9月3日に開幕するWTTコンテンダー アルマトイ(カザフスタン)、9日開幕のWTTチャンピオンズ マカオを控え、いよいよ4年後のロサンゼルス五輪に向けて本格的に活動が始まる日本卓球界。直近のパリ五輪では女子団体で銀メダル、早田ひなが女子シングルスで銅メダルを獲得するなどの結果を残した。一方で、波乱の敗退となったのが混合ダブルス。“異質ラバー”に敗れたともいえるこの敗戦を、4年後を見据える今後の日本勢の戦いにどのように生かすべきだろうか?
(文=本島修司、写真=長田洋平/アフロスポーツ)
パリ五輪最大の波乱をもたらした“異質ラバー”
熱狂とともに幕を閉じたパリ五輪、卓球。混合ダブルスの1回戦では、張本智和・早田ひなのペアが一回戦で姿を消す波乱があった。
結果的に、パリ五輪の卓球競技において最大の波乱ともなってしまったこの一戦。相手は北朝鮮の伏兵、リジョンシク・キムグムヨンだった。メダル獲得のみならず、打倒中国に「最も近い種目」と見られていた混合ダブルス。ライバル中国でさえも驚くような張本・早田の敗戦は、日本のみならず世界中に衝撃が走った。
世界ランキング2位を誇るニッポンの張本・早田ペアに、あの時何が起きたのか。そこにあるカギは、“異質ラバー”という存在だ。
これまで何度も世界の大舞台で伏兵がジャイアントキリングを巻き起こしてきた武器。それこそが異質型とも呼ばれる「異質ラバー・プレーヤー」たち。
ロサンゼルス五輪でも成長著しい日本勢のメダル獲得が期待される卓球競技。その戦いの中で落とし穴ともなりかねない異質ラバーとは何か。異質ラバーにはどんな種類があるか。攻略のポイントと戦術も合わせて見ていこう。
インドがかけた“ムカルジーの魔法”、再び
パリ五輪前の直近の大会でも、この異質ラバーを使った選手によるジャイアントキリングはあった。2月に行われた世界卓球・団体戦の、女子団体での出来事だ。
卓球大国の中国は、初戦でインドと対戦。その中で、世界ランキング1位のエース孫頴莎が、インドの世界ランク155位アイヒカ・ムカルジーに負けるという波乱が起きた。
その際、ムカルジーが見せた独特の変則スタイルが大きな話題になった。バック面から生み出されるボールがとても独特だったのだ。
それは「アンチラバー」というラバーによる効果だった。1970~80年代にかけて一世を風靡したこのアンチラバーが、現代においてもまだ、格上の選手を倒すアイテムとして機能することを見せつけた。
そしてパリ五輪・混合ダブルスでの北朝鮮によるジャイアントキンリング。
まず北朝鮮の選手たちが、世界ランク上位のシード選手ではなくとも、まったく油断できないという大前提もあった。コロナ禍以降、北朝鮮ペアは国際大会に出場しておらず、世界的に名が知れていないだけで、結果から見ればかなりの実力者だった。
それに加えて、女子選手のキム・グムヨンが異質ラバーの使い手だったことも大きい。キムがバック面に貼っているラバーは、ボールの弾道を見る限り、明らかな異質ラバー。結局、女子を中心に卓球のジャイアントキリングにいつもついて回るキーワードは、この「異質ラバー」ということになる。
異質ラバーとは何か?
一般的に多くの選手が使う、表面がツルツルで、回転をしっかりかけるラバーを「裏ソフトラバー」と呼ぶ。自分から回転をかけていくタイプで、回転量が多いラバーだ。
裏ソフトラバーの使用選手を挙げると、世界中のほとんどのトップ選手が該当する。日本男子のトップ、戸上隼輔も張本智和もフォアが裏ソフトラバー、バックも裏ソフトラバーだ。
一方、異質ラバー全般は、回転量が少なくナックル性のボールになる。異質ラバーには、大きく分けて「粒高ラバー」「表ソフトラバー」「アンチラバー」の3つの種類がある。
それぞれ使い手の異質型の選手を挙げると、粒高ラバーの有名な選手は、国内では出澤杏佳。バック面に使用している。表ソフトラバーの有名な選手は、木原美悠。彼女もバック面に使用だ。アンチラバーの有名な選手は国内では見当たらず、やはりインドのムカルジーとなるだろう。
まず、「粒高ラバー」。これはカットマンの選手でバック面だけ使用する選手が一定数いる。高校時代の佐藤瞳などがそうだ(現在の佐藤は、粒高寄りの表ソフトラバーを使用)。性能は、明らかなナックルボールが出ることが特徴で、相手の回転のあるボールも、その回転を消してしまうほど突出した性能を持つ。異質ラバーといえば真っ先にこの粒高ラバーを思い浮かべる人も多いだろう。
次に、「表ソフトラバー」はどうか。これは凹凸があるのに、その凹凸が低く、ゴムも固いのが特徴だ。性能も、粒高ラバーほどナックルや無回転に特化しているわけではない。個人の感じ方の差や、商品ごとに差はあるものの、表ソフトラバーの性能は、実は裏ソフトラバーに近いものもある。けっこう回転もかかる。弾くような打ち方であれば攻撃もしやすい。
