コロンビアで行われているU-20女子ワールドカップで、ヤングなでしこが3大会連続の決勝進出を決めた。標高2600mの高地や、FIFA(国際サッカー連盟)が導入した新ビデオ判定「フットボールビデオサポート」など、前例のない環境やレギュレーションにも対応しながら、1試合ごとに成長を見せるチームの強みとは?
(文=松原渓、写真=AP/アフロ)
日本の育成年代が強い2つの理由
コロンビアで行われているU-20女子ワールドカップでヤングなでしこ(U-20日本女子代表)が決勝に進出した。これで、2018年から3大会連続のファイナル(2020年はコロナ禍で中止)進出。決勝は23日、相手は朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)とのアジア対決となった。
U-20女子ワールドカップは、A代表への登竜門であり、近年はヨーロッパのビッグクラブも熱視線を送る舞台だ。日本がこの年代で圧倒的な強さを見せてきた理由は、育成の強みを明確に反映させたサッカーをしていることだろう。
「技術の高さ」や「複数ポジションをこなす個々の戦術理解度」、「戦術的柔軟性」はスペインと双璧で、他国の追随を許さない。
もう一つは「タレント力」だ。2018年のU-20女子ワールドカップ・フランス大会でチームを率いたのは、池田太監督だった。当時のチームは繊細さとダイナミックさを兼備した攻撃的なサッカーで、ぶっちぎりの強さで世界の頂点に上り詰めた。主力だった南萌華、長野風花、林穂之香、宮澤ひなた、遠藤純、植木理子らは現在なでしこジャパンに定着しており、その多くが欧米のビッグクラブに籍を置く。
2022年にコスタリカで、同じく池田監督に率いられた年代は、粘り強い守備と3バックをベースにしたスピーディな攻撃が魅力のチームだった。決勝でスペインに敗れ、連覇こそならなかったが、浜野まいかがゴールデンボール(MVP)を受賞。藤野あおばとともに、大会後に代表入りを果たした。現在はそれぞれ、チェルシーとマンチェスター・シティでプレーしている。 今大会はその2人に加え、先のパリ五輪で主力級の存在感を示した19歳の谷川萌々子と18歳の古賀塔子らも出場可能な“黄金世代”だが、4人とも招集されていない。U-20ワールドカップはインターナショナルウィーク外の開催となっているため、ヨーロッパでプレーする4人はクラブでの活動を優先させるよう、JFA(日本サッカー協会)が配慮したためだ。
“最も高い場所で行われている”大会への準備
主役級の4人を欠いた中で、勝ち上がることができるのか――。
そんな心配は杞憂に終わっている。日本はグループステージでニュージーランド(7-0)、ガーナ(4-1)、オーストリア(2-0)に3連勝。ラウンド16でナイジェリアを下し(2-1)、準々決勝で前回王者のスペイン(1-0)、準決勝では地元コロンビアを破って勝ち上がったオランダ(2-0)を下した。
快進撃の要因をオフザピッチとオンザピッチに分けて考えると、前者は大会前の“準備力”だろう。
今大会は、大会史上“最も高い場所”で行われている。会場は富士山の6号目に相当する首都ボゴタ(標高2600m)のほか、メデジン(標高約1500m)、カリ(標高約1000m)の3都市。6試合で大会トップタイの5ゴールを挙げている得点王候補の土方麻椰は、その壮絶な環境をこう説明する。
「ワンプレーで息が上がり、呼吸を落ち着けるのに時間がかかって、ボールに関わる回数が減ってしまいます。普段のハードワークやスプリントを繰り返すことができなくて、最初は苦しみました」
高地では酸素が不足して頭痛や食欲低下、睡眠障害などの高山病にかかりやすくなる。そのリスクを避けるための科学的な知見も集めた上で、狩野倫久監督は2週間前にチームをコロンビア入りさせ、高地順化で体を慣らしてからグループステージに臨んだ。試合間隔は中2日と短く、決勝まで7試合と過酷な連戦になることを見越して、「個々にモニタリングをして、走行距離や心拍数の変動、体調の変化を見ながら準備していった」。
大会が始まってからは時間をかけて準備した甲斐もあり、標高が下がったメデジンのスペイン戦や、カリのオランダ戦では「体力がついて、楽に感じられた」(土方)という。
また、今大会は、FIFAの主要大会で初めて「フットボールビデオサポート」が採用されている。ビデオ判定で結果に関わる重大な判定の間違いを修正でき、VAR(ビデオ・アシスタント・レフェリー)よりも低コストで運用できる。両監督は1試合に2回まで、判定の修正をリクエストする権利がある。このシステムについても、事前にレクチャーを受けて、チーム全体で準備を進めてきたという。これまで対戦国の監督が判定をリクエストするシーンが2度あったが、判定の結果を待つ間、日本の選手たちに動揺はなく、判定が覆ることもなかった。
