ITTF男女ワールドカップ・女子シングルスにおいて、張本美和が史上最年少で銅メダルを獲得。張本は準決勝で中国の王曼昱に敗れて優勝には届かなかったものの、トーナメント1回戦では同じく中国の王芸迪に勝利する大金星を挙げた。この王芸迪戦で張本が見せた“新機軸”は、打倒中国への光となるのか?
(文=本島修司、写真=千葉 格/アフロ)
最強中国に勝つための“新機軸”
15歳、張本美和の進化が止まらない。その成長速度は加速するばかりだ。
2024年4月15日~21日、マカオで行われたITTF男女ワールドカップ。張本は女子シングルス準々決勝で、世界ランク10位のアドリアナ・ディアス(プエルトリコ)を下して3位に入賞。ついに世界トップの仲間入りを果たした。
しかし、最も大きな見せ場となったのはトーナメント1回戦。ここで張本は世界ランク3位、中国の王芸迪に完勝した。そのパフォーマンスからは、いよいよ「張本美和時代の到来」を予感させた。彼女をここまで急激に強くした要素は何か。同時に、パリ五輪代表の3選手それぞれにある「手応え」と「課題」も浮き彫りになった。
サプライズプレーを出さずに跳ねのけた“いつも通りの張本美和”のパフォーマンス。その中に、最強中国に勝つための“新機軸”がありそうだ。
思いもよらぬ、圧倒的パフォーマンス
張本美和は、これまで中国人トップ選手に勝ったことがなかった。しかし、多くのスポーツファンが「時間の問題だろう」と期待する状況にあった。
それでもその壁がいかに厚く巨大なものかは日本の卓球界の誰もが知るところ。そこを、彼女は王芸迪との試合でアッサリと突破してみせた。
第1ゲーム。ストップ合戦から、バックミートの攻防へ、左右に振って張本がリードを奪う形で試合開始。王芸迪の角度も凄いものがあり、張本のフォアクロスに来るドライブは、必ずと言っていいほど、サイドを切ってくる。ここまで角度がついてコースに乱れがないと、さすがに張本も手が届かない。ポイントは1-1に。
3-3からは、再びバックミートの打ち合いで張本がリードを奪う。その後は、王芸迪のサーブをチキータで「持ち上がらない」シーンがある。印象的だ。中国のトップ選手の回転量が、まだ張本の想像を上回っている証だ。
その直後に張本は、ツッツキに切り替えて、下回転系のボールをネットに落とさないように対応。そのツッツキも、台の深いところに食い込ませるように鋭く調整されていた。その後は激しい打ち合いからジュースに。
張本はこのタイミングでYGサーブに変えて、3球目攻撃もキッチリと決めた。11-10。そこからなんと、フォアに回り込んでの逆チキータを披露。これが決まり手となり、このゲームを12-10で勝利。「中国に対応した」という印象を残した。
ここで少し気になったのは、冴えなかった王芸迪の表情だ。
追い込まれた中国代表vs世界が注目する新星、という図式
2ゲーム目は、先ほどのツッツキに見せかけたフォームから、ストップで上手に短く止めて、張本の得点で開始。順切りサーブ。巻き込みサーブ。このあたりから、張本は自分の技を出し惜しみせずに使っていく。
しかし、このゲームは王芸迪に運が味方する場面もあった。2-4と王芸迪リードの場面から、ネットイン。1点が欲しい場面。ラッキーな形で王が突き放した。勢いがついた王は、6-9からバックミートの打ち合いを制する。もう1本バックミートの打ち合いが続いて6-11で王が取り切った。
3ゲ―ム目。フォアで打つ率を増やそうとしたか、左右のフットワークの早さを増す張本。しかしやはり、王のドライブの角度も良く、サイドを切ってくる。2-3からはかなり激しいラリーに会場が湧いた。張本がこれを打ち勝って3―3。
8-5からは何度もフォアとバックを切り返して、強烈な打ち合い。張本が凌ぎ切って9-8となったところで、張本がタイムアウト。ベンチではコーチ役の父親から熱心なアドバイスも飛んでいた。
どんな指示と作戦があったか。注目の1球。
選んだのはロングサーブの順切り横回転と、そこからのバックミートの3球目だった。これが完璧な形で決まって、そのままこのゲームを取り切った。自信を持って、真っ向勝負で「王道のことをやり切った」表情の張本がそこにいた。
「捻じ伏せた」を印象づけた、“たたきつけロングサーブ”
王芸迪といえば、世界ランキング3位に君臨する選手。正真正銘、卓球大国中国が誇るトッププレーヤーだ。
しかし近年、国際試合での弱さを指摘され始めてもいた。2023年には「対日本人選手」で4度敗れ、今年2月には平野美宇に0対3のストレート負けを喫している。パリ五輪では2つ枠のある団体戦代表シングルスの座を外されたとの報道もあり、3番目の座をかけて目の前の試合をこなしている状況。5月半ばに正式決定するといわれている中国のレギュラーメンバーに残れるか、否か。そんな瀬戸際の精神状態が、ここから露になってくる。
4ゲーム目。左右の打ち分けで張本が1-0で開始。この時も、王の表情がゆがんだ。バックミートの打ち合いが多くなるこの2人の攻防。しかしこのゲームでは、張本がフォア側へ王を振るような余裕も見られた。4-1。たまらず、中国がタイムアウト。ベンチではかなり激しいゲキが飛ぶ。
お互いに、バックミートの打ち合いを「我慢できるかどうか」の勝負。そこが一つのポイントとなった試合。王も必死に食らいつき、5-4。
8-6。フォア側から出す巻き込みサーブに切り替えた、張本。そしてここで、高速ラリーに入る前に、フワッとユルいボールを繰り出し、緩急をつけてから左右に振った。このラリーでは王をノータッチで抜くことになる。完全に翻弄した手応えもあったか、ガッツポーズも飛び出した。11-6。4ゲーム目も張本が取る。