トップ選手では、バック面に表ソフトラバーを貼って、レシーブ時だけナックル性のボールも出し、それ以外では前陣速攻の選手としてバックミートで弾く打ち方をする選手も多くいる。日本では伊藤美誠などがそのスタイルの筆頭だ。
3つ目が、「アンチラバー」。最もやっかいな存在で、かつ、粒高ラバー以上にトップ選手の使用が少ないラバーだ。世界のトップ選手が集う大会では、現代ではアンチラバーを見かけるほうが少ない。しかし、稀だからこそ「慣れる機会が少ない」とも言える。
世界選手権で中国の孫を倒し、突如ブレイクしたインドのムカルジーのバック面がまさにこのラバーだ。
ムカルジー使用のアンチラバーは『ゴリラ』
余談だが、ムカルジーが使用しているアンチラバーの製品名は『ゴリラ』というものだ。ドクトル・ノイバウアー社という会社が作っている製品となる。このメーカーは「ほぼ、異質ラバーを作ることに徹した専門メーカー」で、一部のコアな卓球選手の間で熱狂的な人気を誇る。他にも『バッファロー』『タランチュラ』『グリズリー』など、おおよそ卓球のラバーとは思えない強烈なネーミングで高価なアンチラバーを次々と発売。独自の路線を歩んでいる。
日本国内においては取り扱い自体は少ないが、ノイバウアー社の異質ラバーの新作を心待ちにしてネットショップで買い求めるファンもいるほどだ。また、10年ほど前にネットショップ発の動画で人気に火がついた「グラスディーテックス」(ティバー社)という一枚の粒高ラバーが、爆発的に売れたことがあった。このあたりから、「異質を貼っている=打たれる、あまり強くない」というイメージが少しずつなくなり、むしろ「他人が貼っていない異質ラバー(特に粒高ラバー)を貼っていることが個性」と考えるアマチュアの卓球選手が増えた印象だ。
どのスポーツにもある「自分だけの道具」を持つ楽しみといったところか。異質ラバーにはこうした、所持していることによる楽しみ方もある。このあたりは卓球業界の“少しだけ濃い話”だ。
異質ラバー攻略のカギは? どう対策するべきか
異質ラバー攻略のカギはどうするべきか。
カットマンを除けば、異質ラバーの選手はだいたい“前にいる”。台に張りついて構えることが多い。下がると、振り抜く攻撃力があるわけではないので、あまり台の後ろに下がりたくない選手が多い。そこを突くのが有効だ。
具体的な方法は二つ。一つはあまり台から下がれないという弱点を突く「高速ロングサーブ」を出すこと。つなぎのラリーを長引かせないで“一発抜き”で仕留めにいく作戦だ。
もう一つは、粒高ラバーはこちらの回転量が多ければ多いほど、返球される時に不規則な変化を生むため、ナックルサーブを多用し、粒高ラバーでボールを“つかみ切れない”ようにする作戦もある。
ただし、世界選選手権でのインドのムカルジーにも、パリ五輪での北朝鮮のキムにも共通して言えることがある。それは彼女たちは決して「ラバーの力だけで勝っているわけではない」ということだ。
ムカルジーからも、キムからも、「猛練習をした形跡」が見てとれる。異質ラバーは、使いこなすのは難しい。特に、ムカルジーのアンチ、そしてキムの粒高は、ナックルや変化があるとはいえ、なかなか攻めることができないのが難点だ。そして「相手がトップ選手になると、少々変化するくらいでは、豪快に打たれやすい」という弱点もある。
使いこなすのが難しく、打たれ放題にもなりやすい。だからこそ、多くのトップ選手は、粒高ラバーとアンチラバーの使用をわざわざ選択しようとしない。ムカルジーもキムも、ある程度、覚悟のようなものを持ってこの異質ラバーを使う選手になったはず。
その上で精度を極限まで高めており、豪快な攻撃のボールが来ても、カット性ショートでブロックし、キムは張本・早田ペアの動きをしっかりと止めていた。そしてその隙をついて、次のチャンスボールを男子のリ・ジョンシクが逃さず攻撃していた。この戦法が完全にパターン化されており、パターン化されていたということは、自国で猛練習を積んできているという証拠だ。
世界にはまだまだ隠れた猛者がいる。大舞台の開幕戦でいきなりそれを思い知らされることになったのが、パリ五輪の混合ダブルスだった。
卓球におけるジャイアントキリングが起きる時、そこにはいつも異質ラバーの存在がある。
これから始まるロサンゼルス五輪に向けた戦いの中でも、下克上を狙い日々鍛錬を積んでいる異質ラバーの使い手たちは、目が離せない存在になりそうだ。
<了>
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