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なぜ南米選手権、クラブW杯、北中米W杯がアメリカ開催となったのか? 現地専門家が語る米国の底力

REAL SPORTS 2024年7月3日 2時36分

CONMEBOLコパ・アメリカ2024(南米選手権)、FIFAクラブワールドカップ2025、FIFAワールドカップ2026。今年から再来年にかけて、サッカーの主要国際大会がアメリカで次々と開催される。なぜ、アメリカに開催権が集中しているのか? MLS(メジャーリーグサッカー)の興行面での成功も含めて米国サッカーに注目が集まっている背景について、ニューヨークに拠点を置き現地のスポーツビジネスに精通したBlue United Corporation代表の中村武彦氏に、専門家の視点から語ってもらった。

(インタビュー・構成=松原渓[REAL SPORTS編集部]、写真=AP/アフロ)

名だたる大会がなぜアメリカに集中しているのか?

――中村さんはMLS(メジャーリーグサッカー)やFCバルセロナの国際部などを歴任され、アメリカを拠点にスポーツビジネスを展開してこられました。CONMEBOLコパ・アメリカ(南米選手権)、来年はFIFAクラブワールドカップ、再来年はFIFAワールドカップと、主要な国際大会がアメリカで集中して行われる理由をどのように見ていますか?

中村:ヨーロッパや南米の次に伸びるマーケットとして、近年アジアや北米が注目されていて、いろいろな企業がアジアツアーや北米ツアーを主催しています。どこも国内が飽和状態なので、海外進出を狙っていますから。アメリカにはスポーツビジネスのプロが揃っていますし、競技に興味がない人も楽しませるノウハウを持っているのが強みだと思いますし、誘致におけるプレゼン能力も高い。通訳なしで複数言語をしゃべれる人が多いことも大きいと思います。

 MLS時代にメキシコ代表のUSツアーを担当したことがあるのですが、メキシコ代表の親善試合は、メキシコ国内よりもアメリカで行う試合の数のほうが多かったんです。メキシコ系の移民を対象にしている企業が、メキシコよりもアメリカのほうが強くて、興行のために高いお金が払えたからです。そういうことが重なって「アメリカで試合をするほうがビジネスになる」ということで、今は「イタリアのスーパーカップやプレミアの公式戦をアメリカでやろう」という話も出て、法廷争いにまで発展しました。アメリカで試合や大会を開催することはビジネスの面でもメリットになるということは大きいと思います。

――アメリカはスポーツ観戦が文化として根付いていますが、戦略的に集客する力も持ち合わせているわけですね。

中村:そうです。開催国に最も問われるのは「多くの観客を楽しませるスタジアムがある」ことだと思いますが、サッカーが好きな人だけで満員になるのはヨーロッパなど一部の地域だけです。アメリカでは「サッカーも好きだし、バスケも好きだし、野球も好き」という人が多いですし、サッカーには興味がない人がいても、みんなで行ったらバーやレストランで楽しめるし、アトラクションがあって子どもも楽しめるからスタジアムに行こう、となる。どうやったら満員になるかを逆算して、スタジアムの盛り上げ方も戦略的に考えられるのは強いですよね。

――集客力の背景を考えると、マーケティングやプロモーションなどの土台となるマンパワーの影響も大きいのでしょうか?

中村:それもありますね。労働の文化は日米で違いますが、アメリカは終身雇用は少ないですし、プロ契約で実力がある人はどんどん高い給料で引き抜かれます。競技問わずそのメソッドは一緒で、バスケもアメフトもサッカーも、優秀な人はどんどん引き抜かれて給料も上がっていく。そういう人たちがまたいい仕事をして競技を盛り上げるサイクルが出来上がっています。

――契約社会と言われるだけに、実力がなければふるい落とされていく厳しい社会でもあるのですね。

中村:「これだけお金を払うから、リターンはこう設定しよう」と白黒はっきりしています。MLSで同僚だった高級取りのビジネスマンは、代理人を付けて契約交渉していました。その一方で、解雇になっていった多くの同僚たちも見てきました。

ベッカム、メッシ獲得も狙い通り。MLS成功の秘訣

――アメリカで女子サッカーの試合を取材した際、試合や大会が始まる前に花火を打ち上げたり、メディア向けのビュッフェが用意されていたりして、お金のかけ方が他の国とは違うなと感じました。それも集客の戦略なのですね。

中村:「お金をかけないと儲からない」という先行投資のマインドが強いと思います。スポーツチームの経営の評価も「その年が黒字か、赤字か」を示すPL(Profit and Loss statement:損益計算書)よりも、チームとしての資産価値が今後どうなっていくかを示すBS(Balance Sheet:貸借対照表)に注目しています。だから、1年目で50億円の赤字が出ても、「それは3年後にチームの資産価値が800億になるための投資」などと考えて、先にいい人材やスタジアムを作ることに投資する。花火のような演出や、おいしいものを食べられる店がなければお客さんは来ない、という感覚なんですよね。

――可能性に賭けて、かなりの巨額を動かしているのですね。

中村:それはMLSにも言えることです。MLSでのプレー経験を持つデビッド・ベッカム氏が引退して、インテル・マイアミの共同オーナーになって、リオネル・メッシ獲得のキーマンになった。それは、まさかここまでうまくいくとは思っていなかったとしてもMLSの狙い通りでした。ベッカムというスターにお金を投資して、彼が引退した後にオーナーにして、メッシを連れてきたことで、結果的にリーグとしてはさらに儲かりましたから。メッシの契約には、引退した後にオーナーになってチームを安く買える条件が入っていると聞いています。そうなったら、メッシが引退後にMLSクラブのオーナーになって新たなスターを呼ぶことはもちろん、リーグの信頼度向上につながる可能性はあるんじゃないかと思います。

