準々決勝でアメリカに120分間の激闘の末に敗れ、大会を終えたなでしこジャパン。またしてもベスト8の壁に阻まれたが、「これまでで一番、ベスト8の壁を越えられる可能性を感じた」という南萌華の言葉が象徴するように、成長も示した大会となった。選手たちの言葉から、パリ五輪の収穫と課題を総括する。
(文=松原渓[REAL SPORTS編集部]、写真提供=USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)
元チャンピオン同士の戦いは120分間の激闘に
スタジアムに響き渡っていたUSAコールが、ざわめきに変わっていく。堅実で組織された日本の攻守に、観客が感化されていく様子が目に見えるようだった。
パリ五輪、女子サッカー準々決勝。スペイン、ブラジル、ナイジェリアと同居した強豪揃いのグループCを2勝1敗で突破したなでしこジャパンは、準々決勝でオリンピック4回、ワールドカップ4回と最多優勝回数を誇るアメリカと、120分間の激闘を繰り広げた。
アメリカは、過去最低のベスト16で敗退した昨夏のワールドカップ以降、緩やかに世代交代が進み、今大会はイングランドの名将エマ・ヘイズ監督を迎えて女王返り咲きを狙っている。
元世界チャンピオン同士の対決は注目を集めたが、勝敗予想オッズも含めた下馬評は、アメリカを推す声が日本の3倍に上った。だが、日本にも挑戦者の意地がある。その重圧を前向きに捉えていることは、試合前の選手たちの覚悟や表情からも伝わってきた。
「アメリカは勝ち上がるために絶対に通らなければいけない壁というイメージで、チャレンジしてぶつかりに行きたい」(宮澤ひなた)
「『勝つのはアメリカだろう』と思われていると思うと燃えます」(守屋都弥) 試合は日本の戦略がはまり、アメリカが攻めあぐねた。トリニティ・ロッドマン、ソフィア・スミス、マロリー・スワンソンという平均年齢23歳の強力3トップに対し、日本は5バックでブロックを形成。中盤はダブルボランチの長谷川唯と長野風花を中心にコンパクトな守備網を形成し、スムーズなマークの受け渡しでスペースを消した。アメリカのお家芸とも言えるロングボールやクロスには、熊谷紗希と南萌華、古賀塔子の3バックとGK山下杏也加の強固なラインが危なげなく対応していた。
「世界一のブロック」で対抗、遠かった1点
ロングボールを多用する戦い方を、アメリカは途中から諦めたようだ。選手の立ち位置や配置を変えながら、柔軟に攻め手を探っていた。どんな相手にも横綱相撲で勝っていた以前のアメリカとは違う。それは、エマ監督がもたらした変化かもしれない。
それでも、日本の守備網に隙はなかった。ABC Newsによれば、エマ監督は試合後、堅実に戦術を遂行する日本のスキルを絶賛し、「日本のブロック(守備)は世界一だ」と語り、忍耐が必要な試合だったと総括している。
一方、カウンターを狙う日本の決定機は多くなかった。前半は田中美南がカットインから強引にシュートに持ち込み、分厚い攻撃から守屋都弥のフィニッシュにつなげたシーンがハイライト。後半も長谷川のクロスに植木理子が飛び込んだ場面でゴールの匂いがしたが、いずれもゴールネットを揺らすには、精度と強度が不十分だった。
試合を決めたのは、元NBAスターのデニス・ロッドマン氏の娘であるトリニティ・ロッドマン。180cm近い長身とピンク色の派手なおさげが印象的な22歳のヤングスターは、延長前半アディショナルタイムにカットインから強烈なシュートを叩き込み、勝者となった。
ベスト8突破に必要な2つの要素とは?
