「レバークーゼンは強いけどもろい」というのがドイツにおける通説。
シーズンの行方を左右する重要な試合になると勝てない。2001-02シーズンにはリーグ、カップ、UEFAチャンピオンズリーグと3大会で優勝の可能性をつかみながら、そのどれもで2位止まりという悔やんでも悔やみきれない過去を持ち、そんな気質が長くクラブに染みついている。
2022-23シーズンの第16節ボルシアMG戦後に、アロンソがこんなことを語っていた。この試合では3-0とリードしながら、終盤相手の反撃を許し、最終的に3-2の辛勝に終わっている。
「70分間は良かった。だが、選手は3-0としたときに、『これで試合は終わった』と思ってしまったかもしれない。終盤の失点でメンタリティにも変化が生まれ危ない試合になってしまった。どうやって1試合を戦うのか。インテンシティとコンパクトさを保つためにどうしたらいいのかに、これからも取り組んでいかなければならない」
まさに現役時代のアロンソのような試合をコントロールできる存在が必要不可欠であり、それこそがジャカに託されたタスクだった。類まれなパスセンスで攻撃を操舵するだけではなく、フィジカルの強さを生かした競り合いの強さ、危険なところで体をなげうって止める迫力、そしてどんな試合でも手を抜かないメンタリティが、試合を重ねるごとにチームに確かな影響を及ぼしていった。
ジャカを中心にチームとして確かな基盤が築かれ、戦うチームが生まれ、だからこそ違いを生み出す規格外の選手が最大限に躍動することができる。フロリアン・ビルツ。弱冠20歳ながら、ワールドクラスの才能を見せるMFビルツは、どんなに難しいプレーもいとも簡単に自然と実践することができる。
アロンソはことあるごとに、ビルツを若き頃のメッシと比較し、「フロー(ビルツ)は常に次のビジョン、その先のビジョンを持ち、それを最適化したプレーを実践することができる選手だ。そのスキルは稀有なものがある」と絶賛する。
そんなビルツだが、2022年3月に膝の十字靱帯を断裂し、9カ月の長期離脱を余儀なくされ、復帰後も自身のフォームを取り戻すのに苦労していた。イメージはできるけど、その通りに体が動かない。あるいは体が動かないからうまくイメージができない。プレーから焦りを感じさせられる時期もあった。だが、アロンソはいつもビルツのそばに寄り添い続けた。
「心配はない。フローはものすごいポテンシャルがある選手だが、重症からの復帰ということを忘れないでほしい。慌てることなく、少しずつ出場時間を延ばしていってほしい」
本調子ではなくても、必ず試合には出場させた。ミスでチームがピンチになることがあっても、すぐに交代させはしなかった。ピッチ上の時間が増えてくれば増えてくるほど、完全復活が近づいてくるのだと。
そんなアロンソのサポートがあったからこそ、今季のビルツはだれにも止められない圧倒的なプレーの連続でチームをけん引している。
シャビ・アロンソはチームに何を植え付けたのか?
さて、改めて考えてみよう。シャビ・アロンソの何が素晴らしいのか。
これまでに挙げた要素もすべて素晴らしいが、それだけではない。元ドイツ代表キャプテンでテレビ解説を務めるローター・マテウスがUEFAヨーロッパリーグ準々決勝のウェストハム戦後に、次のように称賛していたことが印象に残っている。
「シャビ・アロンソは選手全員を信頼している。言葉だけではなく、本当に信頼をし、選手に出場機会を与えている。1月にAFCアジアカップやアフリカネイションズカップで各クラブ主力選手の多くを手放さなければならない時期があった。重要な選手であればあるほど、不在時の影響は大きくなる。レバークーゼンからもそれまでチームを支えていた何人もの選手がいなくなったわけだが、シャビ・アロンソはただの一度もそのことで不満を口にしたりしていない。慌てて選手補強することもせず、チームにいる選手を大事にしたんだ。彼らが出てもチームはいいサッカーができて勝てると信じ、本当にその通りになった」
選手はアロンソの声に真剣に耳を傾ける。いくつもの至言が潜んでいるからだ。レアル・マドリード時代にこんな逸話がある。若くして巨額の金を手にした若手選手が高級外車で練習場に現れたのを見て、アロンソがこう諭したという。
「まだ何も成し得ていないのにそうしたものに手を出すべきではない。ほんの少し調子を落としただけで、ボロクソにたたかれるぞ。自分と向き合え。車が欲しければスポンサーからの車にリースで乗ればいい」
数多のタイトルを獲得してもアロンソは謙虚だ。おごり高ぶったりしない。人は簡単に道を踏み外すことを知っている。まず人としてどうあるべきかを大事にするアロンソだからこそ、チームが油断をすることもない。
レバークーゼンは誰が出ても強い。誰もが常に全力プレーを見せる。ジャカが語った「僕らは80%でプレーするなんてことができない。どんな試合でも僕らができるのは100%のプレーだけだ」という言葉がすべてを表している。
アロンソは来季もレバークーゼンで指揮を取ると表明。ビルツやジャカといった多くの主力選手も残留となる見通しだ。巻き返しに燃えるバイエルンだが、そう簡単に王者の座を受け渡すつもりはない。
<了>
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