――そのサイクルで、 チームの資産価値も上がっていくのですね。ハリウッドセレブやトップアスリートがチームのオーナーになってお金を投資する流れも加速していますよね。

中村:そうですね。投資対象のスポーツは、「有形的、直接的に儲かるか儲からないか」だけが狙いではないんです。例えばインテル・マイアミに投資しただけでは儲からないかもしれないですけど、ベッカムのビジネスパートナーになれる。NWSLのエンジェル・シティに投資した瞬間に、ナタリー・ポートマンやセレナ・ウイリアムズ、他の有力者たちとビジネスパートナーになれるんですよ。投資する人は、そのステータスやアクセス権を買っています。例えば、マンチェスター・ユナイテッドを買ったグレーザー家は、ユナイテッドで儲けようとは思っていないんですよね。ユナイテッドのオーナーになれば、イギリスの王室に連絡して、招待状を送れます。オーナーという肩書きはそのための絶大なる信用状で、名刺になるわけです。加えて、スポーツフランチャイズ(興行権)の価値は一つしかないものなので、あまり下がることがない。MLSも1996年には500万ドルだったのが、今では10億ドル以上と言われています。そういう意味で、いい投資対象になっているんです。

開催都市は、移民との親和性も考慮して決定

――2025年のクラブワールドカップは世界中から32の強豪クラブが集まります。アメリカで開催することで、どんな効果が見込まれますか?

中村:例えば日本で開催した場合、トルコ対ギリシャの対戦カードだったらお客さんはあまり入らないと思うんですよね。でも、アメリカには多くの移民がいて、ポーランド代表ならシカゴ、エクアドル代表ならニューヨークとか、メキシコ代表ならテキサスやロサンゼルスというように、開催都市と移民の親和性も考慮されます。だから、どの試合にもファンが入ると予想しています。

――2026年のFIFAワールドカップはアメリカ、メキシコ、カナダの共同開催です。1994年のアメリカ大会決勝のブラジル対イタリアで記録された9万4194人の観客動員数はまだ破られていないんですよね。

中村:2026年の大会で破られる可能性はあると思います。1994年はまだアメリカではサッカーに対して斜に構えて見る人も多くいましたが、今はサッカーは王道になりましたし、テレビでいろんな国のサッカーを見られるようになったので、サポーターの見る目も肥えていると思います。

米のスポーツビジネスのスキルを生かしたい

――中村さんは会社の拠点をアメリカに置いているメリットをどんなところに感じていますか?

中村:ブンデスリーガやラ・リーガ、バイエルン・ミュンヘンやバルセロナなど、いろいろなリーグやチームの事務所がニューヨークにありますし、大手企業の本社も集まっているので、「そこにいる」ことが大事だと思っています。南米と時差が一緒で、ヨーロッパとは6時間の時差なので日中に電話ができますし、出張はヨーロッパが5〜6時間、ブラジルは10時間で行けます。あとは、日本で(アメリカ時間の)夜に仕事を稼働させて、アメリカで朝稼働すると24時間で会社を回せるメリットがあります。

――アメリカでスポーツビジネスの最前線を見てきたノウハウを、今後、どのように生かしていきたいですか?

中村:次の夢がまだ具体的になっていないことが、今の悩みなんです。今までは「留学したい」「MLSに入りたい」「自分が考えた大会を開催したい」「バルサで働きたい」「起業したい」など、目標を決めて邁進してきたんです。ただ、起業して以降は、いろいろなことに興味があって、絞りきれていない状況です。あと12年で60歳なので、時間がなくて少し焦っています。

――イメージしても実現するのが難しいことのほうが多いと思いますが、中村さんは夢が実現するまでやり抜くのですね。

中村:まず「これをやりたい」というイメージを自分の中で鮮明にして常識化してから、少しずつ実現してきました。例えば「高校に行く」っていうのは、みんなクリアにイメージできるから、受験をしたり、遊ぶ時間を控えて塾に行きますよね。そうやって準備をクリアにすることが大切だと思っています。

――スポーツマネジメントの世界でさらに大きな夢と位置付けられるのは、例えばどんなことですか?

中村:少し遠い夢ですが「海外のチームの強化部に入る」ことです。アメリカではアフリカ系アメリカ人男性や女性のGMも出てきましたけれど、アジア人ではまだほとんどいないんです。あとは、もちろん日本のスポーツチームの経営にいつか携わりたい気持ちもあります。ただ、計画を立てて考えるところまで入っていないので、今後はもっと具体的に考えられるようにしたいですね。

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<了>

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[PROFILE]
中村武彦(なかむら・たけひこ)
東京都町田市生まれ。Blue United Corporation, President and CEO。「パシフィック・リム・カップ」、「Blue United eFC」主宰。幼少期をアメリカで過ごし、10歳で帰国後、日本でNECに勤めた後、再び渡米してマサチューセッツ州大学大学院スポーツマネジメントを学び、MLS、FCバルセロナ国際部を歴任。自著『MLSから学ぶスポーツマネジメント』でサッカー本大賞を受賞。青山学院大学法学部、UMASSスポーツマネジメント修士(Alumni on the rise Award受賞)。ISDE法科大学院(Outstanding Alumni受賞)、現•東京大学工学系研究科共同研究員、青山学院大学地球社会共生学部プロジェクト教授。

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