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高圧的に怒鳴る、命令する指導者は時代遅れ? ビジャレアルが取り組む、新時代の民主的チーム作りと選手育成法

REAL SPORTS 2024年9月27日 2時54分

スペイン男子クラブ初の女性監督が生まれたのは2003年。当時大きな注目を浴びたこの任に就いたのは日本人の佐伯夕利子だった。その後、アトレティコ・マドリード女子監督や普及育成部、バレンシアCFで強化執行部を経て、2008年よりビジャレアルCFに在籍。佐伯は生き馬の目を抜く欧州フットボール界で得た経験の数々を日本にもさまざまな形で還元してくれている。そこで本稿では佐伯の著書『本音で向き合う。自分を疑って進む』の抜粋を通して、ビジャレアルの指導改革に携わった日々と、キーマンたちとの対談をもとに、「優秀な指導者とは?」を紐解く。今回はビジャレアルのレディース担当のスポーツサイコロジストとして佐伯を支えたラウラ・サンチェスとの対話から、サイコ・エデュケーション(心理教育)、そして新時代の選手育成環境についてお伝えする。

(文=佐伯夕利子、写真=島沢優子)

幸運だったサイコロジストがそばにいる状況

日本の友人に聞いたところ、「スポーツ心理学」には2種類あるとのこと。ひとつは弱っている人や悩みを抱えている人、精神疾患のケア。もうひとつは選手をサポートする教育的心理学だ。ビジャレアルのスポーツサイコロジストたちは、2番目に挙げた教育的な心理学の領域に含まれる人たちだと理解している。

ビジャレアルのサイコロジストは2014年の改革スタート時、まだ各カテゴリーにひとりの配置ではなかった。全体で3人。全員が正規雇用だ。その3人が各チームを回りながら監督やコーチに気づきのためのサポートをしてくれた。その後10人になった。

他の指導者はサイコロジストがそばにいる状況ではなかったが、私はラウラ・サンチェスがレディース担当になり、私をマンマークでずっと支援してくれた。私はある種特別な扱いを受けていた。

サイコ・エデュケーションは自己認知することが大切

――選手にはどんなサポートしているのかな?

ラウラ(以下、L):まずは自分の言動に自覚的になってもらうこと。それが私たちの最初のアプローチです。そのために行うのが「サイコ・エデュケーション」(心理教育)です。

 心理教育は、対象者に心理学を教えることではありません。心理学の理論や技法を、教育に援用することです。新しいことを学習するには、自分たちの思考の仕組みを知ることが重要です。その考えや傾向はどこから来ていて、どのように生まれているのか。それが行動にどうつながっているのか。そこに対し自覚的になってもらうのが初めの一歩です。

――要するに思考と行動の教育だね。例えば試合中、すぐにキレてしまうというか、感情的になりやすい選手がいます。

L:キレると、その存在も消えてしまうことになりかねません。こころも、動きも、止まってしまう状況はよくあります。そのときに何が起きているのか。自分の姿を外から俯瞰的に見せてあげることで、実像が見えてきます。そんなときビデオ映像はとても有効的なツールです。ビデオがあることでとても助かっています。サイコ・エデュケーションは自己認知することが大切なので。

――トレーニングも、試合も、全部撮影してるよね。

L:そうです。つい先週、同じケースのアプローチをした選手がいました。その選手は試合でよくファウルを取られていました。そこに意識を向けなければ、プレーに影響するのではないかという話をしました。すると「僕は怒っても、キレてもいない。悲しくても、落ち込んでいても、いつも全力でプレーをしているから、(パフォーマンスには)影響していないと思う」と言いました。

――なるほど、自分ではそんなふうに感じていたわけだね。

L:ところが、実際の動画を見せたら、下を向いて、うつむき加減でトボトボ歩く姿が映っていました。映像を見て自分を俯瞰的に見て自認する作業はとても大切です。彼は「本当だ。確かにうつむき加減に歩いてる」と認め始めました。こころの中で起こっていることが自分の行動に反映されていることを初めて知るわけです。

上流から流れてくる「感情丸」をどう扱うか?