戦術的な駆け引きや組織力の面では、2011年のワールドカップ(日本がPK戦で勝利)や2012年のロンドン五輪(2-1でアメリカ勝利)など過去の名勝負にも匹敵する好ゲームだったと思う。
だが、日本はまたしても東京五輪、昨夏のワールドカップと同じベスト8の壁を越えられなかった。9日間で濃密な4試合を戦い抜いた選手たちの言葉に耳を傾けると、日本に足りなかった2つの要素が浮かび上がる。
一つは「ボールを保持する力」だ。今大会で、日本は4試合すべてでボール支配率で相手を下回った。アメリカ戦は26パーセント。最も低かったのは初戦のスペイン戦で、24パーセントだった。
「守備に追われてみんながきつい中でパスを出したり、一枚(相手を)かわしたりする中で、呼吸が合わなかったり、きつい中でパスがずれることがありました」と、田中は振り返っている。
決定的なパスで多くの決定機を演出してきた司令塔の長谷川も、今大会は守備に奔走。帰国後の取材では、冷静な口調の中に危機感を漂わせた。
「ピンチの数を減らすためにも、ボールを持つ時間を作らないといけないと思います。(今大会は)10%も力を出せていない感覚です。守備に追われる場面が多く、攻撃は何もできなかった」
ダブルボランチを組む長野風花とともに黒子として中盤を支え、守備面で大きく貢献した一方、真骨頂とも言えるスルーパスやサイドチェンジは影を潜めた。
勝つために足りなかったもう一つの要素は、やはりゴール。アメリカの15本に対して、日本も12本のシュートを放った。明暗を分けた1点の差を「決定力不足」などと結論づけるのは簡単だが、長谷川は異なる課題を指摘する。
「もっと崩して、ゴールエリアに入るシーンを作ることができると思います。アメリカは試合中、『日本にクロスを上げられてもOK』という守備をしていて、外が空いているのに、自分たちが攻め急いでクロスを上げていた感覚がありました。その判断は(周りの)声かけ一つでも変わるし、細かく状況判断できれば、もっといいチャンスが作れたと思います」
流麗なパスサッカーで世界を制したワールドカップから13年。興行的にも戦術的にも各国の女子サッカーが発展している中で、ボールを保持し、ゴールを奪う難易度は上がった。その中で、スペインやアメリカとの差は一朝一夕で埋まるものではないと思うが、長谷川の冷静な分析から想像するに、絶望的な差でもなさそうだ。
2度のワールドカップと東京五輪に出場した25歳の南萌華は、その実感をこんな言葉に凝縮させている。
「これまでで一番、ベスト8の壁を越えられる可能性を感じた大会でした。チームとしても個人としても成長ができている自信もついたので、現役の間に、絶対にこの壁を越えたいと思いました」
池田ジャパン3年間の成長の軌跡
改めて今大会を振り返ると、日本にとって不運だったのは、ケガ人とコンディション不良者が続出したことだ。団長を務めた佐々木則夫女子委員長によると、パリの選手村に入った時から体調を崩す選手が出たという。世界各国から選手が集まる空間で、「コロナ的な風邪が流行ってきちゃったのかなと思う」(同氏)。
その中で生じた戦力の穴は、4名のバックアップメンバーも含めた総力戦でカバーした。
その上で、日本が示した強みの一つが戦術的柔軟性だ。昨夏のワールドカップ以降、実戦の中でセットプレーやシステムのオプションを増やしてきた成果を発揮。初戦のスペイン戦では、これまであまり見せてこなかった4-4-2のシステムで、前半はほぼ互角に近い戦いをした。池田太監督は、選手やスタッフが意見を発信し合える風通しの良い雰囲気を作り上げた。
「相手の変化に対応し、自分たちの強みを出すために自分たちで変化させていく。試合の流れや対戦相手によって(戦い方を)変える反応や理解度、プレーに移す能力は成長した部分だと思います」
個の成長と若い世代の台頭にも、新たな可能性を感じた。特に、最終ラインは百戦錬磨の熊谷を軸に、中堅世代の南や高橋はながその脇を固め、さらに18歳の古賀塔子が台頭。南は、イタリア・セリエAやチャンピオンズリーグで対人プレーを強化してきた成果を随所で発揮した。
「ブラジル相手やアメリカ相手にも1対1で勝てたシーンが多く、手応えを感じました。日本でプレーしていた時は海外の選手に対して怖さもあったんですが、今は『かかって来い』ぐらいの気持ちで試合ができるようになりました」
藤野あおばと浜野まいかの20歳コンビは、4年後にはなでしこの攻撃を牽引する存在になるだろう。同じく19歳の谷川萌々子も、ブラジル戦の逆転ゴールで、中盤の切り札としての価値を揺るぎないものにした。
大会後には、多くの選手が新たに海外に活躍の場を求める。藤野は、イングランドのマンチェスター・シティに3年契約での加入が発表され、田中(ユタ・ロイヤルズ/アメリカ)や清家貴子(ブライトン/イングランド)、山下杏也加(移籍先は未発表)も、新天地での挑戦が始まる。浜野や谷川、古賀のように10代から海外で挑戦するキャリアも、なでしこジャパンを目指す少女たちにとって、一つのロールモデルになりそうだ。
一方、世界トップとの差を縮めていくためには、個の成長だけでは難しい。
「ヨーロッパはネーションズリーグやヨーロッパ予選をやっていて(日程が詰まっているため)、日本は代表の活動期間でヨーロッパのチームと戦える機会が減って、ヨーロッパの中でどんどん強くなっていってしまっている。取り残されないように、代表期間の活動を大事にしたいです」
そう南が吐露したように、強豪国とのマッチメイクのハードルが上がっている現状がある。今大会の結果を受け、3年後のワールドカップ、4年後のロサンゼルス五輪に向けて、日本サッカー協会はどのような強化策を打ち出していくのか。
新生なでしこジャパンは、10月26日の国際親善試合で新たなステージに向け再スタートを切る。
<了>
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