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早田ひなが満身創痍で手にした「世界最高の銅メダル」。大舞台で見せた一点突破の戦術選択

REAL SPORTS 2024年8月5日 2時25分

パリ五輪、卓球。早田ひなが女子シングルスで悲願のメダリストとなった。混合ダブルスではまさかの1回戦敗退、大会中に負った左腕のケガ……。早田にとって苦難のオリンピックとなった中での堂々の銅メダル。メダルの色は日本のエースとして挑んだ本人が望んでいたものとは違うものだったかもしれない。それでも手にした銅メダルには大きな意味と価値がある。腕をしならせるように使う技術だと痛みが出てしまう――。そのように見て取れる状況の中で行われた3位決定戦、早田が選択した一点突破の戦術とは。

(文=本島修司、写真=ロイター/アフロ)

前日の準決勝、入らなかった得意のチキータ

8月3日に行われたパリ五輪、卓球・女子シングルス。銅メダルを懸けて早田ひなが挑んだ3位決定戦の相手は、韓国の申裕斌(シン・ユビン)。準々決勝で死闘の末に平野美宇に勝利した今大会の“キーマン”ともいえる存在だ。

前日の準決勝と同様に、左腕にテーピングを施して登場した早田。そのケガの影響は、前日からプレー全体に感じさせていた。

前日の準決勝。中国の孫穎莎との大一番。いつものように、チキータからの展開をつくれない早田の姿があった。レシーブに回った際に早田が最も得意とするのは、チキータからの展開だ。相手がサーブから攻め込んでくるところを、逆にチキータで先手を取り、そこから4球目で攻撃してしまう。そのまま早田が先手を取っていく形が理想だ。

ただ、この日はネットミスが多い。ボールがネット以上に持ち上がらない様子が見受けられた。しなるように腕を振り切れないためだろう。チキータは、肘をやや前に出し、バナナのように弧を描く技術だ。腕を回しきって、振り切り、ボールの“引っ掛かり”をつくる。その“引っ掛かり”が腕の痛みによりいつもより弱いのか、ボールが持ち上がらなかった。

バックミートやバックドライブも精彩を欠き、ケガの影響は明らかにバックハンドの技術全般に影響が出ていた。そのまま、4-0で試合が終わった。あまりにもつらい完敗だった。

痛み止めの注射を打っての出場。「早田らしさ」は…

そして翌日、直前に痛み止めの注射を打って挑んだという、シン・ユビンとの3位決定戦。

第1ゲーム。昨日より、バックハンド全般が冴え渡る早田ひなの姿がそこにあった。本来の動きとは違うかもしれない。それでも「早田らしさ」は垣間見られる。

3-3へ追いつく場面では、バックハンドを連打して取り切った。バックの精度が戻っている。4-3へ突き放す場面では、サーブからフォアドライブをミドルへ叩き込んだ。決定打ながら“コースを散らす”素晴らしいボールが放たれる。

しかし、シン・ユビンも必死だ。本調子ではない早田のバックハンドを突き、そこから左右に振り回しながらの戦い方でこのゲームを制した。

第2ゲーム。ここで早田は、思い切った作戦に出る。フォアハンド主体への切り替えだ。結果的に、この選択が決め手となった。

バックハンドも調子は戻っているように見えるが、それでも痛みが出にくいほうの打ち方、フォアハンドを選択したのだろう。また、ユルく、柔らかく返球するブロックも多用していく。腕に負担が少ない技術だ。

これらは、代表選考も兼ねた数々の世界大会の際に見せていた技術でもある。この3年間でやってきたことの何もかもが、この大舞台で、早田の力になっている。

2-4へ追いつく場面でも、あえてユルいブロック。中盤は、オールフォアに近い戦い方も見せた。9-7に突き放す場面では、イチかバチか思うほど大きく回り込んでカウンタードライブをシュート気味に決めた。サイドを割って、シンをノータッチで抜いた。シンは、平野戦の最後の最後で、バックからフォアへの切り返しで何本か動作が「遅れた」場面があった。その場面を彷彿させるコース取りだ。