――そのサイコ・エデュケーションを、まさしく私たちも受けました。

L:いま振り返ってみると2014年は、自分もプロのサイコロジストとして初めて指導者のデベロップメントにかかわったスタート地点でした。とても強く印象に残っています。私は運よくレディースの指導者支援にかかわれた。そこでユリコの学び壊し、学び直しに寄り添えた。すべてが私にとって幸運だったと感じています。

――私はどんなふうに見えていたのかな?

L:強く記憶に残っていますよ。選手を勝たせたい、良くしたいという欲よりも、どちらかというと新たな学びを吸収する意欲を感じました。ユリコはレディーストップチームの監督であり、女子部の責任者でもあったので、女子部の指導者15人くらいを積極的に集めてくれました。学びの場であるミーティングに参加する姿勢は、素晴らしいものがありました。

――「感情丸」の話をしてくれたよね。上流から「感情丸」という小舟が流れてきました。あなたなら、その「感情丸」をどう扱うか? 飛び乗って自分も一緒に流れる? 下流に流れるのを岸から眺める? って。もともと気が強くて短気な性格の持ち主だと見抜かれていたんだね。

L:ユリコは監督と女子部の責任者という二つの顔を持ち、他のコーチに対してもアプローチしなければいけない立場でした。感情のコントロールをしようと方法論から入るよりも、感情に執着すると本質を見失うよねっていう原論めいたことを押さえてもらう必要がありました。なぜなら、他のコーチに伝える役目も担ってほしかったから。

――そこをきちんと押さえてから「自分の感情と距離をとるトレーニングをしましょう」と言ってくれたのを覚えてるよ。

L:確かにいろんなことをやりました。選手に対するコミュニケーション能力をさらに向上させて質の向上を図るトライをしたときは、私が影となってユリコの言葉一つひとつメモを取りましたね。ワン・オン・ワンでフィードバックして、リフレクションして。女子部のコーチ15人に対するコミュニケーションについても、その軌跡をすべて書き込んでドライブにアップしました。

――うん、うん、やりました。ご面倒をおかけしました(笑)。

L:いえいえ。ユリコの担当はとっても楽でしたよ。なぜかというと、あなたは自分のすべてをオープンにさらけ出して、何でもお願いしますっていう状態だったから。要は抵抗がなかった。最初に、選手との関係性、それからその他のコーチングスタッフとの関係性をより良いものにしていきましょう、っていうところから始めた。それは私がテーマとして提案をして始めました。それ以外のところでも、常に私に対してどんなヘルプをしてほしいのかっていうのをすごく明確に伝えてくれました。仕事がすごくやりやすかった。

――コーチの中には、自分の課題がわからないというか、何に困っているかを言語化できないケースもあったと思う。

L:ユリコはその言語化することに長けていました。スペイン人よりスペイン語が上手い(笑)。私たちサイコロジストの仕事は一人ひとりをスキャンしていくのが出発点。要は各自の課題やニーズを読み取るんだけど、そこが必要なかった。ユリコ自身が自分の中のコンフリクト(対立)や葛藤を自覚していたからです。

サイコロジストは意見してオピニオンを形成する仕事ではない

――今思い出したんだけど、改革のワークに取り組む前に私自身の起源というか、私という人間がどこから成り立っているかというリフレクションをしたよね?

