ヨーロッパ圏を中心に、発展を続けているアームレスリング。競技人口は世界で1億人超と言われるが、日本でも今後さらなる競技の盛り上がりが期待されている。競技歴14年の世界女王・竹中絢音は、さまざまな国を転戦してきた経験から、その最前線を見つめてきた。世界大会での経験や日本での発展のヒント、また自身の今後の目標についても語ってもらった。
(インタビュー・構成=松原渓[REAL SPORTS編集部]、トップ写真=ロイター/アフロ、本文写真提供=竹中絢音)
競技人口1億人超ともいわれるアームレスリング
アームレスリングは、海外では競技人口1億人超ともいわれ、プロリーグが盛り上がっている国もある人気スポーツだ。国際的な統一ルールのもとで競技が発展し、世界への道も開けている。
勝負は1秒以内で決まることもあれば、10分を超える耐久戦になることもある。
昨年、世界女王に輝いた竹中絢音は、競技の魅力として、2つのポイントを挙げている。一つは「必要な道具がなく、年齢性別に関わらず誰でも参加することができること」。もう一つは、決着がつくまでの短い時間の中で繰り広げられる、「一瞬に凝縮された駆け引きの魅力」だ。
一方で、国内ではまだプロとして活動できる環境が整っておらず、24歳の女王は「もっと競技が盛り上がってほしい」と願う。アームレスリング競技を取り巻く環境や将来性、自身のキャリアの展望について、じっくりと話を聞かせてもらった。
格闘技との共通点。演出も含めて魅力を伝えたい
――今は、どのぐらいのペースで大会に出ているのですか?
竹中:国内だと、年に2回ぐらいですね。その中で、ベースにしている海外の試合がいくつか入ってくるので、年間4〜5つぐらいの大会に出ています。疲労回復とか、自分の階級に合わせて体重を調整する期間を考えると、今のペースはちょうどいいですね。
――アームレスリングは競技人口が1億人超で、盛り上がっている国ではプロリーグもあるそうですね。実際に海外を転戦する中で、そういう人気を実感することはありましたか?
竹中:競技が盛んな国と、そうでない国の差はすごく感じますね。カザフスタンなど旧ソ連圏の国や、トルコ、ジョージアなどのヨーロッパ圏や、インド、アメリカなどは盛り上がっています。プロリーグがあって盛り上がっている国は、女子選手の競技者も多いですし、試合はテレビなどでも見られると思います。
――国民性や、文化的な背景との関連性もありそうですね。竹中選手はこれまで、試合で何カ国ぐらいに行ったんですか?
竹中:ブルガリア、ルーマニア、カザフスタン、韓国、ポーランド、マレーシアの6カ国です。世界大会が持ち回りなので、その時に立候補した国は盛り上がる傾向があります。いつかはぜひ、日本でも大会を開催してほしいと思っています。
――スタンドの雰囲気なども見てみたいです。海外での大会に出場するときの活動費用や渡航費用はどのように工面しているのですか?
竹中:基本的には自己負担です。企業などと契約して、プロとして活動できる形があればいいなと思うのですが、日本ではまだそこまでの環境が整っていなくて、なかなか難しいです。だからこそ、もっと競技が盛り上がってほしいなという思いがあります。
――竹中さんのように世界チャンピオンが日本にいることも競技が盛り上がるきっかけになりそうですし、手軽に始められることなど、競技性を考えても、発展の可能性を感じます。日本で競技を盛り上げていくためのヒントやアイデアは何かありますか?
竹中:格闘技の大会を見ていると、演出が派手だったり、華やかだったりするじゃないですか。アームレスリングも試合の内容は格闘技と変わらないので、ああいう演出ができれば見ているお客さんもきっと楽しいし、そういうところからファンが増えて、競技をやってみたいという人の輪も広まるんじゃないかと思います。いずれは、オリンピック競技になったらいいなと思います。
気軽に始められるアームレスリング「どんな挑戦も受けています」
――力比べという共通点から腕相撲と同じように語られがちですが、アームレスリングはまったく違う競技なんですよね。
竹中:そうです。そもそも競技台が別物で、腕相撲は机やテーブルを使いますが、アームレスリングは専用の競技台があります。腕相撲は日本には連盟はあるけど、世界にはなくて、アームレスリングは世界的に統一されたルールがある競技です。
――日本の競技人口も、徐々に増えているようですね。
竹中:私が知っている範囲で、日本では登録選手が男女合わせて数千人と言われています。世界では1億人と言われますけど、もっと多いと思いますし、日本でも少しずつ増えている実感があります。
――試合に出場しようと思ったら、どんなふうに選手登録すればいいんですか?
