ラグビー日本代表として70キャップを誇る田村優が自身の経験を子どもたちに語り明かした。世界を知るトップアスリートが発する本音の言葉の数々から子どもたちが学び得る経験値は計り知れない。世界で活躍するプロのラグビー選手を目指す小学6年生から中学3年生を対象におこなわれた夏合宿。そこで田村が語りかけた、一流になるために必要な「成功の条件」とは?
(文=向風見也、撮影=Ken Shimizu)
小中学生がトップクラブさながらの流れを体感し…
自ずと緊張感を生んだ。ラグビー日本代表の田村優が用意された即席のトークセットに座ると、34人の小、中学生の聴衆は静まる。
8月21日、福岡のスポーツ施設であるグローバルアリーナで実施されていたのはアルゴスラグビーアカデミー。将来プロになりたい小中学生がグラウンド内外で必要な知見を共有する活動だ。
元早稲田大学監督の山下大悟氏が全体のプログラムを統括。山下氏とともに早大を教えた銘苅信吾氏が、スペースにボールを動かす技術と判断について伝える。宿舎でのミーティングとの合わせ技で、セッションの狙いをクリアにする。
練習の前後には体重を測る。休憩時に摂取した水分量と体重の減少量を照らし合わせたら、発汗の量がわかる。食事のメニューをコーディネートし、専門指導もおこなう管理栄養士の金子香織さんらが個々のコンディションを見る。
体調管理といえば、トレーニング後の測定の次に約10度の水に浸かる。クライオコントロールジャパン株式会社が用意した、氷を使わない循環型アイスバスだ。東京五輪のトライアスロン会場でも活用されたこの機器は、疲れの蓄積や熱中症を予防する。
参加者にトップクラブさながらの流れを体感し、家に帰ってからの行動を見つめ直してもらうのがアルゴスの狙いだ。技術指導にとどまらない領域をカバーするこのキャンプはこの夏が2回目で、3日目の午前にスペシャルイベントとして、田村がトークセッションに臨んだ。
日本代表としてワールドカップに2度出場し、2019年の日本大会では正司令塔として史上初の8強入りに貢献した35歳。キャンプをサポートするアシックスと契約する縁でこの場にいた。
まず切り出したのは少年時代のこと。もともとサッカー少年だった田村は、父の高校時代の同級生が監督をする國學院栃木高校でラグビーを始めていた。
「プロスポーツ選手になりたいという思いが一つあって。それがラグビーなのか、サッカーなのか、どっちのほうが簡単かなというのを、自分で考えてはいました。(高校でラグビーを選んだ時は)もう、これしか道がないなと思っていましたね」
ダン・カーターの技術のベースは「裏庭で作った」
トップアスリートの育成年代へのメッセージは、多岐にわたる。
日本代表の主将としてのキャリアが豊富なリーチ マイケルは、どの年代にも「計画を立てることの大切さ」を説く。たくさん突進してたくさんタックルする裏側では、その時々の体調に合わせて自らを追い込んだり、休んだりと自ら立てた「計画」に沿って動いている。
元ジャパンの斉藤祐也氏が運営するスポーツ教室「ボールパーク」では、チャレンジ精神を貴ぶ会の目的を踏まえてこう話していた。
「楽しさを見つけることが大事。また、自分の仲間を大切にするといいことが起こると思います。そして、失敗を恐れずに、どんなことでもチャレンジし続ける。僕はいっぱい失敗して、(所属先の東芝ブレイブルーパス東京で)優勝できました」
やはり楽しむことの価値を謳うのはダン・カーター。あふれる技巧と冷静さで、ニュージーランド代表のスタンドオフとしてワールドカップ優勝を経験したレジェンドはこのように語った。
「私は子どもの頃、実家の裏庭で友達とラグビーをしていました。その頃から自由にボールを投げ、操っていた。いまある技術のベースのほとんどは裏庭で作ったと思っています。リラックスするのが大切。ラグビーはストレスやプレッシャーのかかるスポーツですが、そんななか自分自身をリラックスさせようと心がけてきました」