L:それについては、ユリコはこんなことを話してました。「そもそも私のマインドとか物事の考え方とか基準は、スペインで生まれ育った選手たちとまったく異なる気がする。そこへの不安にどのようにアプローチをすれば、彼女(選手)たちが必要としているものに近づけるのか。そこが、いまいちわからない」って。

――よく覚えてるね。私はその当時、すでに20年間スペインにいてフットボールにかかわっていました。自分が選手だったときもチームメイトの考え方や反応の仕方や発言を見ながら、まったく違う生き物なんだなって感じていた。それが指導者になって「私は彼らとは違う生き物なのに、どう折り合いをつけていくの?」って不安を感じていた。

L:大きな違いは「権威への畏れ」だと思います。日本の教育を受けるなかで、出会った大人や教師もしくは指導者は絶対的な権威を持っていて、彼らに逆らうことはできないし意見することもできない。だから「従うことに慣れていた」と話してくれましたよね。権威を恐れるというより、そこには目上の人を敬わなきゃいけないという気持ちもうかがえました。

――でも、いつも通り何も言わなかったよね。

L:はい。私たちサイコロジストはジャッジするわけでも、意見してオピニオンを形成する仕事でもありません。だから私はユリコに何ら指示命令していません。ただ情報として大切なものを預からせてもらって、あなたが新たな道を見つけるのを支援しただけ。もっといえば、私が学ばさせてもらった感覚のほうが大きい。サイコロジストとして成長支援をするうえで大きな学びがありました。すごく感謝しています。

ニーズと現状に応じて適切に色彩を変えられる指導者が必要

――ところで、私は「日本人だから従うことに慣れている」って言ったけど、スペインの選手も実はそういう側面があったのでは?

L:とてもいい質問ですね。それでいうと、今はもうクラブにいなくなってしまった方ですけど、大ベテランの男性コーチを思い出しました。そのコーチがあるシーズン受け持ったのは、主体性というものがまったくもって育ってきていない選手が揃ったチームでした。

 自分たちで考えて判断するとか主体的な意見が何もない。彼が「この空間ではみんな自由に言っていいんだよ、全員の意見が許容されるんだよ」と言ったところで機能しませんでした。

――うん。改革がスタートして間もない時期は、そういった状況はそこここにあったね。そのような変容や改革期のことを「トランスフォーメーション」(※)と表現することがあるけど、日本の指導者にも同じ葛藤を抱えている人は多いと思う。

L:そのコーチは主体性を持たせるチーム作りを信じてきました。けれども、チームは迷子になっている。自分の理想を貫くことが彼らにとって良いかと言えば、そのときはNOでした。道に迷ってしまってどうしていいかわからない選手たちに対し、そこでは異なる道を選択。ある程度型にはめてオリエンテーションすることにしたのです。これはこうしよう、ああしようと、まずはコーチから投げてあげる。それが選手にとって必要な時間であることに気づいたのです。

(※)変容、変質。DX(デジタル・トランスフォーメーション)、GX(グリーン・トランスフォーメーション)など、他分野でもよく用いられる。

――つまり、本来の自分とは違うリーダー像を提供した。

L:そういうことです。指示命令してやらせることを卒業しようと改革は進んだけれど、そうじゃない場面もあったのです。当然ながら、指示命令型の指導のもと従順な選手を育てる従来の形から、主体性を育むような指導へとトランスフォーメーションを試みる。そのことはクラブにとって、組織としての責任でもあると受け止めていました。ただ、指導者のあり方はひとつではありません。さまざまなリーダーのかたちがある。そのバリエーションを自由自在に、臨機応変に使える人が求められると私は考えています。特に改革期には。

――具体的に言うと?

L:例えば指示命令型であったり、抑圧的であったり、高圧的であったりするコーチがいる一方で、選手の主体性を育むため、彼らを尊重してすべて委ねる人もいる。あくまでも理想は後者ですが、二つのリーダー像の間にはグラデーションのように何百種類もの形や色彩があります。それを踏まえて、リーダー像をニーズと現状に応じて自分で変えていく。適切に色彩を変えられる指導者を私たちは育てなくてはなりません。

