2021年からなでしこジャパンを率いてきた池田太監督が、8月をもってその任を退くことが発表された。新体制で臨む10月の国際親善試合まで2カ月と迫る中、新監督は外国人監督も含めて検討されているという。池田ジャパンが届かなかったベスト8の壁を破るために、新監督に求められる理想と現実とは?
(文=松原渓[REAL SPORTS編集部]、写真=ロイター/アフロ)
2年11カ月の指揮に幕
2021年からなでしこジャパンを率いてきた池田太監督が、8月で契約満了のため退任することが発表された。JFA(日本サッカー協会)からリリースされた池田監督のコメントには、就任してから2年11カ月間の感謝の言葉とともに、果たせなかった想いも綴られていた。
「ワールドカップ、オリンピックという世界大会を通して、チームとしてできることを増やし、成長してこられたと思います。なでしこジャパンとしてさらに上に進み、選手とともに、ここから先の景色を見たかったです」
池田監督は2018年のFIFA U-20女子ワールドカップで優勝、22年の同大会では準優勝と結果を残し、若い選手を積極的にA代表に抜擢。世界一を経験した各世代を融合させ、23年のワールドカップと24年のパリ五輪ではベスト8の結果を残した。
続投とならなかった理由について、佐々木則夫女子委員長は次のようにコメントしている。
「選手、スタッフとのコミュニケーションは問題なく、非常にいい雰囲気の中で指揮してくれました。しかし、なでしこジャパンは試合内容もそうですが、結果として世界大会でベスト8止まりではなく、ベスト4に行ってさらに注目を集め、女子サッカーの繁栄につなげる大きな使命があります」
パリ五輪では準々決勝でアメリカと120分間の死闘を繰り広げた末に敗れ、そのアメリカが優勝。世界との差は紙一重にも映った。だが、結果は昨夏のワールドカップと同じステージ止まり。チャンスの量や質を考えれば「まだまだ足りない」と、大会後には多くの選手から自戒を込めたコメントが聞こえてきた。
池田監督が引き出した自主性と対応力
池田監督が3年半で残した功績は、限られた期間でしか活動できない代表チームに、クラブチームのような一体感のある雰囲気をもたらし、どんな相手や状況にも柔軟に対応できる自立したチームを作り上げたことだと思う。
10代の頃から飛び級で池田監督のチームで戦ってきた高橋はなは、「池田監督が作り上げてくれたチームはどのチームも素晴らしくて、A代表では(熊谷)紗希さんをはじめレベルの高い選手たちがいて、(年代別代表より)厚みが増したチームになり『いいチームってこういうことなんだな』と学べることが日々ありました」と大会後に振り返っている。
熱いキャラクターで選手やスタッフから「太さん」と親しまれ、繊細なコミュニケーションでモチベーターになり、サッカーでは対応力を磨いて、カウンターとリアクションサッカーに活路を見出した。
その一方で、強豪国に対しては自分たちでボールを保持しながら創造性のある攻撃を見せる機会が乏しく、所属クラブで攻撃の核を担う選手たちも、その強みを発揮することはできなかった。
佐々木氏は新監督選任に際して、「(池田監督が築いた)良い部分にプラスアルファを付け加えて、もう一つそこ(ベスト8)の壁をぶち破っていただける方」という条件を挙げた。
外国人監督も候補に。求められる理想の条件とハードル
新監督の選任に当たっては、外国人監督も視野に入れて検討が始められているという。これまで、なでしこジャパンの監督はU-17、U-19、U−20からA代表に持ち上がりで昇格するケースが多く、外国人監督は俎上にすら乗らなかった印象がある。その点では変化の兆しが見える。
新監督に求められる要素は、研ぎ澄まされた戦術的思考とコーチング力、そしてマネジメント力。戦術やマネジメントに関しては、長谷川唯はじめ、海外の最前線で活躍する選手たちと対等に渡り合える実力が必要になる。それらを兼ね備えた指導者なら、性別も国籍も関係ないと思う。
例えばアメリカ女子代表のエマ・ヘイズ監督のように“戦術カメレオン”と言われる多様な戦術の使い手で、さらに女子で指導経験豊富な人物は理想的だ。11年間で13のタイトルをチェルシーにもたらしたヘイズ監督は、パリ五輪では就任3カ月で金メダルというこれ以上ない結果を残した。