竹中:アームレスリングのチームに所属すれば簡単ですし、そこから個人での登録もできるので、気軽に始められますよ。私がパーソナルトレーニング指導や練習会をしているU.A.G TOKYOは、初心者の方も気軽に練習できる環境です。
――竹中選手は世界チャンピオンという肩書がありますし、日常から腕相撲などを挑まれることも多そうですよね。
竹中:結構ありますね(笑)。基本的にはどんな挑戦も受けています。
――練習相手に求めたい基準はありますか?
竹中:それはないです。人によって強いポイントが違っていて、試合で勝てる相手でも、どこか一つのポイントだけはものすごく強いという場合があるので、そのポイントだけ力を発揮して練習してもらえれば、効果的なトレーニングができますから。
――今年、2月には、ウエイトリフター、空手家、アームレスラー、ボディメイクのコンテスト選手など、いろいろな競技の力自慢が集ったストリクトカール(反動を使わず、両腕でバーベルを上げ腕力を競う競技)の大会で、出場者数唯一の40kg台(46kg)を挙げてダントツの優勝と貫禄を見せました。
竹中:ありがとうございます(笑)。あの大会は、遊びの感じで出場したんですけど、楽しかったですね。
一つずつ階級を上げて「いけるところまでいきたい」
――今後のキャリアで、アームレスリングを何歳まで続けていきたいとイメージしていますか?
竹中:何歳になってもできる競技だと思いますが、私自身は、選手としてやるのは30代までだと思います。もともと、始めたときに「世界一になる」と言って始めたので、世界で通用するレベルの間は続けたいと思っていますし、自分が成長できる間は続けたいですね。でも、成長できなくなって、自分の限界が見えたらやめると思います。
――もし、アームレスリングの選手じゃなかったら、どんな職業についていたと思いますか?
竹中:それが、わからないんですよね。小さい頃からこの競技だけをやってきたので、他の仕事をしているイメージが湧かないんですよ。
――その徹底力は、スポーツだけでなく、どんな仕事でも生きそうですよね。憧れのアスリートとか、今後こういう存在になりたいというイメージはありますか?
竹中:アームレスリングだけではなく、いろいろな競技を見て、「この選手の考え方いいな」と思うことがたくさんあるので、特定の個人というよりは、そういう自分にはない視点でいいものはどんどん吸収するようにしています。
――今後の目標を教えてください。
竹中:昨年55kg級で世界一になりましたけど、世界大会で一つずつ階級を上げて、行けるところまで行こうと思っています。女子でも、世界になると80kg級とか90kg級ぐらいまであるので、一つずつクリアしていきたいですね。4月のアジア選手権は社会情勢を考えて、今回は出場を断念しましたが、直近では7月に一発勝負のワンマッチがあります。相手が60kg級の世界チャンピオンなので、そこで今の力を試してみて、階級を上げるかどうか考えて世界に出ていこうかな、と考えています。
――竹中選手の活躍をきっかけにアームレスリングに興味を持った人に、どんなポイントを見てほしいですか?
竹中:腕相撲とは違う、アームレスリングというスポーツの競技性やルールとか、駆け引きの繊細さなどを見てもらいたいですね。それと、個人のYouTubeで試合や練習の様子を発信しているので、そちらもぜひ見ていただけたらうれしいです。
【前編はこちら】世界一の剛腕女王・竹中絢音が語るアームレスリングの魅力。「目で喧嘩を売っていると思います、常に(笑)」
【中編はこちら】世界最強アームレスラー・ 竹中絢音の強さのルーツとは?「休み時間にはいつも腕相撲」「部活の時間はずっと鉄棒で懸垂」
<了>
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[PROFILE]
竹中絢音(たけなか・あやね)
1999年生まれ、岐阜県出身。アームレスリング選手だった父のもとで10歳の頃に競技を始め、世界を志す。中学3年生の時に全日本アームレスリング大会で優勝、高校1年生の時には3階級で優勝。世界アームレスリング選手権大会のジュニアでも2連覇を達成。2022年の全日本選手権大会男子の部の60kg級で優勝するなど、階級、性別を超えてタイトルを獲得。2019年からコロナ禍で4年間国際大会から遠ざかったが、2023年のWAF世界アームレスリング選手権大会のシニア55kg級では圧巻の強さで世界一に輝いた。また、JAWA全日本アームレスリング選手権大会では3階級で金メダルを6個獲得。普段はスポーツトレーナーとしてパーソナルトレーニング指導やアームレスリングの練習会を行っている。日本タイ古式マッサージ協会認定セラピストとしても活動。