「『考える』は、『問う』から生まれます。だから…」

――選手に主体性を求めるけれど、土台を築く時間も必要だってことだね。二階建てなのに、一階に柱が一本しかない家なんてないものね。

L:おっしゃる通りです。監督が自分のやり方はこうだからと、無理に押し付けてチーム作りをしてもうまくいきません。私はこういう人間でこういうやり方でチームを作るという理想はある。けれども目の前にいる彼らがどんな状態で、何を必要としているのか。それをまずはしっかりと把握をすることが大事なのです。そこから自分たちのアプローチの仕方やアクションプランを立ててチーム作りをしてほしいと思います。

――日本の指導者にとって示唆に富む話だと思う。ありがとう。そうやって、ビジャレアルの指導者たちも随分変わってきたよね。

L:この10年、うちの指導者は、まさに民主的なチーム作りをしてきたと思います。全員が何を言っても大丈夫な安心安全な空間作りをし、主体性を磨き上げました。それを当然なものとして選手も育っています。高圧的で指示命令型の指導者像、つまり怒鳴るとか、強制するとか、命令するようなコーチ、監督がいない場所で、彼らは育っています。トランスフォーメーションによる恩恵を受けた、新時代の子どもたちです。

――従順な選手から主体的な選手の変容は、新時代に向けたAX(オートノミー・トランスフォーメーション/自主的な変容)とも言えるね。まさしく新しい時代の選手の中から、新しいスタイルの指導者が出てくるんだろうね。

L:そんな文化が構築されたら嬉しいですね。どの時代になっても、「考える」は、「問う」から生まれます。だから選手に対して問いを立て続ける。そんな時間の投資が必要でしょう。最初は自分で考えたりできず迷子になるのですが、そこに時間を注ぎ込めばその先に必ず良いことが待っています。それはすなわち、良いチームや良い指導者を育てる投資でもあります。そこを大切にできるビジャレアルというクラブを、私は誇りに思います。

【第1回連載】名門ビジャレアル、歴史の勉強から始まった「指導改革」。育成型クラブがぶち壊した“古くからの指導”

【第2回連載】サッカー界に悪い指導者など存在しない。「4-3-3の話は卒業しよう」から始まったビジャレアルの指導改革

【第3回連載】「サイコロジスト」は何をする人? 欧州スポーツ界で重要性増し、ビジャレアルが10人採用する指導改革の要的存在の役割

【第5回連載】佐伯夕利子がビジャレアルの指導改革で気づいた“自分を疑う力”。選手が「何を感じ、何を求めているのか」

(本記事は竹書房刊の書籍『本音で向き合う。自分を疑って進む』から一部転載)

<了>

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[PROFILE]
佐伯夕利子(さえき・ゆりこ)
1973年10月6日、イラン・テヘラン生まれ。2003年スペイン男子3部リーグ所属のプエルタ・ボニータで女性初の監督就任。04年アトレティコ・マドリード女子監督や普及育成副部長等を務めた。07年バレンシアCFでトップチームを司る強化執行部のセクレタリーに就任。「ニューズウィーク日本版」で、「世界が認めた日本人女性100人」にノミネートされる。08年ビジャレアルCFと契約、男子U-19コーチやレディーストップチーム監督を歴任、12年女子部統括責任者に。18〜22 年Jリーグ特任理事、常勤理事、WEリーグ理事等を務める。24年からはスポーツハラスメントZERO協会理事に就任。スペインサッカー協会ナショナルライセンスレベル3、UEFA Pro ライセンス。

[PROFILE]
ラウラ・サンチェス
1980年生まれ。ジャウメ一世大学(UJI)出身。元バスケットボール選手。大学卒業後、人の役に立つ仕事をしたいと考え「この世で最も愛するスポーツと、人の役に立つという二つのバリューが重なって、スポーツサイコロジストの道を選びました」と語る。2009年から同職の活動を開始。14年にビジャレアルに正規雇用され、セルヒオ・ナバーロや、エドゥ・モレジョらとともに指導改革をサポートした。

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