5ゲーム目。ここから強気になった張本が、一気にたたみかける。回り込みチキータ。もはや「お手のもの」のバックミートの打ち合い。8-9からは、順切りロングサーブから両ハンドで猛攻撃を仕掛ける。
選手の精神状態を断定することは決してできない。しかし、それでもこの仕掛け方には「強気」という表現がよく似合う。台にたたきつけるかのような、高速ロングサーブだ。それはまるで、取れるものなら取ってみろと言わんばかりの迫力。それが、代表枠争いにおいて大変な状況にある王には“効いた”ように思える。
9-9に追いつくと、今度はここでフォア側に回り込んでのバックドライブを披露。チキータよりさらに腕を振っており、突然飛び出した独創的なプレーに王がノータッチで抜かれた。10-10。ジュースにもつれ込んでからも、臆することなく、ロングサーブを選択。思い切り勢いをつけようとしたのだろう。これがサーブミスとなる。
10-11。追い込まれた場面で何ができるか。張本はフォア強打一発抜きを選択。これが綺麗に決まる。ここでもまた、強気さを感じさせる。しかしこのタイミングで、12-11から王のボールがエッジインする場面があった。不運としか言いようがない場面。完全に、運は中国に味方していた。
メンタルスポーツの卓球。サプライズを超えた「強気さ」
今までの中国選手であれば、この一瞬の隙とチャンスを絶対に逃さない。12-12。張本は、ここまでの「成功パターン」をもう一度試みる。フォア側からの巻き込みサーブ。そこから両ハンドを切り返してのミートだ。
確かにこの展開が、ここまで最も有効な“決まり手”になってきた形。しかし、ここでは王がこの展開からのミート打ちを逆に凌ぎきった。そこには、一瞬いつもの「倒しようがない最強中国」の姿がチラつく。これはもうダメかもしれないという場面。
しかし、張本は“攻め”を選択した。
12-13。張本はチキータレシーブから、両ハンドで打つ展開に持ち込む。そこに、サプライズプレーはなかった。ただ、強気に「勝てる」と信じ切って、捻じ伏せに行く姿があった。
王はフォアへの飛びつきが遅れ、13-13。張本がフォア側からの巻き込みサーブ。そして完璧なバックドライブを打ち込んだ。14-13。打ち合いは続き、14-14。
また張本がフォア側から強打を連発。15-14。最後は王が根負けしたような格好で、スイングの際に体が流れてしまい、張本の勝利が確定した。
早田、平野の「現在地」と「課題」
一方、パリ五輪代表、残る2人の早田ひなと平野美宇は、どうか。
早田は準々決勝で王曼昱に1-4で敗れた。すでに中国のトップ選手と“同格”と見なされている早田だが、やはり今でも中国トップの壁は厚い。この試合でも、対左利きの定石の一つである「ミドル攻め」を徹底され、攻略された。
2セットを連取されてからの早田は、3ゲーム目でかなり高く上げる、投げ上げサーブから、左右に振って打開策を見出そうする。この挽回を試みた場面でも王曼昱はすべてのボールに対応しきっていた。
世界ランキング6位の早田だが、現時点ではまだ少し、世界ランク2位の王曼昱のほうが上と印象づけられた。なお、王曼昱は続く準決勝で張本も2-4で退けている。
平野もベスト8に終わった。東京五輪の金メダリスト陳夢に0-4の完敗。この日も、一番の持ち味である世界でも類を見ないほどピッチの速い高速卓球を仕掛けたが、陳夢に完璧に対応された。3ゲーム目の中盤あたりは不運なネットインなどもあったが、平野のスタイルを研究され尽くされている感じもあった。
また、この日はいつもより平野自身のミスも多かった。課題は「ハリケーンを止められた時、それでもハリケーンが持続するかどうか」というところにあるのかもしれない。
そういった意味では、後輩、張本美和が見せた姿に、勝ち切るヒントがありそうだ。
持続する強気さ、そして得点率の高いプレーの選択
これまで中国選手を倒すには、最後に試合を決め切る「ここでそれがくるのか!」と唸らされるようなサプライズプレーが必要だと言われてきた。それは今も課題としてあるだろう。
しかし、この試合での張本美和は、その常識を超えたのかもしれない。
やってきた練習が間違いないこと。最後の最後に接戦になっても、その接戦に持ち込むまでやってきたプレーが間違いではないこと。その2つを証明するかのように、彼女はただ純粋に、一番やりやすい形と、この試合で一番得点率が高かった展開を勝負所で選択し続けた。
それは、簡単な言葉で言えば「さっきまでと同じことをしている」となる。しかし、「さっきまでと同じサーブ、同じ形」を自ら選択するということは、かなり勇気のいること。本来なら「まだ使っていないサーブはないか」と模索する場面でもあるからだ。
「同じことをやれば勝てる」。そんな確信のようなものを支えていたのは、間違いなく、「強気さ」という要素。そして「確率の高い得点パターン」を選ぶ確かな目だ。それが、中国代表の落選も視野に入っているという精神状態の王芸迪を崩した。
10-10という最大の勝負所でさえ、ロングサーブを思い切って強く台にたたきつけにいこうとして、サーブミスをしてしまった瞬間。逆に、あの強気さを見せた時点で、この試合での張本の勝利は、すでに確定的なものになっていたのかもしれない。
強気さと、確率の高い得点パターンの選択。パリ五輪での打倒中国への光が、少しずつ見えてきた。
<了>
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