デュースに入ると、11-11からレシーブで回り込んでフォアドライブ一発抜きも披露。フォア、フォア、フォア。徹底したフォアでこのゲームを取った。

徹底的にフォアが主体。早田の限られた選択肢

第3ゲーム。10-7と追い込まれながらも、回り込みフォアドライブ。10-8でサービスエースが決まると、10-9では投げ上げサーブから、フォアドライブを1ゲーム目で効いていたミドルへ叩き込む形で10-10とする。

10―10からもオールフォアに近いほど左右に動き回ってのフォアドライブを、コースを散らしながら打ち込む。この戦法が、最も腕の痛みを最小限にとどめる手立てだと、早田が実感しているように見える。11-10からは、投げ上げサーブから、ストレートにフォアドライブ。

 

また、フォアドライブだ。怒涛の5連続ポイント。このゲームを勝ち切る。手応えを感じた表情が見えた。それにしても笑顔だ。腕の痛みを抱えながらの戦いの中でも、早田は笑顔だった。

第4ゲーム。早田の勢いが止まらない。またしても“ほぼオールフォアスタイル”で、連続ポイント。そのフォアドライブの一発一発に、魂が込められている。早田の絶叫が、得点のたびに会場中に響き渡る。ここも11-7で取り切る。

第5ゲーム。ここで序盤からシンが、再び左右に振ってくる。フォアハンドを警戒し始めて、早田のフォアをしっかりと止め切ってから、早田のバックへ回してくる。

9-9。簡単には勝たせてくれない中で、早田が選択したのは、投げ上げサーブ。誰もが3球目攻撃でのフォアドライブ一発抜きを狙いにいくと思った、その瞬間、シン・は突然、巧みな技を見せた。

バックハンドで回り込んでの、シュート気味のチキータを、早田のミドルへ入れてきた。この試合で、これまでに見せていない技術だ。ここはシン・ユビンが挽回を重ねて勝利した。

第6ゲーム。今の早田が選択するのは、徹底的にフォアが主体だ。そのスタイル。今、選択をするしかないこの戦術のことは、シンもすでに把握していることだろう。

それでも、ここまできたら、あとは執念のようにも見えた。3年間ぶんの思いを、1本ずつフォアドライブに乗せて打ち込む。 3年前、早田は今とは違う状況で、オリンピックという場所にいた。

リザーブだった東京五輪、過酷だった選考レース

2021年、東京オリンピック。早田はリザーブ選手として会場にいた。早田ほどの実力者が、主力選手のためにボール拾いをしていた。

あれから3年の月日が流れた。いろいろなことがあった。オリンピックの日本代表入りを目指す選手たちは、「過酷すぎる」と批判まで出るような過密なスケジュールとなる代表選考レースの日々を過ごした。その過酷な試練を乗り越え、早田は日本のエースとしてパリ五輪に臨んだ。

そんな中で、卓球の神様は、早田ひなに最後の試練を与えたのだろうか。テーピングを巻き、痛み止めの注射まで打った早田ひなの左腕は、あまりにも残酷な現実として、早田を苦しめる。

それでも、この左腕でやるしかない。そして早田は、この大舞台でプレーできる喜びを全身で感じ取り、試合を楽しみ、笑っている。

第6ゲームの後半、激しい打ち合いで9-6となった場面では、神がかったようにバックハンドも決まり出す。切り替えしながらのラリー。フォアもバックも、どちらも入る。

そして、常に最善策を模索し続けた早田に、卓球の勝利の女神は微笑んだ。手首で小さくキュッと切った回転の強い下回転でサービスエースが決まり、このゲームを制した。

オリンピックは4年に一度しか行われない。オリンピック期間中、さまざまな競技を入れ替わり立ち替わり見ていると、そんな当たり前のことを、つい誰もが忘れがちになる。しかし、決して忘れてはいけない。ここまでたどり着いた選手たちの試合には、人生を懸けて日々研鑽を積み重ねてきた選手たちの弛まぬ努力の結晶が、一瞬一瞬にすべて詰まっているということを。

この日、世界中のスポーツファンが目撃したのは、世界3位の銅メダルではなく「世界最高の銅メダル」だった。

<了>

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