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FC今治、J2昇格の背景にある「理想と現実の相克」。服部監督が語る、岡田メソッドの進化が生んだ安定と覚醒

REAL SPORTS 2024年11月29日 2時40分

11月10日に行われたJ3リーグ第36節、FC今治は敵地でガイナーレ鳥取と対戦。リーグ得点王も獲得したマルクス・ヴィニシウスのハットトリックなど大量5得点&完封で勝利し、リーグ2位以上の自動昇格権を確定させ、J2昇格を決めた。今治は2020年にJ3入りし、2O年7位、21年11位、22年5位、23年4位と推移。迎えた24年、就任1年目でチームを悲願に導いた服部年宏監督が語る、FC今治の苦難と歓喜の軌跡とは。

(文・撮影=宇都宮徹壱)

服部年宏を引き付けた「プロミス」と「岡田メソッド」

「今ですか? ほっとしている、というのが本音ですね(笑)」

2節を残してJ3リーグの2位を確定させ、念願のJ2自動昇格を果たしたFC今治。今の心境について質問すると、服部年宏監督は表情をほころばせながら、こう続ける。

「クラブとしても、どうしても(J2に)上がらなければならないタイミングでした。今の体制になったとき、岡田さんが『10年後にはJ1で優勝争い』と言っていたじゃないですか。すでにその目標から遅れているし、フットボール以外にもいろんなプロジェクトが動いている中で『今年こそは』という思いは強かったです」

服部は1973年生まれの51歳。現役時代はジュビロ磐田の黄金時代を支え、日本代表として2回のFIFAワールドカップに出場したことでも知られる。4つのJクラブをわたり歩いて、40歳で現役を引退。以後は指導者に転じ、磐田のヘッドコーチ(一時、代行監督)、福島ユナイテッドFCの監督を経て、今季から今治の指揮官に迎えられることとなった。

服部の言葉にもあるように、元日本代表監督の岡田武史がクラブオーナーになったのが、今から10年前の2014年のことである。当時のカテゴリーは5部に相当する四国リーグ。結局、地域リーグに2年、JFLに3年、そしてJ3で5年を過ごすこととなった。Jクラブとなって、5人目の監督として迎えられたのが服部であり、就任1年目でJ2昇格の快挙を成し遂げた。

そんな服部だが、福島では監督就任2年目の途中で成績不振により解任。早期での現場復帰を模索していた昨年の晩秋、岡田から今治の監督就任のオファーを受けた。この時のオファー、いかにも今治らしい(あるいは岡田らしい)ものであった。

「一言『来季、やってくれ』と。特に細かい話はなかったけれど、岡田さん直々のオファーでしたから、やっぱり重みは感じられましたね。そうだ、『プロミス』のことは言われました。今治には独自の『プロミス』があるので、それをちゃんとやってくれと」

ここでいう「プロミス」とは、クラブを運営する株式会社今治.夢スポーツの全社員に配布される冊子に記されたものであり、「情熱」「ハッピー」「チャレンジ」「自立」などの項目がある。そのうち「情熱」については《新しいクラブの歴史を創るという情熱を持ち続けます。》とあり、服部は「新しいクラブの歴史を創る」の一文に、強く惹かれるものを感じたという。

岡田武史の思想や哲学が、色濃く反映されているのがFC今治というクラブ。外からやって来た指導者は、まずクラブ特有の文化を受け入れ、自分なりに消化して表現することが求められる。「プロミス」がまさに典型例だが、もう一つ、現場の人間が必ず直面するものがある。そう、今治のサッカーの根幹をなす「岡田メソッド」だ。

スマートなイメージが実は「泥臭かった」今治

ホームタウンの今治市は、人口15万人弱の小さな街である。これまで縁のなかった、四国での初めての仕事であったが、服部は「いいイメージしかなかった」と語る。

「まず、環境面ですよね。僕が福島の監督になって、最初の試合がアウェイの今治戦で、ちょうど今治里山スタジアム(現アシックス里山スタジアム)のオープンだったんです。こんな素晴らしい環境で試合ができるのが、とてもうらやましかったです。スタジアムだけでなく、練習場もクラブハウスも自前。とてもJ3とは思えないくらい充実していますよね。施設面だけでなく、今治には岡田メソッドもありますから、そうした面も含めて整備されていることに期待がありました」

岡田メソッドとは、主体的にプレーできる自立した選手、そして自律したチームを育成することを目的とした、岡田独自の指導方法論である。このメソッドによる指導が行われるのは、育成年代の16歳までだが、トップチームにもメソッドの考え方は浸透している。そのため、自身のスタイルをそのまま持ち込んでしまうことには、どんな指導者にも逡巡があったはずだ。

関連して指摘しておきたいのが、「理想」と「結果」の整合性。2016年に吉武博文監督が地域CLを突破した時も、2019年に小野剛監督がJ3昇格を果たした時も、いずれも最終的に現実路線に舵を切ることを決断。結果として今治のサッカーには、ポゼッション重視から、フィジカルとデュエルの要素が加わった。それは、服部のこの証言からも明らかである。

「対戦相手として見た今治は、スマートなイメージがありました。でも、実際にこっちに来てみると、想像していたよりも泥臭かった。一人一人の技術は確かで、しっかりボールを動かすんだけど、ゴール前でのプレーでは、けっこうガツガツしたところを見せていました」

新監督がまず着手したのが、ディフェンス面での強化。自身も現役時代、守備的なポジションで活躍していただけに、当然の流れといえよう。具体的には、守備の強度と組織化、ボール奪取の意識、クロスボールへの対応、選手間のコミュニケーションなどである。

「とはいえ、守備を前面に出しすぎると、選手も楽しくない(笑)。全員でプレスのタイミングを揃えて、いかにいい攻撃につなげていくのか。守備をベースにしながら、攻撃についても触っていくような感じでしたね」 ならば、従来の今治のスタイルに新監督のカラーを加えることで、チームはどのように進化してJ2昇格を果たしたのか。さらに掘り下げてみることにしたい。

マルクス・ヴィニシウスの覚醒を促したものとは?

