今季、欧州カップ戦の舞台で印象的な活躍を見せたドイツ勢。51戦無敗という記録を打ち立てたレバークーゼンは、惜しくも決勝で敗れはしたがUEFAヨーロッパリーグで決勝に進出。バイエルンとドルトムントはともにUEFAチャンピオンズリーグで準決勝まで勝ち上がり、ドルトムントはパリSGに競り勝って決勝進出を果たした。国内リーグのドイツ・ブンデスリーガでは5位と振るわず優勝争いに加われなかったドルトムントは、なぜ世界最高峰の舞台で躍動できたのだろう?
(文=中野吉之伴、写真=AP/アフロ)
今季の欧州サッカーシーンを彩ったドイツクラブの躍進
今季も欧州サッカーのシーズンではさまざまなことが起きたものだ。各国リーグ戦では優勝争いや来季のUEFAチャンピオンズリーグ(CL)、UEFAヨーロッパリーグ(EL)、UEFAヨーロッパカンファレンスリーグ(ECL)出場権争い、そして残留か降格かの瀬戸際の戦いで、数々のドラマが生まれている。
ドイツクラブに目を向けると、12連覇を狙うバイエルンを退けてシャビ・アロンソ監督率いるレバークーゼンが見事にクラブ史上初となるリーグ優勝を飾った。CLではバイエルンとドルトムントがそれぞれ準決勝へと進出。バイエルンは最後のところで歴戦の雄レアル・マドリードに屈したものの、ドルトムントは世界的スター選手のキリアン・エンバペ擁するパリSG相手にしのぎ切り、13年ぶりとなる決勝進出を成し遂げている。
ただCLでの躍進とは裏腹に、ブンデスリーガを3位で終えたバイエルン以上に、ドルトムントはドイツ国内リーグで苦戦している。来季からリフォームされるCLではポイント上位2カ国にボーナス枠が設けられており、イタリアとドイツがその枠を獲得。その恩恵のおかげで、ドルトムントは来季CL出場権を確保している。とはいえリーグ5位というのは、例年であればCL出場に届かない順位だ。内容的にもふがいない試合が少なくなく、10選手を入れ替えて臨んだ第33節マインツ戦では0-3で完敗を喫し、マインツと残留争いをしていた他クラブからなじられる有様だった。
一体ドルトムントがCLでここまでうまくハマった要因はどこにあるのだろうか?
まず一つ目はヨーロッパ仕様とブンデスリーガ仕様とで違う戦い方が求められるという点だ。CLでは対戦相手のレベルも極めて高い。元ドイツ代表DFルーカス・シンキビッツがかつての同僚であるゴンザロ・カストロとのこんな逸話を教えてくれた。
「1部と2部の違いは何かってディスカッションしたことがあるんだ。カストロは『違いはスピードだ。よく1部は2部と比べてボールを持つ時間があると言われているけど、それは不用意に飛び込むとあっさりと外されてしまうからだ。ボールを動かすスピード、体の軸をずらすスピード、方向転換するスピード、そして思考スピード。そのすべてが2部とは圧倒的に違う』と話していたけど、まさにその通りだと思う。そして1部と2部でそれだけの差があるのと同じように、国内クラブと欧州トップクラブの間にはやはり大きな差があり、そこにも圧倒的なスピードの違いが存在するんだ」 この事実を踏まえると自分たちが取るべき戦い方はおのずと決まってくる。エルディン・テルジッチ監督はその差を発揮させないための戦略を突き詰める決断をした。CLではコンパクトな守備から我慢強く守り、ボール奪取から素早いカウンターという戦術を攻撃の軸において戦う。相手の良さを消しながら、自分たちの強みを出すための戦略設定がそこにある。
世界のトップに君臨するチームの条件
ただ、カウンター戦術をベースに国内リーグを戦い抜くのは難しい。
ブンデスリーガでは立場が逆になるのは一目瞭然。ドルトムントがリーグ下位のチーム相手に守備固めをするわけにはいかないが、自分たちでボールを保持してバリエーション豊かな攻撃でゴールを強襲するサッカーを突き詰めるためには、それ相応の時間が必要だ。まだそこまで手は回せない。結果、個の力に依存せざるをえなくなり、結果攻めあぐねて、ミスをして失点してしまう。
加えて「メンタル的な難しさ」も理由として挙げられる。世界最高峰の舞台であるCLではアドレナリン大噴出で、モチベーションは誰に何かを言われなくとも最高レベルに高い。ワールドワイドなショーウィンドウ。自身をアピールするステージとして、自分たちの存在を知らしめる場所として、ファンとの絆を高めあう場として、これ以上の舞台はない。
だからこそメンタルに及ぼす影響もすごく大きい。元日本代表キャプテンの長谷部誠がフランクフルトでCL出場したことについて、こんなことを明かしてくれたことがある。
「僕らはチャンピオンズリーグでのナポリとのホームゲームで負けたところで、気持ちがガクンときてしまった」
試合の舞台が大きければ大きいほど、その試合後に心身にもたらす負担は勝っても負けても大きい。負けたら大きなショックだし、勝ってもそこで一度、気持ちが安定しなくなる。フワフワしたような状態に陥りがちだ。
もちろん、国内リーグ戦だとやる気がないわけではない。多くの選手が「最大限の集中力とモチベーションで試合に臨まないと」と常に口にするように、試合前やハーフタイムには間違いなく気合いを入れる。でも人間の体や心や頭は、常に最大限の力を出せるものではない。頭では、心ではなんとかしようと思っても、身体が反応しない時がある。