「ラグビー以外の時間」の過ごし方の重要性
リーチと同級生でもあり、カーターと同じポジションの田村は、よそ行きの言葉を使わず正鵠(せいこく)を射る。
イベントの趣旨も手伝い、話題は技術論に及ぶ。役目の一つとなるプレースキックについては、自分らしく、かつ本質的な型を探すことが肝要だと訴えた。
「(足とボールが)どの角度から当たっても、蹴りたい方向にまっすぐ足と体が出ているか(が肝)。正しい方向に、足と体を持っていければ、物理的にはそこに必ずボールが飛んでいく」
初期にしていたゴールキックの練習は、「適当」とのことだ。
「それこそ、(フォームなどが)固まってきたのはここ 4~5 年。それまでは自分の蹴り方を見つけていく作業です。いまでも毎シーズン毎シーズン、(形は)少しずつ変わっていくので。だいたいの大枠は見つかってきましたけど、試行錯誤し続けている感じですね」
少年に「キックを遠くに飛ばすには」と聞かれると……。
「(身体が)大きくなったら飛ぶようになる。それよりも、10メートルでも15メートルでも、正しいスキルで正確に届けることのほうが大事。それは、パスでもキックでも。いまでも、僕はそう思っています」
一貫して説くのは、各々が自力で基本技術を得ることの勧めだ。
「僕はあんまり、指導とかをするのが好きじゃないんです。まず、僕が指導されるのも、好きじゃない。もちろん、アドバイスは得ますけど。先生、コーチが与えてくれる大枠を、どういうふうに自分のものにしていくかはみんな次第。その作業が、結構、大事かなとは思います」
集団競技としてのラグビーの真髄にも触れた。勝つために必要な行動を問われると、「ラグビー以外の時間でチームメートと何かすることが重要」とした。
「遊びに行ったり、買い物に行ったり、ご飯を食べたり、お酒を飲んだり。そこの満足度がないと、ラグビーは、勝てないかな、と思います。週の頭の月曜日は、皆、練習なんかしたくない。でも、この前の土日は楽しかったね……と言いながら、すっと(月曜日以降のスケジュールに)入っていく。それが毎週。そういうことがあると、(プレー面の)話のキャッチボールもしやすくなる」
「好きなものを、好きな時に」一流になるために必要な“成功の条件”
冒頭こそ静寂に包まれた田村のセッションでは、時間が経つほど多くの質問が出た。関係者によると、ここまでのアルゴスのミーティングでは例にないほど手が挙がったという。話者の素直さが共鳴を生んだのだろう。
まとめの一言は。
「華やかなプレーに目が行きがちですけど、やっぱり突き詰めるところは『しっかりダウンボール(地面に球を置く動作)はできたのか』『しっかりボールは捕れたのか』『しっかりサポートに走れていたのか』という基本プレーです。あとは、(ラグビーは)楽しいスポーツで、これから外国人と出会う可能性もあって。そういうなかで、コミュニケーションを取れる性格であったほうがいいかなとは。いま(キャンプで)社交的になれるチャンスをもらっているわけですし」
ちなみに、トップアスリートとしての食への意識を聞かれれば……。
「好きなものを、好きな時にいっぱい食べる。栄養士の方がいる前であれですけど」
もっとも、その「好きなもの」は「肉、魚、野菜」。国産にこだわる。試合前日には、茶碗2~3杯分の白米でエネルギーを蓄えるとも伝えた。
田村が去ってから、「栄養士」である前出の金子氏は生徒たちに言った。
「田村選手が食べている好きなものって、この合宿で私が『食べてくださいね』と言っているものと一緒じゃないですか? 田村選手は、自分にとって必要なものが、食べたいものになっているんです。自分にとって必要なものをいっぱい摂り入れると、それがだんだん欲しいものになっていきます」
その人にとっての楽しいこと、もしくは好きなことが、その人の歩んでいる道で一流になるのに必要なことと結ばれている。成功の条件だ。
<了>
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