個性が融合したピッチ上の強み
オンザピッチの強みは、個々の強みがしっかりと融合し、攻守が噛み合っていることだ。狩野監督がチームの最大の武器として挙げる「シンキングスピードの速さ、予測、判断」を、初戦から発揮。守備はボールの「即時奪回」を徹底し、柔軟に攻め手を変えながらペナルティエリア内に複数人がなだれ込む。
6試合で放ったシュート数は「120」に上り、エリア内のシュート数「78本」と枠内シュート数「49本」は出場国中トップを記録。6試合で8人がゴールを決めていることも、攻撃パターンの多さを裏付ける。
「誰が出ても同じような戦い方ができているのは、トレーニングを通して共通認識を持ってやってきたことを今大会で生かせているからだと思います」
早間美空が言うように、コンビネーションが安定しているのは選手層の厚さも理由だろう。狩野監督は毎試合、交代枠をフル活用している。
チームの軸は、前回大会にも飛び級で出場していた松窪真心、大山愛笑、天野紗、土方麻椰、小山史乃観、林愛花の6人。土方と大山を除く4人はすでにヨーロッパやアメリカのクラブに籍を置いている。なでしこジャパンも含め、さまざまな世代の代表を経験してきた小山は、このチームの強みをこう分析する。
「自分たちの世代は泥臭い気持ちで戦っている選手が多くて、最後は足が攣ってでも走り切ろうという気持ちがあります。スペイン戦の延長戦の後半でも全員が声を掛け合ってチームのために走ることができていたので、それが最後まで走り切るエネルギーになっています」
替えの利かない選手を挙げるなら、小山と大山のダブルボランチだ。小山は160cm、大山は158cmだが、ともに相手に捕まらないポジショニングを心得ており、攻撃の起点となっている。
「相手に先に触られると自分のプレーができないので、いかに早くスペースを認知して自分のポジションを取るかを考え、それができている手応えがあります」
小山は、今年1月にスウェーデン1部のユールゴーデンIFに加入してから、1対1にめっぽう強くなった。
相方の大山は前回大会でも日本の司令塔を担ったが、針の穴を通すような一撃必殺のパスの精度がさらに上がった。120分間の激闘の末にスペインを下した試合も、2人の絶妙なバランスで、中盤の主導権を渡さなかったことが大きい。
そしてもう一人、直近の2試合で決定的な働きをしたのが背番号10を背負う松窪だ。昨年からアメリカのNWSLに挑戦の場を移し、「毎日、自分の全力を出し切れる環境がある」という環境で筋力や俊敏性が向上。今大会はチーム事情でチームへの合流が遅れ、高地への適応に苦しんだが、スペイン戦では本領を発揮した。鋭い出足の守備でスペインのビルドアップを狂わせ、オランダ戦は2得点で決勝進出の立役者になった。最後まで足を止めないアグレッシブなプレーも魅力だが、ナイジェリア戦ではスーパーセーブを見せた相手GKに笑顔でグータッチするなど、リスペクトを忘れない立ち振る舞いにも注目が集まった。
上記に挙げた3人以外にも、各ポジションに“飛び道具”を持ったアタッカーが多く、個性が輝いている。質の高い動き出しでゴールを狙う土方、数的不利でも相手をかわせるドリブラーの松永未夢や笹井一愛、正確なキックで決定機に絡める天野紗。無尽蔵のスタミナで”ポスト清水梨紗”とも言われる柏村菜那、左足の強烈なキックでゴールを狙う佐々木里緒と早間。高さと強さを兼備した白垣うのと米田博美のセンターバックコンビに、絶対的守護神のGK大熊茜。誰がヒロインになっても驚きはない。
「3度目の正直」なるか。決勝の相手は因縁のライバル
ファイナルを戦う北朝鮮は、3大会ぶり3度目の優勝を狙う。日本は3月のアジアカップで2度敗れており、その強さは十分にわかっている。
球際の粘り強さ、シュートレンジの広さ、クロスをヘディングで叩き込む迫力、勝利への執念。育成年代からA代表に通じるコンセプトを徹底し、土方も「力強くて、技術も高くてハードワークもできる。他の国と比べて隙がないチーム」と、他国とは別格の強さを口にする。
だが、日本は6カ月前と同じチームではない。筋力や持久力を見直し、相手の圧力をいなして攻撃の時間を増やすためのトレーニングを積んできた。そして今大会では3週間、コロンビアの厳しい環境に順応して6試合を戦い抜き、「絶対に勝つ」と口にできる自信とチーム力が備わった。
決勝の会場は再び、2600mの高地・ボゴタへと戻る。最後の力を振り絞って「3度目の正直」を成し遂げ、2大会ぶりのタイトルを掲げることができるか。試合は日本時間の9月23日朝6時にキックオフとなる。
<了>
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