そしてどんな試合でも、どんな大会でもこの振れ幅を可能な限り小さくできる選手が揃うチームが国内リーグ&世界のトップに君臨するのだ。
「優勝を争うようなチームというのは、悪い時の波をできるだけ小さく、短くできる」
これも長谷部の言葉だ。調子が悪い時はどんなチームでも、どんな選手でもあるとはいえ、短期間で復調できてこそワールドクラスのクオリティだ。元日本代表FW岡崎慎司は常勝軍団のレアル・マドリードを例に挙げ「クラブの名前が持つ経験値が違う」と表現していたが、レアルの選手の立ち振る舞いを見ているとそれが何を意味するかがよくわかる。
“二兎追い”を避けて“割り切り”に舵を切った成果
今のドルトムントにはまだそれだけのものがない。残念ながらバイエルンほどの個の力もない。CLとブンデスリーガ優勝を“二兎追い”することはどちらも中途半端になることを意味する。だから堅守速攻への傾向をさらに強くする必要があった。“割り切り”といったほうが適切かもしれない。アウトサイダーの立ち回りで戦いを受け入れたし、納得したし、だからこそ迷わず戦いきることができている。
また、守備を固めつつ狙いを定めてプレスをかけるサッカーにおいては、経験豊富なベテランの読みが何よりの武器となる。ドルトムントにとってはマッツ・フンメルスの経験が最大限に生きる仕様となった。加えて、スピードに難のあるニコ・シュロッターベックが今季ポジショニングと競り合いへのアプローチで大幅な改善が見られたのは、そうした戦い方を徹底した成果でもある。センターバックが安定しているチームは強い。
バイエルンとマンチェスター・ユナイテッドではあまりハマらなかったオーストリア代表MFマルセル・シャビツァーが復調した背景には、こうしたCL仕様のドルトムントのチームスタイルとのかみ合わせがあった。攻守にダイナミックに動き続け、高いボール奪取能力を誇り、スペースへタイミングよく飛び出すことができ、そして極めて精度の高いシュート力を持つ。CLで欠かすことのできない存在になっている一方で、リーグ仕様のドルトムントだと微妙にかみ合わないところもなんだか興味深い。
自身の得意なプレーのみにこだわるのではなく、チームのために戦う姿勢も重要だ。
CL準決勝のパリSGとの2戦では両サイドのアタッカーにジェイドン・サンチョとカリム・アディエミというスピードとドリブルが魅力の2人が起用された。あの激戦を制することができたのは、攻撃だけではなくダッシュで最後尾まで何度も守備に戻るハードワークに励んだ2人の献身があったからこそ。2人ともオフェンスのセンスには抜群のものがある一方で、オフ・ザ・ボールでの立ち振る舞いに物足りなさがあったが、この試合では見違えるように何度も守備へと全力で走り、体を張った守備でチームを救った。ファンもその姿に感銘を受け、アディエミがパリ右サイドバックのアクラフ・ハキミを力強いチャージで吹き飛ばしたときは、スタジアムが大きな歓声に包まれた。彼らの覚醒があったから、ドルトムントはどれだけ追い込まれても最後のところで踏ん張ることができたのだ。
GKグレゴ・コーベルがみんなの献身的なプレーがあったからこそつかんだ勝利だということを強調している。
「PSGは信じられないほど素晴らしいチームで、信じられないほどすごいクオリティを持った選手がいる。コレクティブな守備は絶対条件。カリムとジェイドンも何度も守備に戻ってチームを助け、相手と2対1の状況を作り出し続けた。何度か突破を許して、いいチャンスを作られたけど、幸運もあって僕らは守り切ることができた」
CLでもリーグでも戦えるハイブリットなチーム作りへ
CLでのドルトムントのサッカーはある意味カップ戦仕様。守備を固める戦い方は、リーグ戦だと厳しい。勝ち切れないからだ。カップ戦だったら引き分けでも延長戦があり、さらにPK戦までいっても勝ち残れる可能性が残る。
ただし、この戦い方をしたら毎年決勝まで残れるかといったらそれはまた別の話になる。その上で、自分たちの現状を見つめ、最大限に勝ち残るチャンスを手にするための戦略として徹底してやり通した決断には誇れるものがあるだろう。
代表取締役を務めるハンス・ヨアヒム・バッツケは「ドルトムントにとってCL決勝進出というのはいつでもできることではない」と話していた。クラブとして将来性の高い若手選手に出場機会を与え、成長へと導き、メガクラブへのステップアップへ橋渡しをし、高値で売却する。昨季はアーリング・ハーランドをマンチェスター・シティへ、今季はジュード・ベリンガムをレアル・マドリードに輩出。そんなクラブとしての経営哲学をベースにしながら、タイトル争いができるチーム作りへも取り組もうとしている。
ドルトムントにとって、51戦無敗でEL決勝戦に進出し、バイエルンの12連覇を阻止してブンデスリーガ優勝を果たしたレバークーゼンから学ぶべきことも多いだろう。CLでもリーグでも戦えるハイブリットなチーム作りへ。ドルトムントにとって今回の決勝進出がそのための第一歩となるだろうか。
<了>
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