チェルシーで昨シーズン、その薫陶を受けた20歳の浜野まいかは、力強い言葉で思考や感情を言語化するようになり、表情も一気に大人びてきた。
「エマは『チェルシーはミスが許されないマシーンだ』と言い続けていて、全員がその意識でプレーしていたと思う。『負けられない』ではなくて『負けるべきじゃない』と思わされました」
同氏を筆頭に、女子サッカー最高峰と評される監督には女性も多い。イングランド女子代表のサリナ・ヴィーフマン監督や、今季からチェルシーの新監督に就任したソニア・ボンパストル監督もそうだ。
そのレベルの監督を呼ぶのに最も高いハードルとなるのは、やはり「予算」。ヘイズ監督の年俸は、7月まで同男子代表監督を務めていたグレッグ・ベルハルターと並ぶ160万ドル(約2億3000万円)と言われている。ヴィーフマン監督は、昨夏のワールドカップ時点で40万ポンド(約7700万円)とされていたが、新しい契約ではインセンティブも含めてさらに増額されている。
日本女子代表監督の年俸は公表こそされていないものの、筆者がこれまで聞いたいくつかの情報を総合すると、1000〜3000万円前後。世界の潮流の変化や強豪国との間には開きがあるのが現実だ。
JFA(日本サッカー協会)の宮本恒靖新会長は、国内外から幅広く候補を探すように指示しているという。予算を増やし、スカウト網も含めて幅広く、緻密な人選が可能になることを願いたいが……。
10月の国際親善試合に間に合う? 有力候補は…
新監督選任にあたって立ちはだかるもう一つの壁が、時期的な制限だ。
次のなでしこジャパンの活動は、10月26日に国立競技場で行われる国際親善試合。その試合が新体制の初陣となるはずで、それまでに新監督の選任を間に合わせることが理想だ。しかし、2カ月しかない上に、ヨーロッパはすでにシーズンが始まっている。もちろん妥協はできず、間に合わない場合は10月の試合は暫定監督で臨むことも考えられるという。
「アメリカのリーグはタイミング(がずれていてチャンス)はあるかもしません。そういう要因も含めて(候補を)精査します。来年2月にアメリカで行われる大会では監督がいない、というわけにはいかないでしょうから、その(時期までに契約がなく、空いている監督の)枠の中でしか選べないかな、というところはあります」(佐々木氏)
国内にもU−20女子代表の狩野倫久監督をはじめ、有力な候補はいる。一方で、外国人指導者を考えるならば、佐々木氏が言うように、11月末でシーズンを終えるNWSL(米女子プロサッカーリーグ)から招聘するアイデアが現実的だろう。
NWSL方面で可能性がある人物としては、元選手で、欧米のクラブや代表レベルで指導経験豊富なローラ・ハービー氏(イングランド)や、ケイシー・ストーニー氏(同)が挙げられる。
もう一つの可能性としては、ポゼッションやポジショニングの落とし込みに長けたスペイン人指導者から最適な人物を選ぶことだ。技術と戦術面で世界をリードするスペインは、その両面で指導者の総合的なレベルが高く、日本が理想とするスタイルを考えた時に合致しやすいのではないだろうか。
WEリーグのINAC神戸は、昨季からスペイン人のジョルディ・フェロン監督が率いており、千葉も同じくスペイン人のイスマエル・オルトゥーニョ・カスティージョ氏が今季ヘッドコーチから監督に昇格した。両クラブとも語学やコミュニケーションの壁は突破できる前例を示している。WEリーグがラ・リーガとパートナーシップ協定を提携していることも追い風になりそうだ。ただし、代表とクラブのマネジメントは大きく異なる。「カテゴリー問わず代表を率いた経験がある」という理想も満たせる人物は多くないだろう。
譲れない理想とさまざまな制約の中で、条件に合致する監督は現れるだろうか。なでしこジャパンが世界で再び栄光を取り戻すのか、それとも他国に差をつけられるのか――。新監督の招聘は、日本女子サッカーの未来を占う非常に重要な局面となる。
<了>
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