服部監督が守備の強化を施した効果は、具体的な数字に表れているのだろうか? まずは失点から見ていくと、総失点数は38でJ3・20チーム中4番目に少ない。1試合平均失点はジャスト1。過去の数字と比較すると、2023年が1.11、22年で1.18となり、劇的に減っているわけではない。

「確かに失点は、そんなには減っていないですね。それでも、被シュートではウチが最も少ないんですよ。相手にシュートを打たれても、それほど脅威にはならないし、決定的な場面を作らせていないんですね」

確かに、被シュート総数は360でJ3最少である。他に目に付くところでは、空中戦勝率は3位、こぼれ球奪取数は4位。フィジカルとデュエルに、より磨きをかけていることがわかる。

攻撃面ではどうか。シュート総数は559本でトップ。1試合平均チャンスクリエイト数は2位。そうかと思えば、パス成功率は72.5%で16位となっている。かつての今治のスタイルを知る者からすると、これは意外な結果であった。

今治のJ2昇格で不可欠だったのが、マルクス・ヴィニシウスの成長である。今季は19得点を挙げて、J3のゴールランキングでトップタイ。昨シーズンと比べて、失点は大きく減ってはいないものの、得失点差で9点を上乗せできたのは、ヴィニシウスがゴールを量産したおかげである。

もっとも、ヴィニシウスのゴール数は、2022年で9、23年では8にとどまっている。果たして、覚醒の要因は何だったのか? 服部監督の答えはこうだ。

「今年で3年目ということ、そしてゲームキャプテンを任せられたこと、いろいろ要因はあったと思います。でも一番大きかったのは、4バックから3バックに変えたことでしょうね。ワントップを任されて、守備のストレスが減った分、点を獲ることに集中できるようになりました。いい形でシュートまで持っていけるようになって、いらないファウルも減少しました」

服部監督がシステム変更を決断したのは、第11節から4連敗を喫して順位を11位に下げた時のことだ。狙いは守備の原理原則に戻り、ボールの奪いどころに共通認識を持たせること。結果として再び守備が安定しただけでなく、ヴィニシウスの覚醒という副産物までもたらされた。

「あの4連敗は確かに難しい時期でしたが、選手の特性を活かす見直しができたという意味で、ポジティブなきっかけになりました」と指揮官は振り返る。その後、第21節で初めて2位となり、アスルクラロ沼津を追い抜いて第25節から再び2位に。その後は3位のカターレ富山に肉薄されるも、今治は最後まで自動昇格のポジションを譲ることなく、そのままフィニッシュした。

今回だけではない、FC今治での「理想と現実の相克」

2024年の今治の戦いは、服部にとっても指導者としての初めての成功体験となった。そのことについて水を向けると、こんな答えが返ってきた。

「振り返ってみると、福島の時はこだわりが強すぎたように思います。もちろん、理想とするサッカーで勝てれば一番ですよ。けれども、選手のコンディションだったり、その日の天候だったり、相手との相性だったり、試合ごとに状況って変化するじゃないですか。そうした時、勝利のために何かを捨てなければならない。実際、今季は何度か、そういう場面がありました」

理想と現実の間で揺れ動くのは、フットボールの世界の永遠のテーマ。今治の場合、とりわけ昇格の場面で、理想と現実の相克が際立つこととなった。

2016年の吉武監督時代が、まさに典型例。当時の指揮官は岡田メソッドの信奉者であり、高い技術に裏打ちされたポゼッションサッカーを極めることで、ゲームの主導権を握り続けるスタイルを貫こうとした。しかし地域リーグのレベルになると、ロングボール主体のチームも多く存在する。蹴り込んでくる相手に、今治の理想とするサッカーは、たびたび苦杯を舐めてきた。

そうした中、JFL昇格を懸けた地域CLで吉武は、マンツーマンディフェンスという奇策を発動。あわせて、球際でしっかり勝負することを徹底させ、見事に地域CL優勝とJFL昇格を勝ち取る。それは、岡田メソッドが最初のバージョンアップをした瞬間でもあった。

服部自身もまた、岡田メソッドと自身が求めるサッカーとの整合性について、たびたび葛藤があったと思われる。果たして現監督は、岡田メソッドとどう向き合っていたのだろうか。

「サッカーの原理原則を言語化するという意味で、岡田メソッドはとても意義があるというのが僕の考え。トップチームも、その言語が基本になっているので、変える必要はないと思っています。ただ、岡田メソッドは4-3-3が基本なので、3バックに関する戦術があまりなかったんですよね。そこの部分に関しては、僕の考えを落とし込むことができたと思います」

当人は「ほんの小さなマイナーチェンジ」と謙遜する。それでも、2015年から今治のサッカーを観てきた立場からすると、J2で戦うためのバージョンアップを服部は施したのではないか、という仮説は成り立つだろう。この見立ての答え合わせは、来季の今治の戦いを待つほかない。最後に、J2での戦いに挑む、指揮官の言葉で締めくくることにしよう。

「J2は上から下まで、難しいカテゴリーだと思います。実際、今年対戦したJ2経験のあるチームは、どこも強かったですから。その差をどうやって埋めていくのか。厳しい環境の中で、試行錯誤を繰り返しながら、チャレンジしていきたいですね」

<了。文中敬称略>

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